十五 迷走! ネオ・デレーラ城。

「全く非道い目に会いましたわ」


 眠らせた見張りの男を植木の中にガサリゴソリと隠しながらエリザ王女は呟きます。


そういう・・・・呪文を掛けたのはエリザでちよ?」


「それは、そうですけど……」


 エリザ王女が見張りの男に掛けた眠りの呪文は、掛けられた直前の強い思いが夢となって現れる呪文でした。男はその直前に、グラマラスなエロい格好をしたラッテ族のミイを見ていましたので、彼は現在ミイとイイコトをしている夢を見ています。その生理現象をエリザ王女はガッツリと見てしまっていたのでした。


「さて、これからどうなさいます? この広い建物を隅々まで調べている時間は無いと思いますが?」


 見張りの門番の姿が見えない以上、誰かが来ればすぐに知れてしまいます。


「んー。謁見の間に行けば分かるだろうな」


「え……? どうしてソコだと言えるのです?」


「悪役の頭領はだいたいソコで踏ん反り返っているのでちよ」


 普段座れない椅子に座って、悦に浸るのは悪役の特権なのです。まあ、大概はソコから追い出されますが。


「エリザの言う通り時間も無いでちから、行くでちよ」


「あ、ちょっと待って下さい」


 一歩踏み出そうとしたカリンをエリザ王女は呼び止め、我慢出来なくてつい漏れてしまった様な小さな喘ぎ声を上げました。


静かな調べクワイエット・モルト


 エリザ王女が呪文を解き放つと、淡い緑色をした風が手の平から飛び出して、カリン達の身体を優しく包み込んで消えました。


「これで足音を制限できますわ」


「おお、忍び込むにはもってこいの魔法だな。流石姫サンだ」


 この呪文を掛けられた者は、例え鉄下駄を履いていたとしても、足音はほぼ聞こえなくなる。という、ストーカー行為には最適な魔法です。勿論、悪用されやすいので習得難度は高く、エリザ王女だからこそ習得出来た。と、いえるでしょう。ちなみに、姿を消せる魔法はありません。そんなモノが存在したら色々覗き放題になってしまいます。



 カリン達は謁見の間に向かって歩き出しました。他に見張りが居るかもしれませんので、なるべく灯りを避けて暗がりから暗がりへと進みます。足音に気を使わなくて良い分、移動は比較的スムーズです。


「ここまでは順調ですね」


「ああ。だけど、アレをどうするか? だな……」


 小声で話すエリザ王女にお店のマスターが応えます。現在カリン達は謁見の間らしき部屋の近くに居ました。一同が見つめる先には、高さ約十ルメト、幅は約五ルメト程の大きな扉があり、その前に二人の見張りが佇んで居ました。


るのは簡単でちが、騒ぎになるのは目に見えるでちね」


 カリンはフム。と、考え込みました。例え見張りを排除しても、扉を開ければ内から外から気付かれる可能性が高いです。


「中の様子も分からないから迂闊に飛び込むのは危険だな」


 最悪、お楽しみ中のラッテ族の娘を人質に取られるかもしれません。


「外から中を伺える場所を探すしか無いですね」


 エリザ王女の言葉にカリンはソレだ。と閃きました。


「別な部屋から表に出て、壁を伝って窓から中を確認するでちよ」


「それって危険ではありませんか?」


 現在、カリン達は建物の階数で数えると七階程の高さの位置に居ます。もしそこから落ちれば、無事で済む保証はありません。


「わたちなら出来るでちよ」


 フェリングという種族は、大人でも人族の約半分の背丈です。背が低いという事はそれだけ軽いという事です。ですが、何事にも例外はあります。


「しかし……」


 エリザ王女はカリンの身が危険に晒されるのを懸念している様子でした。


「早くしないと気付かれるでち」


「そうだな。姫サン、ここは一つカリンちゃんに任せましょうや」


「マスターさんまで?!」


「オレ達の目的は龍の眼ドラゴンズ・アイです。それを一つでも奪えれば魔王は復活しませんよ。アイツ等を倒して中に乗り込んでも、肝心の宝玉が無ければ無駄というものですゼ?」


 お店のマスターの言う通り、乗り込んでも肝心なモノが無ければ無意味なのは確定です。それどころか多勢に無勢で痛い目を見るのはこちらの方になります。良くて奴隷。悪ければ処刑か儀式の生贄。と、いった所でしょう。エリザ王女は確実に彼等の慰みものになると思われます。


