十六 決戦! ネオ・デレーラ城。

 仲間であるシルビアと思しき侵入者を確認する為に、カリン、エリザ王女、お店のマスターは、魔王崇拝者に扮して謁見の間へと向かっていました。始めは閉ざされていた謁見の間の扉ですが、現在は開かれたままで他の魔王崇拝者がゾロゾロゾロ。と、中へ入ってゆきます。


 そこから少し放れた場所に、二人の魔王崇拝者が居ました。一人は筋肉質でマッチョっぽい男。もう一人はヒョロっと背が高い、時折胸部が有り得ない方向にクニャッとして、ハタから見れば気持ち悪い事この上ない人体構造の持ち主。言わずと知れたカリン達です。エリザ王女がカリンを肩車しているが為に、クニャッとするのです。


「カリンさん。重いです」


「失礼でちね。エリザの三分の一くらいしか無いでちよ」


 それも十分に失礼な気がします。


「わ、わたくしはそんなに重くありませんっ」


 三分の一。というのは大袈裟ですが、マスターのお店に通っていた頃は、確実にカリンの二倍はあった事は内緒です。


「シッ。カリンちゃん達そろそろお喋り厳禁だぜ?」


「分かってますわ。カリンさんなるべく動かないで下さいね」


「エリザこそ、あまり変な動きは厳禁でちよ」


 エリザ王女が意図しない動きをすると、肩車で乗っているカリンが、すってんころりん。と、飛び出し兼ねません。その時打ち所が悪ければ、色々なモノがヒョッコリと顔を出す事でしょう。



 カリン達が謁見の間の大きな扉の前に立って中を伺うと、室内では結構な数の黒色ローブが蠢いていました。デブっとした者やガリッとした者。背の高い者も居れば低い者も居ます。


「結構居るでちね」


 カリンは小声で囁きます。肩車で一番視点の高い位置に居るカリンの見立てでは、二十人は超えているそうです。


「侵入者さんは見えませんか?」


「居ないでちよ」


 肩車によって頭一つ分高いカリンが周囲を見渡しても、小娘らしき人物は見当たりません。そして、ガチャリ。として、横手のドアが開けられると、ザワザワとしていた黒色ローブの者達が急に静まり返り、緊張感すらも漂わせます。


「(アレが大司教でちかね……?)」


 ドアから出て来たのは、短髪で頬のコケた色白の男。屋外で魔物を狩るタイプではなく、屋内に引き篭もる本の虫タイプです。


 他の者はローブのフードを頭からスッポリと被っているのに対して、フードを下げて顔が露わになっている所を見ると、結構階級が上の人物の様に見えます。しかし彼は玉座には座らずに、仕えている人物の右腕であるかの様に玉座の右側に立ちます。


「マチルーズ大司教猊下。御出座ぁ!」


 本の虫からまるで時代劇の台詞のような声が発せられると、ドアの側に控えている黒色ローブが開け放ちます。そのドアの向こうに立っていた人物を見て、カリン達は唖然としました。


 漆黒の髪を靡かせ、何処で入手したのか宝石が輝く立派なティアラを頭に載せています。本の虫に負けず劣らずの細い身体つき。しかし、彼よりは頭一つ分高い長身です。その身に纏うのは魔王崇拝者の様な黒色ローブではなく、胸元が大きく開かれた黒系の衣装。何より目立つのは、一歩歩く毎にバイン。と上下する胸です。


「お、女?!」


 お店のマスターは小さな声で驚きました。そうです。魔王崇拝大司教マチルーズは『女』だったのです。しかも、バイン系の立派なモノをもっている美女でした。


「意外でしたね……」


 魔王崇拝者は男ばかりだと思っていたエリザ王女は、女性の登場に驚きを隠せないでいました。


「でちね。アレ、エリザよりでっかいでちよね」


 身長が、です。


「ああ。だけどオレは、姫サンくらいが丁度良いかな」


 身長が、ですよ。


「あ、ん、た、達ぃ。こんな時に何を巫山戯ているのですかっ」


 小声で発したエリザ王女。その声は怒りで震えていました。二人共主語が抜けている為に、胸部を比べられたと勘違いした様です。


「シッ! 静かにするでちよ」


 こんな所で見つかっては、龍の眼ドラゴンズ・アイ奪取、ついでに侵入者の確認計画が台無しになってしまいます。本の虫がこちらを睨み付けているだけの所を見ると、ギリギリバレてはいなさそうです。



