第20話 戦いの第二幕へ
#2028年12月23日 日曜日 12時35分
天候 はれ 気温10度 名古屋市守山区小幡緑地公園駅
俺は、正直、呆れた。
大苦戦を予想していた
しかしだ。
相手は、同業他社グラスビットの超近接格闘機使い
だからわかる。
自販機で買った炭酸ジュースを差し出した。
「まともな飛び道具もないくせに、良くボコられなかったな」
「ありがとうございます。でも、まさか、ぐぅで殴る機械騎士がいるなんて思わなかったから、不意打ちを一発もらっちゃいました」
沙加奈は良く冷えたジュースを嬉しそうに受け取ると、頬にあてた。まるで湿布代わりのように、冷えた炭酸ジュースを火照った頬に押してあてる仕草が妙に引っかかった。
「沙加奈、痛いところでもあるのか?」
俺の問いに、沙加奈は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、それから、ごまかすような照れ笑いをつくった。
「だ、大丈夫です! ちょっと油断しちゃっただけですから…… それよりも、これから、どうしたら……?」
沙加奈が話題を振り直した。
ちょうど俺も、それを考えていたところだった。仮想鋼鉄とグラスビットの交流戦のネット中継番組を、スマホへ呼び出して、沙加奈へ見せた。
「バトルがひと段落したんで、中継の方は東京のスタジオでの解説に移っている」
解説というよりは、両社サービスの宣伝を兼ねたトーク番組みたいなものだ。仮想鋼鉄の運営チームからも女性XRリンカーが数人登場し、ど派手なコスチュームで営業スマイルを振り撒いている。ゲストには、ゲーム好きで知られるアイドルやお笑いタレントも呼ばれていた。
「ゔっ……」
画面をのぞき込んだ沙加奈が、微かに妙な声を漏らした。無理もない。沙加奈もつい先日、仮想鋼鉄運営チーム "漆黒騎士団" に入った。運営チームのコスチュームの派手さというか、肌面積と布面積の比率は、沙加奈には厳しそうだ。
「コスチュームについては、おとなしめを進言しているから、心配しないで欲しい」
「本当に……ですか?」
ジト目で沙加奈が見返してくる。俺は内心では冷や汗ものだ。沙加奈は、学生プレーヤーなので、運営さんに対してコスチュームデザインには配慮を求めたのは嘘じゃない。
だが、内心ではもったいないと思っているもの、偽らざる事実だ。
沙加奈はチビだが、スタイルは悪くない。いや、かなり良い。水泳が得意でクイックターンができる種族なのだ。均整の取れた綺麗な姿勢をしているし、運動量の高い手強いプレーヤーなのだ。
ゆえに、スレンダーなくせに、あるべきところにはある素晴らしいスタイルをしている。しかも透けるような雪肌で……
「
ジト目が見上げている。
「そんなことはないぞ! 俺は、いま、今後の試合展開について、考察を巡らせていたところだ」
そう、しゃべった矢先に、女性XRリンカーが画面に大写しになった。
『沙加奈ちゃん、玲人くん、東京のスタジオでも応援してるから、がんばってね!』
うわわっ! 俺は慌ててスマホ画面をスワイプで消した。画面端に飛ばされるウインドウの中で、肌面積が全開のコスチュームが柔らかいモノを揺らしていた。
じと……
沙加奈の目が険悪な色合いになっている。こんなの不可抗力だ。
こほん。
咳払いをした。
スマホ画面を切り替えた。俺はオブザーバーモードでしか、この試合にログインできない。機械騎士を出すことはできないが、沙加奈の見ている視界にデータ画面を映し出すことくらいならできる。
しかも、XRリンカー専用の網膜投影デバイスには、閲覧のみ可という制限を受ける。視線入力が使えないので、仕方なくスマホをタップした。
「起動時に見知らぬデバイスが増えてるとかいうメッセージ見たよな?」
沙加奈がうなずいた。
「これだ。300ミリ リボルバー・カノン。弾倉は6発だが安全のため5発を装填済みだ。充分とは言えないが、グラスビットの火力にいくらかは対抗可能だ」
沙加奈は空中を睨んでいる。いま、この少女の視界にはデータウインドウが開き、全長3.5メールにもなる鋼鉄製の大型古式銃が浮かんでいるはずだ。
「ちょ、ちょっと、
沙加奈が慌てた顔で振り向いた。
