第19話 その正義が向かうもの
#2028年12月23日 日曜日 12時05分
天候 はれ 室温16度 豊橋市内 技術系大学キャンパス
『シリウスリンクシステムにおける量子化二進数コードの可能性について
シリウスリンカー協会 副支部長 睦月輪華』
今日は、豊橋市内の技術系大学で、シリウスリンクのシステムまわりについて、講義のお時間を頂いた。プロジェクターにパワーポイントで作った紙芝居を表示して、学生さんに45分ほどお話をさせて頂いたの。
シリウスリンクは、様々な障害を技術力で乗り越えて、インクルーシブな社会を目指す、そんな試みのひとつだから。技術は人を幸せにするためにあるの。
そんな感じでお話ができて、ちょっと幸せな気持ちになれた。
だけど――
講演の予定終了時間よりも少し早く、ブラウニーさんが教室の入り口に迎えに来てくれたの。ちらりと目線を向けると、ブラウニーさんが片手を耳元にあてる仕草をした。私宛に急ぎの連絡事項か、至急の電話が入っている合図だった。
もったいない気がしたけど、講義をちょっとだけ早めに切り上げて、電動車いすをブラウニーさんへ走らせた。
「輪華さん、ご講義の途中にすみません」
走り書きの文字が躍るメモを手渡された。
沙加奈ちゃんが……!?
昨日の段階までは上手くいったと、事情を把握していた。
沙加奈ちゃんを、憧れの玲人さんと引き合わせて、試合を設定した。無事に合格したと聞いて、ほっとしたところだった。
それが、どうして……?
タブレット端末を差し出されて、ブラウニーさんの指が画面をめくりながら説明してくれた。グラスビットエンタテインメントさんとの接続試験のことは、何となく小耳には挟んでいたけど…… 私たちとは別件のお話と理解していたの。さすがに、沙加奈ちゃんのこと以外は、私が関わるべき範疇を超えてしまう。
私、睦月輪華は、シリウスリンカー協会の副支部長で、沙加奈ちゃんの保護者にすぎない。ゲーム会社同士のアライアンス案件にまでは、関与できない。
そういう、理解だったの。
だけど……
「輪華さん、実は…… 沙加奈さんが強制的に、仮想鋼鉄のバトルセッションへログインさせられた原因となった、その通信経路なんですが……」
ブラウニーさんの困惑で曇った表情を見て、すぐに解ってしまった。差し出されたログデータの画面を見て、思わず、口元を覆った。
「うちの、シリウスリンクの遠隔通信コンソール経由で、沙加奈さんの管理鍵カードのパターンをエミュレートしたデータが送られていて……」
私たちシリウスリンカーが使う管理鍵カードは、うっかり複製されたりしないように、光線干渉色で印刷された特殊な二次元バーコードを用いているの。たとえ、コピー機で複写されても、デジカメで撮影されても、簡単には管理鍵を解読されたりしない仕様になっているの。
私たちみたいに、大脳一次視覚野が量子コンピュータに繋がっていないと、この特殊印刷されたカードは読み取れない。「絶対」って言葉は現実にはないけど、使いやすいのに強力な防壁のはずだった。
だから、解ってしまうの。
くるりと周囲を見回した。大学キャンパスは広くて日差しも明るくて、問題ないと思った。
私のシリウスリンクの管理鍵カードを引っ張り出した。
「ここで、いますぐ、ぬいぐるみリンク使ってもいいですか?」
ブラウニさんがうなずいてくれた。深呼吸をした。
今回の強制バトルを沙加奈ちゃんに仕掛けたのは、シリウスリンカー協会が管理している量子サーバーだった。