 玉座に座ったマチルーズが脚を組むと、腰骨辺りにまでスリットが入ったスカートが捲れ、色白な太ももが露わになりました。それを見たお店のマスターは、コレ履いてるの? 履いてないの? と、頭の中で悶々とし始めます。見た限りでは下着の腰紐は見えませんので、お店のマスターの妄想力は無限に広がり、徐々に前屈みになってゆきました。


「では、捕虜を呼べ」


「はっ! 捕虜をここへ!」


 本の虫が声を張り上げると、カリン達の後方、謁見の間の正面入口から、聞き覚えのある声が耳に届いてきました。カリン達が危惧していた通り、侵入者の小娘とはシルビアの事だったのです。


「ちょ、痛いってば! ……あ」


 室内の黒い土筆つくしが立ち並ぶ光景を見たシルビアは、事の重大さに今更ながら驚いていました。


「ね、ねぇん。イイコトしてあげるからぁ、コレ解いて?」


 シルビアを連行して来た兵士は、彼女の猫撫で声にも動じる気配はありませんでした。


「ちょっと! ねぇ、イイコトだよ? イイコト! あいって!」


 抵抗して歩かないシルビアを兵士はズルズル。と、引き摺って、そのまま床へ投げ捨てます。投げ捨てられたシルビアは、ブツブツ。と、何やら文句を垂れ流しながら起き上がりました。


「フフッ、気の強い娘。ねぇアナタ、この島の者じゃ無いでしょう? 何処から来たの?」


「何処からって、普通にこの島で住んでいるのよ」


「成る程『住んでいる』か。正直なねぇ……」


 クスッ。と、笑うマチルーズ。


「ちなみにね。この島に人は居ないわ。それに近い容姿の種族は居るけどね」


 マチルーズの言葉を聞いたシルビアは、彫刻の様に固まります。そして、二人の間に暫しの沈黙が流れました。不安と焦り。中で渦巻く二つの感情が、シルビアの心拍数を底上げしてゆきます。


「あれ程騒いでいたアナタが、急に静かになるなんてどうしたのかしら?」


 『住んでいる』と主張するシルビアに対して、マチルーズは更に畳み掛けます。荒くなってゆく息遣いを極力抑えながら、シルビアは頭の中でこの場を切り抜ける方法を必死に考えていました。


