第17話 桜花疾風陣
#2028年12月23日 日曜日 11時14分
天候 はれ 気温10度 名古屋市東区1丁目 芸術創造センター付近
息を切らせて歩道を走った。お腹すいた。
こんなことなら、パンケーキだけじゃなくて、シフォンケーキも食べておくんだった。
まさかの不意打ちを喰らわされたおかげで、作戦も何もあったものじゃない。反則的な物量でミサイル攻撃されて追い回された。息があがって、考えがまとまらない。
とにかく、視界が開けている場所まで逃げようと思ったけど、さっき、藤井先輩と食べ歩きしてたときに見かけたトレーラーの車列が頭をよぎった。
相手は車両で移動しているはず。
走っても振り切れない。
でも、考える時間を相手はくれない。
背後から轟音とともに蒼い仮想機械騎士が飛び出してきた。両足へ装着した金属製ローラーでアスファルト路面をダッシュして来るの。電磁モーターみたいな甲高い唸りが迫った。
公式SNSの通知と、玲人さんからの情報によると、相手は同業他社のグラスビットエンタテインメントの実演チーム、4機。
私が大津通とは反対方向へ走ったから、きっと最初にミサイル攻撃してきた機体の攻撃可能範囲から外れたんだと思う。それで、他の機体に攻撃役を引き継いだんだ。
「なに、これ!?」
距離を詰められて、ちょっとびっくりした。仮想鋼鉄では見慣れない未来デザインに驚いたの。手足が細くてナイフのように鋭い造形。しかも、機体全体がガラスかクリスタルのように透明感に包まれている。溶接、リベット、ボルト締めで、機械油がどくどく、重金属がお約束の仮想鋼鉄の世界感とは違う。まるで宇宙生物みたい。
振り返り、デイバックから扇を出して構えた。シリウスリンクがあるから、考えるだけで "疾風" は動くけど、剣舞するには、実際に手に何か握って振り回せるものが欲しいの。イメージって、仮想鋼鉄では凄く大切と思うから。
スピードが勝る相手に背中を見せるのは、ちょっとヤバい。
カメラドローンに、音響ドローン、火花エフェクトドローンまで群がってきた。公道上でこんな迷惑なドローンを使うと、あとでお役所から怒られるんじゃないかと心配になったけど、もう、やるしかない。
#2028年12月23日 日曜日 11時16分
天候 はれ 気温11度 名古屋市東区泉3丁目 桜通小川交差点
クリスタルソードの斬撃と、
俺と、宇佐美沙加奈の剣技はほぼ互角。いや、わずかだが、この小さな少女の方が、太刀筋の鋭さ、速さで優っている。
激しく剣を打ち込み、驚愕とともに気づかされる。
グラスビットシステムでも高性能なフラグシップ機を、俺たちは乗機にしている。
今回の相互接続テストにおいても、俺たちグラスビット実演チームは、データをコンバートして、愛機を持ち込んでいた。ゲームサービスのブランド名を冠された実演チームの機体は、掛け値なしに最強だ。
そして、この仮想鋼鉄でも最高レベルの重課金機に仕上がっているはずだ。
対して、少女が操る
最強の無課金機―― その正体は、操縦者(仮想鋼鉄の世界感ではXRリンカーというらしい)が化け物だったのだ。
だが、俺と "グラスビット60" は負け知らずだ。無敗を約束された存在だ。そういう設定付けのキャラを広報プロモーションとして演じている。
だから、負けは許されない。俺は、現実においても強くあらねばならない。
スピードと剣技が、俺の武器だ。俺と、 "グラスビット60" に斬れないものなど、存在しない。そのような物は、存在を許さない。
俺の中で急激に血潮が沸騰し始めた。この高揚感は、強敵と相対したときにしか得られない貴重なものだ。可憐な美少女を相手に、俺の戦いへの渇望が騒ぐなど…… サブモニターの中で息を弾ませて舞う小さな少女に、俺は心の奥で感謝した。
それには、この高速回転斬りを上回るさらなる速度が必要だ。
サブモニターにブーストシステムの承認パネルを呼び出した。
#2028年12月23日 土曜日 11時17分
天候 くもり 気温11度
機器設定が何とか公開テスト開始寸前に終わり、バトルセッションのデータが順調に相互変換されることが確認された。
仮想鋼鉄、グラスビット、双方の広報プロモーション責任者が、和やかにお茶を飲み始めたところで、ふいに電子音のメロディが鳴り始めた。
「失礼……」
グラスビット広報室長が上着の内ポケットをまさぐる。
Apply for approval of boost system from Grass Bit No. 60.