この騒ぎは、私たちシリウスリンカーの生命を預かる浜松医学博士の病院が、したことなの。
浜松医学博士は、沙加奈ちゃんや私たちを救ってくれた。私たちが元気に楽しく過ごしていられるのも、浜松先生の病院がリンカー協会の拠点医療施設として、私たちの脳機能バイパスシステムを24時間体制で管理してくれるからなの。
沙加奈ちゃんが仮想鋼鉄へ直接接続できるのも、沙加奈ちゃんの脳機能バイパスを専属で担当する "
こんなこと、信じられない。
浜松博士は、いつだって患者の生活の質を最優先に考えてくれる。
だけど、量子暗号システムに守られた沙加奈ちゃんのシリウスリンクに、第三者が侵入するなんてあり得ない。
そんなこと、できるのは、全部を管理してる病院のサーバー、それ自身だけのはず。
浜松先生のいらっしゃる病院、その量子サーバー収容棟にいる、私の連絡係のウサギさんへ繋がる設定シークエンスの途中で、もういっかい、深呼吸をした。
――まずは理由を確かめてから、次にどうしようかを考えるの。
#2028年12月23日 日曜日 12時10分
天候 はれ 気温10度 名古屋市東区大曽根駅バスターミナル
市内循環バスから飛び降りた。振り仰ぐと巨大な太刀を担いだ私の機械騎士が、JR中央線の線路を背に赤錆色の巨体を晒している。周囲にはカメラや音響などのドローンがいくつも飛んでいた。
「見て、あれ!」
「凄い、ロボットいるよ」
小さな男の子が携帯ゲーム機を空へかざして "疾風" を見ていた。幼稚園児くらいで、変身ヒーローもののキャラクターデザインのリュックサックを背負っている。そういえば、運営さんが今回は無料配信するっていってたよね。
そっか、幼稚園さんでも携帯ゲーム機にアプリを入れたら、仮想鋼鉄を見れるんだった。
男の子が頬を赤らめて、お母さんに「ロボット、いるよ!」って一生懸命に話しかけている。
可愛い! うちの大食い怪獣な弟たちとは全然違って、凄く可愛いの。グラスビットチームがいつ襲ってくるか気が気でないけど、でも、乗り換えで走る途中で振り返った。
ちょっとだけ、サービス。
カッコよく巨大刀剣を振り回して、男の子に向けてシャキーンと敬礼した。仮想とはいえ機械の騎士だもの。礼節は大切にしなきゃ。
お母さんが私に気づいたみたい。私は嬉しくって、立ち止まって、ぺこりとお辞儀を返した。
#2028年12月23日 日曜日 12時10分
天候 はれ 気温10度 名古屋市北区国道19号山田町交差点
「こちら、
さあ、一気に距離を詰めてボコ殴りにしちゃおう! と、身構えたところで、やめた。
モニター画像に映る "疾風" は、ファンサービスの最中だった。このタイミングで攻撃するのは、マナー違反だと思う。運転手さんもそこは理解している。大曽根駅へ向かうのをやめて、ハザードランプを出してトレーラーを止めてくれた。
あの後、仮想鋼鉄の女の子を乗せたバスは、東区内をくるりと回って、また、東区役所の前に戻ってきた。そう、東区内循環バスだから…… その後に行きそうな場所といったら…… 名古屋市交通局のホームページを閲覧した限りでは、候補はひとつしかなかった。
大曽根バスターミナルで乗り換えるつもりだ。
問題は、どれに?
大曽根駅は名古屋市の北側にあるハブステーションのひとつ。いくつも交通機関が集まっているの。JR中央線、バス路線、地下鉄、名古屋鉄道瀬戸線、そして…… まさか、あれ?