「ねぇ、こんな言葉があるんだけど知ってる? 『沈黙は真実なり』ってね」


 マチルーズの言葉によって今まで平静を装い押し留めていた汗が、堰を切ったようにシルビアの顔を流れ落ち始めます。


「ホント。正直よねぇ」


 それを見たマチルーズはクスッ。と、笑ったのでした。




「さて、正直ついでに話ししてくれない? あなたの仲間のこ、と」


「な、仲間なんて居ない……」


「そう?」


 マチルーズがパチリ。と、指を鳴らすと、黒色ローブを纏った人達がやって来て、二人の間にドサリ。と、見覚えのある荷物を置いてゆきます。


「コレ、南の浜辺にあったのだけど、あなた達のでしょう?」


「し、知らないわ。そんなモノ」


「強情ねぇ。私も手荒な真似はしたく無いのだけれど。そうねぇ……ねぇ、アナタ。さっきアナタが言っていたイイコト。私としない?」


「アナタと?」


「そう。私ね、アナタみたいな気の強い娘が大好きなのよ。だ、か、ら、一緒にイイコトしましょう? きっとアナタも夢中にな、れ、る、か、ら」


「そ、それってどんな事……?」


「気になる? 良いわ、ちょっとだけ教えてあげる。そうねぇ、紐で縛ったりぃ、鞭で叩いたりぃ、蝋を垂らしたりするのよ」


 世間一般的にはそれを○Mと呼びます。


「後はぁ、土に埋めたりぃ、息継ぎ無しで泳いだりぃ、沸騰するお風呂でチャプチャプして貰うの」


 それは最早処刑です。


「夢中になれる要素が全く見当たらないんだけど?!」


 与える方は夢中になれますが、受ける方はたまったものではありません。


「大丈夫よ。痛いのは初めだけだから。声にならない程夢中になれるわよ?」


 マチルーズはバチリ。とウィンクをかまします。そもそも死んでしまっては声は出せません。


「アナタがどんな声で鳴くのか? 楽しみだわぁ」


「そんなに期待しているのなら、今スグ聞かせてあげる。私のH声を」


 言ってシルビアは、すぅっ。と、大きく息を吸い込みました。


「いけないっ! カリンさんマスターさん、耳を塞いで下さいっ!」


 エリザ王女が張り上げた声に、カリンとお店のマスターは反射的に耳を塞ぎました。と、同時に、何処からともなく飛んで来た、物凄い圧力がカリン達を襲います。その発生源はシルビアでした。


 バンバンバンッ。と、窓ガラスが弾け飛び、室内に佇んでいた黒い土筆が次々と倒れてゆきます。


「なんて音だ!」


 咄嗟に耳を塞いで鼓膜の損傷は防げましたが、発せられる衝撃波はカリン達をヨロケさせて床に膝を付かせました。


 突き出したお尻をびっくんびっくん。と、痙攣させながら、床に倒れ伏す黒土筆達。寸前で結界を張ったか、元々魔法抵抗力が高いのか分かりませんが、カリン達を除いた五名が――今、二名に減りました。


「どう? 私のHな声は?」


 アノ声が大きい女性も居ますが、ここまででは無い筈です。


「まあ、Hって地獄Hellの事なんだけどね」


 シルビアはマチルーズに向かって微笑みます。しかし、当のマチルーズと本の虫はそれどころでは無い様でした。即座に結界を張ったものの何割かは喰らっていますので、現在は魂が抜けた様にゆらゆら。と、揺れています。その姿はまさに、風に揺られる土筆の様でした。


「なんでちかアレは……?!」


「音属性の魔術。イジメっ子のワルツゴーダーシャウツですわ」


 イジメっ子のワルツゴーダーシャウツは不快な音波を発する魔術です。術者を中心に広範囲に広がる為、敵味方問わずに効果を及ぼす。という、迷惑極まりない術なのです。現在、城の内部のみならず、一部の街の人にも被害が出ている様でした。


「あ、あれ?」


 シルビアの視界がグニャリと揺らぎ、フラフラ。と、身体が揺れ始めます。床に倒れる直前で誰かがシルビアを抱き留めました。


「全く無茶し過ぎでちよ」


「カリン? あは、カリンだぁ」


 シルビアは、にまっ。と、笑みを作り、柔らかそうなカリンのホッペに吸い付きました。


「ど、どうしたんだ? 一体……」


「魔力酔いですわね。大量の魔力を消費した時に起こる現象ですわ」


 その種類は、笑い上戸、泣き上戸、カラミ魔などですが、シルビアはキス魔に変貌する様です。ちなみにエリザ王女は……全部です。


「カリンちゃん! ヤツが逃げるぞ!」


 お店のマスターの声にカリンがハッとして玉座を見ると、マチルーズと本の虫はその何処にも居ませんでした。横手のドアが開けられている所を見ると、ソコから逃げた様です。


「マスター、シルビアを頼むでち! エリザ、奴等を追うでちよ!」


「おう! 任せておけ!」


「分かりましたわ!」


 魔術酔いしたシルビアを、お店のマスターに任せて二人は駆け出しました。



 ドアを潜って駆ける廊下の先に、部屋からの灯りが漏れていました。慌てて部屋に逃げ込んだマチルーズと本の虫は、暗がりのテラスで紅茶を啜る、一人の少女と対面していました。


「やれやれ。とっとと本部に戻れば良いのに、余計な寄り道しているからこんな事になるんだよ」


 結構近くに居て、先程の不快な音波をまともに浴びた筈の少女は、何事も無かった様な佇まいでした。


「五月蠅いっ! 早く龍に変化して我等を乗せろ!」


 シルビアの魔術が余程堪えたのでしょう。マチルーズは頭を押さえながら、少女に向かって一喝します。


「しょうがないな」


 少女は手に持っていたカップをコトリ。と置いて立ち上がると、その姿が少女からみるみるうちに変わり、龍へと変貌を遂げてゆきます。


『ホラ。早くしてよ』


「ちょっと待て! おい! 龍の目ドラゴンズ・アイは持ったか!?」


「ハッ! こちらです!」


「よし! ズラかるぞ!」


 本の虫が宝玉を持った事を確認したマチルーズが、龍の背に乗り込もうとした時でした。


「そこまででち!」


 ドアの向こうから姿を見せたのは、彼女たちを追って来たカリンとエリザ王女です。部屋に押し入るや否や、エリザ王女は驚きの表情を見せました。


「あれはまさか……セーラさん!?」


『あーあ。見つかっちゃった』


 緑色の鱗は緑龍の証。魔王崇拝者が乗ってきた龍とは、アスホルンで急に居なくなった緑龍、オトコの娘セーラだったのです。


『久し振りだね、お姉ちゃん達。再び会えて嬉しいけど、ボクもう行かなきゃならないから』


 セーラが飛び立とうと翼を広げた時でした。


炎の鞭フレイム・ウィップ!」


 エリザ王女の呪文が、セーラに向かって真っ直ぐに伸びてゆきます。


『ムダだよ。お姉ちゃん人間の術なんかボクには効かない』


 魔術のエキスパートであるエリザ王女にはそんな事は分かっていました。なので、彼女が狙ったのは龍ではなく人です。


『なにっ!?』


 真っ直ぐに伸びていった炎の鞭は、急にその進路を変えてセーラの背に乗っていたマチルーズ達に向かいました。その目標とは、本の虫が大事そうに抱えている龍の目ドラゴンズ・アイ。その一つを絡め取ります。


「そんな事は百も承知ですわ。コレさえこちらに有れば、魔王復活を阻止出来ますもの」


『……そういえば、お姉ちゃんは魔術師だったっけ。その力、ボクには効かないけど、マスターは耐えられないね』


「んんぅっ!」


 セーラが睨みをきかせるのと同時に、王女の身体がビクリ。と反応して、両膝から崩れ落ちました。


「エリザ!?」


 カリンが王女の肩に手を置くと、その身体がビクンッ。と、反応します。


「い、一体……何をなさいましたの?」


『ちょっと敏感肌になって貰ったよ。コレで得意な魔術も使えない』


 敏感肌とは普通、痒みや赤み、ピリピリ感を肌で感じてしまう症状ですが、エリザ王女の場合は全身が敏感になってしまう。という、えっち方面な症状なのでした。


「いつの間にそんな術を……」


 オトコの娘セーラと接していた時間はそれ程ではありません。心当たりがあるとすれば、キャンプ時にセーラから魅了の魔術を受けていた時でしょう。


「ふっ。ナメないで下さいね。これくらいなら――ぁぁんっ!」


 セーラの翼で起こされた風が王女を吹き抜けると、そのナイスバディを震わせながら艶かしい声を上げました。風が肌を舐めただけでもこのヨガリ様です。


『暫くそのままでいてね』


 セーラはバサリ。と、翼を羽ばたかせ、ゆっくりと浮上してゆきます。起こされた風が王女の身体を吹き抜ける度に、王女は艶かしい声を上げて悶えていました。今の姿をお店のマスターが見たら、間違いなく前屈みになる事でしょう。


「バカ! 龍の目ドラゴンズ・アイをこのままにしておくつもりかい!?」


『バカなのはアンタだよマスター。お姉ちゃん達が居るって事は、黄龍も居るって事なんだよ? 龍同士の戦いになったら、ニンゲンなんか消し炭になるよ?』


 セーラの言葉にギョグッ。と、生唾を飲み込むマチルーズ。龍同士が本気で戦闘をした場合、この街が焦土と化す事は疑いありません。


『だけど、このままって訳にもいかないね』


 セーラが口を大きく開けると、ソコに向かって光が収束されてゆきます。


「んふっんんっ……あ、あれは……!」


 目標を貫き大地を抉る緑龍のレーザーブレスです。コレを食らえば、いくらカリン達でもひとたまりもありません。


『悪く思わないでねお姉ちゃん達』


 闇夜に生まれた光は、一筋の矢となってカリン達を襲います。


「んっ、んんぅっ!」


 迫り来る光の矢によって大気が震え、エリザ王女は艶かしい声を上げて身悶えました。


絶対領域防御グランス・サイ!」


 緑龍が放ったレーザーブレスがカリン達に着弾する直前、気迫のヨガリで呪文を唱えていたエリザ王女が呪文を解き放ちました。半円の光の膜がカリン達を包み込み、緑龍のレーザーブレスを押し返します。