「なに? ブーストシステムの承認申請だと!」
スマートフォンに起動した専用通知アプリに、"グラスビット60" を駆る
「現場の状況は、モニターできているか!?」
「は、はいっ!」
お茶うけに出された和菓子に手を付けていた広報チームスタッフが、慌てた声をあげた。
仮想鋼鉄「運営さん」は、微かに微笑んだ。
小さな少女が強すぎることに気づき、同業他社チームが対応に走り出した。一度は、穏やかな空気が漂っていた大広間に、喧騒が戻ってきた。
「先制したはずの
「
「標的機は、遠隔攻撃、近接格闘ともに対応しています。オールレンジに対応できるなんて…… 仮想鋼鉄の
慌て始めた同業他社チームを横目に、仮想鋼鉄「運営さん」は、湯気を立てる熱いお茶をふうっと吹いた。
#2028年12月23日 日曜日 11時20分
天候 はれ 気温11度 名古屋市東区大官町付近
From : The general manager of Demonstration team.
To : Nayuta.
approved use the boost system.
タッチパネルに『ブーストシステムの使用が承認されました』とメッセージが走り、銀色をした鍵が表示された。俺はぺろりと唇をなめた。
鍵のイラストに指先で触れる。機体の稼働状態を表現する電子音が一気に高鳴った。
来たぜ! これがパワーだ。
#2028年12月23日 日曜日 11時21分
天候 はれ 気温11度 名古屋市東区大官町付近
何をしたのっ!
突然、グラスビットの仮想機械騎士の動きが変わった。
"疾風" の回転斬り、その音速を超える鋼鉄の刃を受け止めた。
"疾風" の刃が見えているの?
"疾風" よりも早く動ける機械騎士がいた!
何とかなるって思った矢先、形勢がいきなり不利になった。グラスビットの蒼い機械騎士と、私の赤錆色の機械騎士とが、国道19号線の上で正面から激突した。何かの手段でいきなり性能を引きあげたグラスビット機は速くて、 "疾風" が押され始めた。
回転斬りが通じない。
太刀を盾の代わりにして攻撃を何とか防いだけど、次々と蒼いクリスタルの剣を打ち込まれて…… 太刀が砕け始めた。
#2028年12月23日 日曜日 11時24分
天候 はれ 気温11度 知多半島道路大府西インタチェンジ付近
「沙加奈、ちくしょう、待ってろ、いま行く!」
俺はバイクを走らせながら叫んだ。
ナビには、「名古屋高速道路都心環状線 高辻IC付近で事故渋滞」の表示が出ていた。こんな忙しいときに事故るんじゃない。
運転中は、道路交通法の規制がかかる。拡張現実システムの使用は、ナビゲーションシステムみたいな運転アシスト程度のものに限定される。
仮想鋼鉄もそうだ。運転中モードになっている。俺の機械騎士は出せない。視界も、オブザーバー参加者権限で見える範囲が限界だ。
沙加奈が苦戦していることは見えた。
無料配信された中継画像の中で、沙加奈は善戦している。何も知らされないまま、強制的にバトルに引きこまれたため、ロングスカートにハーフコートと、およそバトル向きではない街歩き姿をしていた。息を切らせているのが、画像越しにも見て取れる。
――玲人さん、早く来て。
俺の脳裏で沙加奈の声が聴こえた気がした。何も解らない状況で苦戦する沙加奈が、俺を呼んでいる。俺の来援を信じて、厳しい攻撃を凌いでいるのだ。
しかし、沙加奈と合流するまでは何もできない。
まだ、"疾風" からの距離が遠いために、バトルセッションに入ることができない。沙加奈が苦しんでいても、アドバイスをすることすらできない。