「……分かりました。ここはカリンさんにお任せします。ただし、無茶はなさらないで下さいね」


「勿論でちよ」


 カリンは名の通った冒険者です。それくらいは心得ていますので問題は無い筈です。


「そうと決まれば見つかる前に移動しましょう。ここも何時、見回りが来るとも限りません」


 暗がりに潜んで居るとはいえ、側を通ればバレる様な場所に居ますので、緊張感で三人の鼓動は若干早目に打ち付けています。


「で、どの部屋にする?」


「そうでちね…………あそこでち」


 カリンは数ある部屋の中から一つを指差します。ソコは、カリン達の潜んでいる場所から近く、謁見の間の見張りの男達からは死角になっている部屋でした。カリン達はトテテテ。と、部屋の前に素早く移動し、お店のマスターは扉に耳を当て、カリンは内部の索敵を行いました。


「二人居るでちね。エリザ、眠りの魔法の準備をお願いするでち。一気に踏み込むでちよ」


 エリザ王女はコクリ。と頷き、小さく呪文詠唱喘ぎ声を始めます。そして、準備が整った事を告げる仕草をエリザ王女がすると同時に、カリンは勢い良く扉を開け放ちました。


眠り姫の誘惑スリーピング・フェアフュール!」


 すかさずエリザ王女の呪文が炸裂し、ベッドでネズミっ娘とお楽しみ中だった男はバタリ。と腹上寝したのでした。


「ふう。まさかこんな所にフケ込んで居たとはな…………ん? どうした姫サン。早く鍵を――」


「あの、鍵壊れてます」


 えっ?! と、床を見ると、鍵のものらしい金具が落ちていました。どうやらカリンが扉を開けた際、勢い良すぎて鍵も一緒に果ててしまった様です。


「どどどどうするよ、カリンちゃん」


「仕方無いでちね」


 カリンは咄嗟に思い付いたプランを二人に提示します。そのプランとは。まず、男とネズミっ娘をクローゼットに隠します。そして、カリンが外へ確認しに行っている間、エリザ王女とお店のマスターはベッドに入り誰かが来たらお楽しみ中アピールをする。と、いうものでした。


「えっ……? おたっ……ええっ!」


 エリザ王女が張り上げた声に、カリンとお店のマスターは揃って人差し指を立てて、声を抑制する様に促します。それを見たエリザ王女は慌てて口を塞ぎます。


「そそそそれって、やらなればダメですか?」


「急に人が居なくなったら怪しむでち。かといって、コレをこのままにしておいても結局怪しまれるでちよ」


 カリンの言う通り、もし誰かがここに人が居る事を知っていて、部屋を覗いた時誰も居なければ疑問に思いますし、動きが無ければそれも怪しまれます。


「……分かった」


「マスターさん?!」


「ヤろう姫サン。これも世界を救う為だと思えば良いんだ」


 とてもとてもイイ顔をしながらお店のマスターは言います。


「……わ、分かりましたわ」


 その瞬間、お店のマスター内部ではカーニバルが開催されました。一国の王女に跨がれる機会なんてそう滅多にありませんので、浮かれるのも当然と言えるでしょう。しかし、一番辛いのはお店のマスター自身だという事は、この時は分かっていませんでした。ナイスバディの王女の上に跨ったまま、ナニをする事も出来ないのですから、生殺し以外の何者でもありません。


「ただし。へ、変な事はなさらないで下さいね」


 恥ずかしそうに言うエリザ王女に、お店のマスターのハートが撃ち抜かれました。彼のハートは撃ち抜かれ過ぎてもう穴だらけです。


 カリンがガチャリ。と窓を開けると、涼やかな風が頬を舐めて通り過ぎます。下を覗き込むと地面は真っ黒に染まっていてその高さも分かりません。壁面の所々にある灯りは部屋の窓と思われます。構造上そうする必要があると思しき出っ張りが、壁面に沿って続いているのを見つけたカリンは、これなら問題無さそうだと頷きます。


「それじゃ、頼むでちよ」


「ああ、カリンちゃんも気を付けてな」


 カリンはバチリ。と、ウィンクをかますと、その身を外へ放り出したのでした。


「さて、こっちも始めましょうや」


「……ええ」


 エリザ王女は浮かない顔で応えました。頭では分かっていても、気持ちがそれに付いて来ていない様子です。


 お店のマスターはシーツを引っぺがし、エリザ王女の呪文によって、スピピ。と寝ているネズミっ娘の上で腹上寝している男を引き剥がします。そのまま脇を抱えてズズズ。と引き摺り、クローゼットに仕舞い込みました。そして次は素っ裸のネズミっ娘の番です。