「なんだと!?」


「イった。ではあり、ませんの。ナメないでって」


 トロン。とした目をしながらエリザ王女は笑みを作ります。その表情は、どう見ても情欲に溺れるオンナにしか見えません。


『へぇ、なかなかやるね。だけど、もう保たないみたいだよ?』


 セーラの言う通り、張られた結界に入った亀裂が少しづつ広がってゆくのが見て取れました。


「くぅん。も、もうダメ。イってしまいそうですわ」


 結界が。と、付け加えてくれないと、エッチな言葉にしか聞こえません。


「だ、ダメ……もうダメですわぁんっ!」


 張っていた結界が、ガラスを叩き割った様にワシャン。と音を立てて砕け、セーラのレーザーブレスが再びカリン達に迫ったその時でした。カリン達の目の前に黒いオボンが出現し、レーザーブレスを弾きます。弾かれたブレスは、そのまま空の彼方に飛んでゆきました。


「お巫山戯が過ぎますね。緑龍」


「「黒龍さんっ!」」


 カリン達の窮地を救ったのは黒龍、それと……


ご主人様マイ・マスター! ご無事ですか!?」


 黄龍のミュウでした。


「なんだ!? アイツ等は?!」


 龍の攻撃をいともアッサリと弾き返した得体の知れない男に、マチルーズは慌てふためきます。


『二人共ボクの仲間だよ。それにしても参ったな、お姉様だけじゃなくて黒龍までも居るとはね』


「答えよ緑龍。貴様、古龍帝様を裏切る気か?」


『だって仕方無いじゃないか。契約されちゃったんだから』


 黄龍のミュウもそうですが、血の契約を行った龍はその者を主として仕えなくてはなりません。それが本人の意志に反する様な事でも、です。


「ならば、ソイツを殺すしかないな」


 黒龍の殺気が高まってゆきます。黒龍はセーラの背に乗っている女をターゲットしました。直後、セーラがホバリングする度にバイン。とするその胸にターゲットを変更して、半殺しでいいか。と、思っていました。


「良かったな女。お前を女に生んだ母親に感謝しろ」


 カッコイイ台詞を吐いた黒龍ですが、下心が丸見えでした。


『おお怖い。多勢に無勢ってヤツだね。ここは一旦引くとしようかな。宝玉は後で取りに来るから預かっといて』


「待て!」


「黒龍さん、放っておくでち!」


 バサリ。と、羽ばたいて飛び去ろうとするセーラを黒龍は追い掛けようとしましたが、カリンによって止められました。


「しかし!」


「いいでち。大丈夫でちよ」


「チッ。極上の女を取り逃がしたか」


 飛び去るセーラの背を見ながら、黒龍はあの女は絶対モノにしてやる。と、心に誓ったのでした。




 程なくして、魔力酔いから回復したシルビアを伴って、お店のマスターもやって来ました。


「カリンちゃん。龍の眼ドラゴンズ・アイは奪い返せたのか?!」


 お店のマスターの言葉に、カリンはサムズアップして応えます。


「エリザのお蔭で一個だけでちが奪ったでちよ」


 カリンの手の中には、ソフトボール位の大きさの珠がありました。内部には赤い粒子が揺蕩っていて、中央に楕円形の黒いモノが見えています。それはまるで本当の龍の目の様に見えました。