だが、俺の心の片隅には、「沙加奈なら大丈夫だ」という確信めいたものがあった。沙加奈の戦いぶりは、実際にバトルした俺が知っている。恐れることを知らず、ひたすらに攻めてくるあの強さを俺は知っている。
#2028年12月23日 日曜日 11時32分
天候 はれ 気温11度 名古屋市東区大官町付近
サブモニターに視線を走らせる。
小さな美少女が、モスグリーン色のロングスカートを翻して、可憐に舞っていた。天結びにした黒髪がしなやかに風に躍る。少女の舞いと、赤錆びた巨大な機械騎士の剣舞がリンクしている。俺は―― バトルの最中というのに、一瞬、その清楚な可憐さに見とれていた。
ふいに、少女が国道19号線の歩道を駆けだした。
俺が乗るトレーラーとすれ違う。
少女がスカートからカードを引っ張り出した。一瞬、カードを空へかざして見あげる動作のあと、俺に向けて放り投げた。
否、トレーラー後方に出現させている俺の乗機に向けて、カードを投げたのだ。それが乗機 "グラスビット60" のメインカメラ視界を表現するカメラドローンを経由して、コックピットのスクリーンに展開された。
俺は、噂に聞く突撃攻撃が来ると確信した。
だが、その瞬間、
それは―― 機械騎士の機体高を超えるほどに巨大な鋼鉄の太刀だった。あまりの巨大さと重量から、スクラムジェット全開の蒼い火炎を背後に撒き散らしてなお、太刀の切っ先をアスファルト路面に引きずっていた。
赤錆色の機械騎士は、それでも、力任せにアスファルトを裂きながら、巨大な太刀を振り回し、強引に回転斬りに持っていった。
鋼鉄の刃が大気を切り裂く鈍い衝撃音が迸る。
少女と、付き従う赤錆色の機械騎士の双方が、朱い円環魔方陣エフェクトに囲まれた。
サクラの花弁がブリザードのごとくに視界すべてを埋め尽くした。
花弁の洪水が衝撃音とともに切り裂かれた。
「 "
少女が叫んだ。
あまりの美しさに一瞬でも魅入られた。俺は、対応が遅れた。
少女が、続いて赤錆色の機械騎士が、花弁の洪水から飛び出した。巨大な鈍色の刃が俺に振り降ろされた。クリスタルソードで受けられたのは、半瞬だけだった。あまりに巨大な太刀に宿された莫大な慣性力が、土砂崩れのように押し被さってくるのだ。
コックピットが警告を告げる電子音と、警報表示に支配された。
「ありえないだろっ! 無課金機ごときに、こんなパワーが……」
少女が白い扇を手に右手を大きく振りかぶり、振り降ろした。長い黒髪が揺れる。
同時に少女の背後に立つ機械騎士が、鈍いモーター音を唸らせ、鈍色の太刀を振り回して、巨大な慣性モーメントともに振り降ろした。重い衝撃音が地面に響く。
破壊音がコックピットを支配した。モニター表示にブロックノイズが奔り回る。激しく機体が揺さぶられた。
俺は、必死に回避運動を取った。
あろうことか、クリスタルソードが
だが、
大気を切り裂く回転斬りの轟音が、さらに俺を狩ろうと襲いかかった。振りかぶられた巨大な刀剣が空高く円弧を描く。
フットペダルを踏みこみ、電磁ローラーを全開にバックステップした。だが、
アスファルト路面が切り裂かれた。
俺は、回転斬りから逃れようと足掻いた。
しかし、赤錆色の
瞳を閉じた少女が、ひらりと舞う。手にした閉じた白い扇がすっと円弧を描く。
少女の背後で赤錆色の機械騎士が、超音速の轟音を迸らせて、剣を振るう。
「くっ、下からだと!」
>> to be continued next sequence;
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