 意気揚々と振り向いたお店のマスター。しかし、ネズミっ娘を見た瞬間お店のマスターは、崖から突き落とされた様な気分に陥りました。気を利かせたエリザ王女が、自らのローブを素っ裸のネズミっ娘に着せていたのです。しかし、転んでもタダでは起きないお店のマスター。背負って密着した胸の感触をしっかりと味わっていたのでした。


「カリンさん大丈夫でしょうか?」


 窓からヒョイ。と、顔を出して、エリザ王女はカリンの様子を伺います。しかしカリンの姿は暗闇に紛れて、もう何処にも見えませんでした。


「カリンちゃんなら心配要らないさ。オレ達よりも遥かに強いし、それに大先輩だしな」


「それが心配なんです。歳を取ると足腰が弱くなる。と、聞いた事がありますし……」


 カリンは現在八十歳。人族であれば十分にお年寄りです。


「余計な心配かも知れませんゼ? 何しろカリンちゃんは長寿の民です。オレ達人間にしたら多分、姫サンと同じくらいの歳ですよ」


 お店のマスターの倍。エリザ王女に至っては約四・七倍の歳ではありますが、五百年の時を生きられる長寿の民フェリングからすれば、エリザ王女とどっこいどっこいの小娘です。そんな事は言われなくても、エリザ王女には分かっていました。


「ささ、姫サン。誰かが来るといけない。早速始めましょうや」


 お店のマスターがベッドに腰掛け、ポンポン。と、シーツを叩いて王女を誘います。エリザ王女が急にカリンの話をし出したのは、カリンが提示した作戦が嫌だったからに他なりません。こうして話をしている間に戻って来てくれれば。と、淡い期待を抱いていたのです。が、世の中そんなに甘くはありません。


「本当に、本当にフリだけですからね?」


「勿論ですよ」


 王女の問いにお店のマスターは、更なる良い顔で応えます。それがエリザ王女の不安をより掻き立てました。


 コクリ。と、王女は生唾を飲み込んでギュッと目を瞑ります。そして瞑った目をカッと開き、お店のマスターの隣に腰を下ろしました。まるで結婚初夜の様な緊張感が王女の身を包み込み、身体を強張らせます。


「そんなに緊張しなくても良いですゼ? オレに任せてくれれば良いですから」


「は、はひっ」


 緊張し過ぎて呂律が回っていませんでした。


 その頃カリンはというと……


「ぶぇっくしょい!」


 年寄りじみたクシャミを一発かましていました。


「誰か噂しているでちね。大方、エリザ辺りがわたちの事を言っているに違いないでち。嫌そうな顔をしてたでちからね」


 カリンはガッツリと的を得ていたのでした。


「ここもお楽しみ中でちか。全くどいつもコイツも……」


 現在カリンは二つ程窓を通り過ぎ、三つ目の窓に差し掛かっていました。何処に龍の眼ドラゴンズ・アイが有るか分からない以上は、各部屋とも確認しながら進むしかありません。行く手には小さな窓が後三つ。これまでの事を思えば、ため息しか出ませんでした。




「(し、心臓が……破裂しそうっ)」


 エリザ王女を見つめる二つの目。その視線がかち合う度に、王女の心臓は早く打ち付けていきました。鼓動の高鳴りは緊張によるものなのか、はたまた別な感情なのかは、恋愛を経験した事もない王女には分かりません。


 ガチャリ。と、扉が開けられた音に王女の身体がびくん。と反応しました。その際、立派な双丘がお店のマスターに触れます。


「あ、なんだ。居たのか」


 知らぬ男の声に、王女の緊張感は否が応にも高まります。もしバレれば、カリンを置いてでも逃げなくてはなりません。それだけは避けたい所です。


「なんだ? 邪魔しないでくれるか?」


「ああ、そいつはすまない。だけど、何で鍵を閉めないんだ?」


「ぶっ壊れてるんだよ。他の部屋も埋まってたから仕方無しにここでヤってんのさ」


 男は鍵を見て成る程。と頷きます。


「さあ、早く閉めてくれ。萎えちまうよ」


「悪かったな。楽しんでくれや」


 言って男はバタリ。扉を閉めました。緊張から解放されてハァ。と、ため息を吐きます。


「き、緊張しましたわ」


「ええ。でもなんとか切り抜けましたな」


 ホッとしたのも束の間、それ程時を経たずして再び扉が開かれました。


「なんだ。またヤってたのか?」


「ああ、コイツが中々離してくれなくてな」


「……」


「姫サン、声。声出して」


「んっ……」


 何の反応も示さない王女に、お店のマスターは耳打ちします。突然耳に息を吹きかけられた王女は、びくり。と、反応します。ここを切り抜ける為には、王女の演技力が重要になります。呪文詠唱時の様な喘ぎ声をお店のマスターは期待していました。