「凄い……」


「途方もない魔力の波動を感じますわね」


 よろよろとしながら立ち上がるエリザ王女。


「エリザ、大丈夫でちか?」


「ええ、なんとか。でも、少し休みませんと……」


 王女はオトコの娘セーラによって悶えさせられ、その上魔力による結界を張ったものですから、限界を迎えていたのです。


「でちが、早い所コレを安全な場所に移したいでちね」


 幾ら龍が二体居るとはいえ、彼等が全力戦闘をすればタダでは済みません。


「そうだな、奴等の残党が残っているかもしれない。早いトコここから出ましょうや。シルビアちゃんも回復したようだし、オレが姫サンを背負いますよ」


 そう言ってお店のマスターは、しゃがみ込んでウェルカムおんぶの構えを取りました。しかし――


「いい、いいえ! けっ、結構ですわ! 一人で歩けますから!」


 お店のマスターから一歩二歩と後ずさり、距離を取るエリザ王女。その足取りはおぼつきません。


「フラフラじゃないですか。ご厚意に甘えておきなさい」


 カリンがあっ! と、思った時には、既に黒龍の手の平がエリザ王女の肩に置かれた後でした。


「ぁんっ! ぁはぁっんっ!」


 びくり、びくり。と、身体を痙攣させながら、エリザ王女はその場に崩れ落ちました。


「……え?」


 その原因を与えた黒龍は、手を肩に乗せたポーズのままで硬直していました。もしかして、自分の所為か? と不安そうな表情をしながら、カリン達に視線を投げかけます。


「エリザはセーラに呪いを掛けられたのでちよ」


 それは、風が吹き抜けるだけで感じてしまう。という、えっち方面の呪いだとカリンは皆に説明します。


「セーラの奴め、厄介楽しそうな術を掛けやがって……」


 心配そうにエリザ王女を覗き込んだミュウですが、内心はルビの通りでした。


「へぇ、どれどれ……」


 言って黒龍はエリザ王女に近付いて、フッ。と息を腕に吹き掛けます。


「あふんっ!」


 途端、エリザ王女は悶えました。


「面白いですね。コレ」


 息を吹き掛ける度に悶えるエリザ王女。やられている方は全然面白くはありません。


「やめっ、止めてんっ! ……お願い、止めて下さい」


 熱い吐息を吐き出して頬を朱に染め、トロンとした瞳で懇願するエリザ王女に、黒龍のハートに穴が開いたのは言うまでもありません。


「ミュウ。コレってスグ解けるのでちか?」


 カリンに問われたミュウは、その首を横に振りました。


「いいえ、私達では解呪出来そうもないですね」


 ミュウの口から絶望的な言葉が出ました。


「でちが、流石にこのままにしておく訳にはいかないでち。なんとか解呪しないと」


 セーラは暫くの間。と、言っていましたが、それが何時までとは言っていませんでした。ですので、効果が切れるのが数分後なのか、数日なのか分かりません。


「うーん、そうですね。古龍帝様ならなんとか出来るかもしれません」


「そうですね。あの御方なら解呪出来ると思いますよ。……多分」


「と、いう訳でちがエリザ、立てまちか?」


「ムリムリムリムリ」


 王女は首を小刻みに震わせます。現在エリザ王女は、強烈な脱力感に襲われていました。立ち上がろうと力を込めても、手足が痙攣を繰り返してしまい、それどころではありません。


「このまま置いてゆく訳にもいかないでち。仕方無い、強制連行するでちよ」


 強制連行と聞いて、エリザ王女はびくり。と、反応を示しました。


「黒龍さんは外で龍化して待機して下さいでち。ミュウは謁見の間の荷物を。マスターはエリザをおんぶするでち」


 カリンの指示に夫々が頷き、行動を開始します。黒龍は崩壊したテラスからその身を躍らせて龍化をし、お店のマスターはウエルカムおんぶの構えを再び取りました。


「え?! ちょ、待って下さい! 今はダメです! 今はまだぁんっ!」


 ミュウは悶えるエリザ王女をお店のマスターの背に乗せて、謁見の間の荷物を取りに行きました。


「姫サンっ! ちょっと我慢してて下さいよっ!」


「こんなの我慢できないっ! できる訳がないっ!」 


 始めは姿勢正しくおんぶしていたお店のマスターも、耳に吹き掛けられる熱い吐息と嬌声によって、次第に前屈みになっていきました。


 こうしてカリン達は誰一人欠ける事無くネオ・デレーラ城を後にし、キャンプ地へと戻って行ったのでした。エリザ王女の嬌声を、夜が明けたばかりの街に響かせながら……。

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