本当は乗り換えタイミングを狙って、仕留めるつもりで先回りした。そのはず、だったんだけど…… 仮想鋼鉄の女の子ってば、小さな男の子を相手にファンサービスを始めちゃった。その可愛いおチビさんは、弊社サービスの大切な顧客層なんですけど……
「
ぐずぐすしてたら、運転手さんが話しかけてきた。中継を流している本社から、うじゃうじゃうるさい通信が来たらしい。あたしたち広報チームの戦い方を、本社はわかっていない。
「カメラをそっちへお返しすると、伝えてください」
ユーザーのマナーが良いサービスは、長続きする良いサービスだから。
あたしたち広報チームは、みんなのお手本にならなきゃいけないんだから。
せっかくのチャンスでも、マナー違反だけはまずい。ちっちゃな大切なお客様の前では、あたしたちは正義と誇りを貫きたい。
もちろん、あたしは強いから心配しないでね。
#2028年12月23日 日曜日 12時12分
天候 くもり 気温14度
グラスビットのサーバー運営チームが、黒い
「インタネットエクスチェンジまでの上流ネットワークを確認しました」
「仮想鋼鉄さんとの相互接続、全項目を設定完了です」
名古屋市内に散ったグラスビット広報チームの車両から送信されるゲームデータは、この
深夜に高速道路や新幹線で駆けつけて、いきなりの本番に間に合わせたグラスビットのサーバー運営チームの仕事ぶりは、称賛に値する。
「室長、頑張ってください!」
その中心人物、室長と呼ばれる男は、スタッフから手渡された栄養ドリンクを一気にあおった。戦うための舞台は徹夜で構築した。後は、存分に戦い、観客を魅了して会員数純増を勝ち取るまでだ。それが広報チームの正義だ。
「いよいよ、あなたの出番ですね」
仮想鋼鉄「運営さん」は、グラスビット広報室長へ労いの言葉を送った。ビニール袋に包まれたステッカーを手渡す。
「こんな強いプレーヤーさんとバトルさせて頂けたこと、弊社広報チームを代表してお礼を申しあげます」
相互接続テストを機に作られたステッカーには、両社のサービスのロゴが印刷されていた。広報室長は差し出されたステッカーを受け取ると、徹夜明けの疲労など全く感じさせない鋭い笑みを返した。
#2028年12月23日 日曜日 12時16分
天候 はれ 気温12度 名古屋市南区前浜通5丁目交差点付近
「玲人さん、玲人さん!」
いきなり、バイクのハンドルに養生テープでぐる巻きにしたウサギのぬいぐるみがしゃべった。思わず名鉄名古屋線の橋脚にバイクをぶつけそうになった。それくらい、焦った。
「びっくりした。沙加奈か…… 状況は?」
運転中に見ることができる情報は極めて限られている。道路交通法は、いつ、いかなる状況であっても、安全運転というジャスティスをドライバーに求めているのだ。
だから、事故渋滞で詰まった高速を降りて、環状線に入ったところで、沙加奈からふいに連絡が入ったとき、俺は盛大に慌てた。途中の情報をフォローし切れていないのだから。
「大曽根でゆとりーとラインに乗りました。このまま守山区方面へ向かいます」
なるほど、相手チームが車両移動しているなら、乗り物で対抗する気か。
「玲人さんは、いま、どこに…… って、また、来た!!」
俺の所在を尋ねかけた沙加奈の声が、何かに遮られた。
「きゃっ、う! ちょっと、ねえ、正義の味方をしてるんなら、グーはだめでしょ!!」
おい、沙加奈…… !?
「このっ! わたしだって、怒ると怖いんだからっ!」
ぷんすか怒りだした白ウサギが心配だ。これまでの状況の推移から想像するに、おそらくはグラスビットの超近接格闘機使い、
刀剣を振り回す "疾風" は近接戦闘向きの機体だが、ボコ殴り演舞を得意技とする
俺のように他社サービスについても事前知識があるならともかく、完全に初見で対応を迫られるのは、いくら沙加奈が強いからといっても……
「待ってろ、いま行く!」
右ウインカーを出した。桜本交差点で環状線抜けて右折した。このまま東海通を東へ、鳴海から名古屋環状二号線へ向かう。沙加奈が乗ったゆとりーとラインとは、小幡緑地付近で交差するはずだ。
>> to be continued next sequence;
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