「ね、ねぇん。早くぅ。もっとぉ」


 が、棒読みでした。


「……なあ、少し見させて貰って良いか?」


 男の言葉に、お店のマスターとエリザ王女の緊張が高まります。


「わ、悪いが出てって貰えないか? 見られてたんじゃ集中出来ねぇ」


「……………………チッ。分かったよ。だけど、次は俺の番だからな。覚えておけよ」


「あ、ああ。しょうがねぇな。分かったよ」


 お店のマスターが返答をすると、バタリ。と、扉が閉じられました。


「ふう。バレたかと思いまし――ふぇっ!?」


 突然、ガバリ。と、お店のマスターが王女の身体を抱き抱え、そら、そら、そら。と、腰を振り始めます。その際、お店のマスターの荒々しい息遣いが王女の弱点である耳に吹き掛けられて、良い感じで嬌声を上げる結果となりました。


「んだよイイトコロで。さっさと閉めてくれ」


 いつの間にか開け放たれていた扉の前に、直前まで居た男が立っていたのです。


「ああ悪い。伝達事項を忘れててな。南方の砂浜で、何者かが居た形跡が見つかった。侵入者の可能性があるから、周辺を捜索する。一時間後に集合だ。遅れるなよ」


「……ああ、分かった」


 再び扉が閉じられると、お店のマスターはふう。と、安堵のため息をつきます。耳責めをされてビンカンになってしまったエリザ王女は、その息でもう一声上げたのでした。


「危なかったですな」


「……」


 エリザ王女は顔を真っ赤にしながら、王女とお店のマスターを隔てているシーツに顔を半分程隠し、マスターをジッと見つめます。


「責任。取って下さいね」


 ふぃっとソッポを向くエリザ王女。その可愛らしい仕草に、元々穴だらけのお店のマスターのハートに大穴が開いた事は言うまでもありませんでした。




「ラブラブでちね」


「そんなんじゃありません!」


 程なくして戻って来たカリンに、王女は頬を膨らませます。


「それでカリンちゃん。龍の眼モノは見つかったのかい?」


 窓枠からスタリ。と、床に下りたカリンはコクリ。と、頷きました。


「あったでち。ただし、謁見の間じゃなくて王族の寝室の方だったでちよ」


 王族の生活の場であるその場所は、謁見の間より更に進んだ場所にあり、謁見の間を通らなければ行けない構造になっている様です。


「それにちても、なんだか騒がしい様でちが?」


「ああ、どうやらオレ達がキャンプしていた場所が奴等に知られたらしい。もう間も無く周辺の捜索をするみたいだ」


「え……? じゃあシルビアさんは……?」


 現在キャンプ地には、主人カリンから『待て』を言い渡されたワンコシルビアが居るはずでした。


「『周辺の捜索』をする。と、言ったのでちね?」


「ああ、確かにそう言ってた。ですよね? 姫サン」


「え……? え、ええ。多分、だと思います」


 弱点である耳に吹き掛けられたお店のマスターの息遣いで、ビックンビックンしてしまっていたエリザ王女の記憶は、ほぼ無いに等しいのでした。


「だとしたら、何処かへ身を隠したでちね。見付けたら『捕まえた』と、言う筈でちよ」 


 臆病なシルビアの事ですから、ガサゴソ。と、いう音に反応して身を隠したのだとカリンは思いました。しかし、この時カリンは失念していました。シルビアはただの臆病ではなく、『超』が付く臆病だったという事に。


「シルビアの安否も心配でちが、捜索隊を出すとなれば場内は手薄になる筈でち。ソコを突くでちよ」


 シルビアの事を除けば、龍の眼ドラゴンズ・アイを奪い返す好機といえます。


「このまま何処かに隠れてやり過ごすのが良いでちかね」


 頃合いを見て飛び出し、残っている者達を蹴散らして奪う。大勢で取り囲まれては困難でしょうが、少数ならば問題なく遂行出来る。と、カリンは判断しました。しかし――


「侵入者だ!」


「なにっ!?」


 何処からともなく届いた侵入者アリの叫びに、カリン達の緊張が高まります。


「まさか、門番の事がバレたのでしょうか?」


 エリザ王女は不安そうにして言いますが、その答えは誰にも分かりません。


「マスター。奴等に扮装して聞き出して来て欲しいでち」


 カリンは子供の様にしか見えませんし、エリザ王女は女だとすぐにバレてしまいます。残りはお店のマスターしか居ませんが、突然訪れた大役に、お店のマスターはギョグリ。と、唾を飲み込みました。


「おう。任せてくれ」


 自信たっぷりに返事をしましたが、その声は裏返っていたのでした。




「それじゃ行ってくる」


 未だ声が裏返ったままのお店のマスターに、カリンとエリザ王女は不安に駆られながらも、送り出します。二人が死角に隠れたをの見計らい、扉をガチャリ。と開けるお店のマスター。丁度良いタイミングで、慌てた様子の男が通り掛かりました。


「あ、おい。侵入者だって?」


 心配の元だった裏声は、実にそれっぽい声へと変わっていました。どうやらお店のマスターは、本番に強いタイプの様です。色々な意味で。


「ああ。だが、もう捕まえたらしいぞ」


 男の言葉に、潜んでいるカリンとエリザ王女は顔を見合わせます。


「捕まえた……?」


「ああ。なんでも、年端のいかない小娘だ。と、いう話だ」


「年端のいかない小娘……?」


 エリザ王女は小声で呟き、すかさず脳内検索を始めます。ラッテ族のミイさんは入口で別れました。何より彼女は成人しているオトナですので小娘には該当しません。ミイの護衛をしているブルーインは熊ですので論外。ミュウと黒龍のドラゴンコンビは、そう簡単に捕まる筈はありませんので除外。となると、残りは……


「……まさか、シルビアさん?!」


「それしか考えられないでちね」


 カリンもコクリと頷きました。キャンプ地で待っている様にと、念には念を押していた筈なのですが、後を追って来てしまった様です。


「そうか。……それで、何処へ連れて行かれたんだい?」


「ん? なんでそんな事を聞く?」


 奴等に扮装したお店のマスターを、通り掛かりの男は怪しみます。極度の緊張感に流れ出た汗が、お店のマスターの背中にシミを作りました。


「い、いやぁ。初物を味わってみたいと思ってな。ホラ、オレって多少顔がアレでもイケる口でさ。要らないなら貰おうかと……」


「…………オマエも物好きだな。まあいい。なんでも尋問の為に大司教の所に連れていかれたそうだ」


「そうか。行ってみるよ」


 通り掛かりの男は『楽しめ』と、言うと、何処かへ行きました。


「フー。焦ったゼ」


「不用意な発言は禁物でち」


「すまねぇ」


 その上お店のマスターは知り得ない単語を残しました。その小娘が初物処女である事は知らない筈なのです。小娘でも経験者は居る筈ですし、もしかしたら色々と物凄いかもしれません。


「どうしましょうか?」


 エリザ王女の問にカリンはフム。と考え込みます。侵入者の小娘はシルビアである可能性が高く、放置しておく事は出来ません。それを確認するには、彼等に扮装して紛れ込むのが一番だと判断しました。


「コレを着て奴等に成り済まして確認するでちよ」


「だけどカリンちゃん。コレ二人分しか無いゼ?」


 お店のマスターは着ている黒色ローブをバサバサ。と、波立たせました。


「エリザ。すまないでちが、肩車してくれでちよ」


「え? わたくしが。ですか?」


「そうでち」


「いやいやいや、無理ですよ。マスターさんを肩車だなんて」


「いや、姫サンそうじゃなくてだな」


 逆だったら、ベッドで触れたあの柔らかい感触を直で味わえたのに。と、お店のマスターは心の中で残念に思っていました。


「え……?」


「あたちを乗せて欲しいのでち」


 二つしか無いローブを三人で活用する為にはこうするしかありません。何より、カリンを乗せる事でエリザ王女の胸が隠せますし、傍目からもちょっとノッポな男にしか見えないでしょう。まあ、足元は少し見えてしまいますが。


 こうしてカリン達は、魔王崇拝者に扮して彼等の中に紛れ込む準備を整え、ドアを開けて一歩を踏み出したのでした。

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