「 だって、鉄砲は 課金アイテムですよ。私、お小遣いないから……
予想どおりの反応だった。
沙加奈は仮想鋼鉄での勝利で手にしたポイントの大半を、提携サイト経由で、電子マネーに交換し、家計の足しにしていた。沙加奈は驚くほどの数の重課金機を倒す戦果を挙げてきたが、そこで得たポイントは牛肉やお豆腐に交換され、家族の食卓で消費されている。
だから、俺は笑って見せた。説明資料の準備もすでに済ませている。
「問題ない。銃火器の使用にかかる課金対象は、 " 金属薬莢" だけだ。無料配布の銃と弾だけの組み合わせならば、無料アイテム扱いだ」
「え……?」
沙加奈が首をかしげた。女の子なら知らないのも無理はない。
「鉄砲って言ったら…… 刑事ドラマみたいな、ぱんぱんっ! って撃つあれでしょ? えっ? え?」
俺は画面を切り替えた。髭面ガンマンが早打ちバンバンという、低予算な西部劇の動画クリップが、沙加奈の一次視覚野に流れる。
「古式銃といって、金属薬莢が発明される以前は、回転弾倉へ直接に、丸っこい弾と火薬パウダーとグリスに雷管を、手作業でちまちま詰めて撃ち合いしてたんだ」
仮想鋼鉄の米国本社には、マカロニウエスタンが好きな技術者がいるらしい。こんな珍妙な武器もおまけ扱いで用意されているのだ。
俺は、沙加奈に数本の動画クリップを見せた。撃ち方と使い方については、センスの良い沙加奈ならば理解できたはずだ。
「ひとつだけ注意点がある。この古式銃には、安全装置がない。ゆえに6発分の弾倉だが、つねに5発しか装填しない。撃鉄は空の位置にいつも降ろしておくこと」
うん! 沙加奈がうなずいた。
「弾倉交換時に間違えやすいから、暴発しないように注意すること」
「はいっ!」
沙加奈は小さく、「
さらに、今後の作戦について説明した。
方針はひとつ。
仮想鋼鉄は、お外で楽しく遊ぶ健全なエレクトリックスポーツだ。
楽しいってことは、単純に勝利して、自分だけが楽しいということじゃない。
自分も、試合相手も、観客も…… 誰もが楽しいと感じる世界が、本当の遊びなんだ。だから、試合をどう盛り上げるべきか? 勝利は大切だが、そこへ至る経路が楽しくなければ意味がない。
だから、仮想鋼鉄には古式銃なんていう珍妙な玩具も用意されている。
沙加奈には、そんな仮想鋼鉄の世界観をこの戦いの中で伝えたかった。
◇ ◇
「グラスビットの仮想騎士、4機と一度に戦うんですか!」
沙加奈は驚いた声をあげた。無理もない。沙加奈は、ここまで包囲されないことを優先し、機動力を活かして、敵と各個に対応している。グラスビット側も初戦は、
しかしだ。
「グラスビット側は間もなく破損機の修理が終わる。遅れていた広報室長機も国道23号経由で名古屋都心に到着する」
俺はオブザーバー役なのに、つい熱くなり、完全に戦闘モードの目線で沙加奈を見詰めた。
「俺たちの戦いの第二幕が始まるんだ!」
仮想鋼鉄の試合となるとついテンションが上がり過ぎる。俺の悪い癖だ。
沙加奈は頬を赤らめて、ぽうとした目線でため息をついた。
それから、沙加奈は急に思い出したように、紅潮した頬に飲みかけの炭酸ジュースの缶をあてた。
……冷たい。
小さく沙加奈が声を漏らした。
俺は、ここで気づくべきだった。
照れ笑いとともに繰り返される、火照った頬をジュースの缶で冷やす仕草の意味に。正直にいえば、可愛らしい仕草にほっこりしてしまったのだが。
俺は気づいてなかった。沙加奈が何を隠していたのかを――
◇ ◇
お外で元気に遊ぶ仮想鋼鉄は、交通安全上の理由から、フルダイブができない仕様だ。運営チーム所属のプログラマである俺は、当たり前のようにフルダイブできないという「お約束」に囚われていた。フルダイブできないという制限は、プレイヤー側のユーザーインターフェースに付いたリミット機能であることを、無意識のうちに忘れていた。
だが、沙加奈はシリウスリンカーでもあるのだ。シリウスリンクでは、ぬいぐるみへのフルダイブができることを、俺は知っていたはずなのに。
>> to be continued next sequence;
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます