第18話 市バス移動戦

 


 #2028年12月23日 日曜日 11時34分 

 天候 はれ 気温10度 名古屋市北区清水2丁目 名鉄瀬戸線清水駅付近


那由太なゆた、あんた、いま、どこ?」

阿頼耶あらやか、国道19号代官町交差点付近だ。”carnival”カーニバルと交戦した』

「で、やられたのね」

『面目ない』

 那由太なゆたが南から、あたしが北から、”carnival”カーニバルを追い込む作戦だったけど、早々に那由太なゆたのおバカが討ち取られちゃうとはね。大回りして北区で待機してたのに、無駄になっちゃったじゃないの。


 とどめを刺さずに、移動を優先した”carnival”カーニバルのXRリンカーの女の子、なかなかに良い判断をしていると思うわ。4機いるはずの敵のうち、ふたつ、つまり、あたしのと室長の居場所が解らない以上は、無駄に時間を使うのは正しくないもの。


 だけど…… 私たち、グラスビットの機体は4機。相互に失った部品を融通し合えるってことには、気づいてなかったかな?

 間接攻撃主体の阿摩羅あまらの機体は、あたしと那由太なゆた、近接格闘ど突き合い専用機の補修もしてくれるの。ミサイル運搬専門の阿摩羅あまら機 "グラスビット603" にもちゃんと手足や装甲があるのは、カッコいいからと、もしものときに味方機に部品を融通するため。

 もっとも、阿摩羅あまらに、「ごめんなさい。やられちゃいました。部品をお恵み下さい」って言うのは、かなりの屈辱だけど。あの子、ナチュラルに冷ややか目線で見下すから、メンタルえぐられるのよね。

 珍しくうなだれ気味の那由太なゆたに、モニター越しに手を振った。

「いいわ、敵討ちはしてあげる。阿摩羅あまらが行くまで、爆発しないように、ダメージコントロールしてなさい」

 ションボリしても意味がない。バトルは始まったばかり。まだまだ楽しめるチャンスは巡って来るわ。


 で……

 ボコられた那由太なゆた機の画像を片付けて、コックピットに名古屋市中心部の道路マップを表示した。ため息をついた。なに、このぐちゃぐちゃに入り組んだ街は? 


「えっとお、沙加奈ちゃんがいるのは…… 東区区役所の近く?」

 無料配信されている中継画像と、セッション中の機体向けの情報システムの表示を見比べた。データ表示って、なんかメンドクサイ。リアルコックピット表現だからって、座標を数値表示するのは、ちょっと勘弁。阿摩羅あまらってば、よく、こんなの見て、ミサイル攻撃とかできるわよね。感心しちゃうわ。


 う~んと、伸びをした。

 元々が京都でお坊さんユーザーチームをボコる予定だったから、衣装は巫女服風味だ。舞衣を羽織っているけど、案外と動きやすい。それに、舞衣って透けてないんだね。


 さてと、そろそろあたしも舞台にあがりますか。

「運転手さん、出来町通に移動してください」

『あの阿頼耶あらやさん、出来町通はちょっと……』

 このコックピットを載せて走っているトレーラーの運転席へ繋がる回線に、行き先を依頼したのだけど。運転席からの回答が渋い。こんなこと、めったにないのに、あれれ?


「出来町通が一番近いのだけど、何か、不都合でもあるの?」

『中央車線が基幹バス専用レーンになっていまして、大型車両では走りにくいのです。ましてバトルとなると…… 例の300メートル制限を守るには、頻繁に駐停車する必要もありますが……』

 運転手さんが嫌がる理由がやっと理解できた。

 名古屋市市バス特有の中央レーン走行方式って…… 名古屋市交通局のホームページをコックピットのモニターに呼び出して、思わず「なんじゃ、これ」っと声が出ちゃったよ。

 グラスビットのトレーラーは、コックピットシステムやその電源、通信機器などを丸ごと積んで走るから、意外にデカくて道路ではじゃまな感じ。運転手さんの言うとおり、これで、交通量の多い道路での路肩駐車はあんまりやりたくないよねぇ。

 まして、真ん中の走行車線がバス専用となると―― グラスビットのブランドイメージを背負っている実演チームの車両だけに、不用意な駐停車で渋滞つくって、世間様に迷惑かけることはできないし。


「先回り作戦を継続します。環状線へ回ってください」

  "グラスビット22" と派手にペイントされた、あたしたちのトレーラーが走り出した。そのまま、北区平安通方面に向かった。




 #2028年12月23日 日曜日 11時48分 

 天候 はれ 気温10度 名古屋市東区白壁 清水口交差点付近


「ドライバーさん、行き先を変更します。ちょっと、止まってください」 

『どうしました、阿摩羅あまらさん』

那由太なゆたさんの機体が損傷しました。救援に向かいます」

『えっ? ……了解しました』


 宇佐美沙加奈さん、凄いです。

 これは、大質量の鋼製刀剣を高速回転させて得られる慣性モーメントを利用した攻撃です。さすがに、ここまでやられるのは、ちょっと…… ですけど。

 無課金機である”carnival”カーニバルは、速度、パワー、機体強度、守備力のいずれのパラメータも、課金機に劣ります。重量級の課金機である、私たちグラスビット実演チームの機体には、本来、足元にも及ばないはずなのです。

 事実、格闘専用の那由太なゆた機である "グラスビット60" の装甲防御力は、”carnival”カーニバルが全身に備えたモーターの全出力を優に上回ります。


 絶対に勝てないはずの重課金機を狩るために、”carnival”カーニバルは大質量の刀剣を振り回す特有の回転斬りを多用しています―― そこまでは理解していました。


 でも、まさか、自身の自重を越える大質量の鋼製刀剣で高速回転斬りをするとは。そんな可能性は除外して考えていました。

 こんなこと、ロボットを本当に自身の手足のように把握していないと、できない芸当のはず。

 いったい、この少女は、何なのです?




 #2028年12月23日 日曜日 11時55分 

 天候 はれ 気温10度 名古屋市東区筒井町 東区役所付近


 ハーフコートを脱いで、腰に巻いた。クリスマス直前というのに、疾走と全力バトルを繰り返したら、汗が噴き出して止まらない。


 内緒で練習中だった新技 "桜花疾風陣おうかしっぷうじん" 、使っちゃった。

 それくらいグラスビットのクリスタルソード使いが、強かったの。

 いつも使っている "蓮華車れんげぐるま" じゃ負けると思った。


「あれが、藤井先輩が大好きなグラスビット実演チームの那由太なゆたさん…… だよね? めちゃくちゃ強いよ」

  "桜花疾風陣おうかしっぷうじん" って、無謀なほどにデカい太刀を両手持ちにして "蓮華車れんげぐるま" の二倍強力な技だけど、良く成功したなあ。よかった…… あれ? あれ? あれれ?


 そして、今頃気づいた。

 "疾風" 何気に軽くなってる? じゃなくて、膝関節とか足首とか硬くなっているし、昨日までよりも激しく振り回せる気がする。

 ――玲人さん、ぬいぐるみだけじゃなくて、昨夜のうちに "疾風" まで、強化してくれたんだ。


 それから、微かに右手首が痛い気がした。

 輪華ねえさまには止められているんだけど…… 私、大脳新皮質の全領域をシリウスリンクで使えるから、一次運動野だけじゃなく、一次感覚野も "疾風" とリンクできるの。 "疾風" にかかる負荷を、私の身体の痛みとして感じ取ることも、やればできる。

  "桜花疾風陣おうかしっぷうじん" は、 "疾風" の機械的な強度を超えてしまう大技だから、体性感覚的なフィードバックが欲しいの。だから、普段は繋いでいない一次感覚野も繋いで戦った。


 で、どうしよう?

 視界が開けている場所まで逃げようと思ったけど、ちょっと厳しいかも知れない。

 もっとも近くて広い場所は名古屋城だけど―― ムリ。

 仮想鋼鉄のルールには、史跡や景観保護地区みたいな場所では戦えない決まりがあるの。

 つまりね、拡張現実とはいえ、ぶっ壊してもいいものとダメなものがある。

 名古屋城はその最たるもの。「尾張名古屋は城でもつ」というフレーズがあるくらいだから、さすがにマズい。仮想鋼鉄運営員会はそういう視聴者、利用者の皆様の心理面を配慮していて、戦闘禁止区域を設けているの。ほかに、航空法の規制でドローンが飛べない空港近くとかもダメ。


 だから、4機もいる重課金機を相手にするとなると、千種区の丘陵地帯、例えば平和公園みたいな場所が有力だけど…… 遠いし。平和公園はバトル禁止じゃないけど、さすがにお墓なので罰当たりな気がする。もっと遠くだと…… 守山区の山の方とか…… あっ!


 そこまで考えて思いついた。

 そっか、そういう手があったよ。


 ちょうど、区役所南交差点をバスが曲がってきた。すぐ目の前にある停留所に留まった。行き先もぴったり思いついたとおり。


 マナカをピッと入り口でかざして、市バスに飛び乗った。

 見晴らしのいい一番前の席が空いていたから、よいしょとよじ登った。バスの前輪の上にある座席だから、私の背丈だと登って座る感じになっちゃうの。


 デイバックを膝の上に載せて、目を閉じた。

 仮想鋼鉄のシステムはお外で元気よく遊ぶ拡張現実ゲーム。その事情から交通安全上の配慮が必要で、フルダイブはできない仕様なのだけど…… 


 ごめんなさい。私は、シリウスリンカーだから、フルダイブもやれば、できてしまうの。

 シリウスリンクは、元々が何かの事情で自由に歩き回れない人たちに、コミニケションの手段を作るためのものなの。たとえば、輪華お姉さまは、車いすに義手だから、移動には不便なことがいっぱいある。モビリティの自由は、公共交通機関の皆様の努力でかなり良くなっているけど、大変なことはやっぱりある。


 でもね、シリウスリンクを使えば、距離も不自由な制約も全部、飛び越えられる。会いたい人に、会いに行けるの。

 小さなぬいぐるみに、フルダイブすると―― 時間も、距離も、人間関係の妙なわだかまりも、ぜんぶ飛び越えて、いつもと違う笑顔に出会えるの。

 ちっちゃくて、もふもふしてるから、誰もが抱っこしてくれるし、楽しくおしゃべりできる。

 だから、シリウスリンカーにとって、ぬいぐるみはもうひとつの身体も同じだった。


 私は、シリウスリンクの量子サーバー経由で仮想鋼鉄にログインしている。

  "疾風" は、システムメニューの中では、4番目のぬいぐるみとして登録されているの。


 シリウスリンクは、本来は笑顔に出会うためのもの。私は、仮想鋼鉄の戦いの中で、少し違う種類の笑顔を探しているのかも知れない。




 #2028年12月23日 日曜日 12時05分 

 天候 はれ 気温12度 名古屋市北区平安1丁目 地下鉄平安通駅付近


「沙加奈ちゃん、市バスに乗っちゃったよ、大曽根方面に向かっているわ」

『こちらでも、モニターしてます。那由太なゆたさんの機体を補修し終えたら、向かいます』

「待って、沙加奈ちゃんが乗ったバス…… えっと……」

 あたしはモニター画面に目を凝らした。無料配信された中継映像には、カメラドローンが撮影した、沙加奈ちゃんがバスに乗る様子が映っていた。その行き先表示を拡大投影した。

阿頼耶あらやさん、阿摩羅あまらちゃん、仮想鋼鉄の女の子が乗ったバスは、東区内を循環する小型バスです」

 運転手さんが、あたしたちの会話に割り込んで教えてくれた。あたしと阿摩羅あまらを乗せてくれるそれぞれのトレーラーの運転手さん同士も無線で打ち合わせていた。


 沙加奈ちゃんの乗ったバスは、名古屋市東区の区役所、病院、乗換駅などをぐるっと一周する。その中には、スタート地点であるオアシス21の栄バスセンターまでも含まれていた。

「どこに行くつもりなのかしら?」

『無為に移動するよりも、バスの行き先で待機した方が得策でしょうか?』

 あたしの問いかけに、阿摩羅あまらも迷っていた。



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