第16話 仮想市街戦

 #2028年12月23日 日曜日 11時02分 

 天候 はれ 気温10度 名古屋市中区錦3丁目 桜通大津交差点



「こちら、阿摩羅あまら、第1斉射を完了。那由太なゆたさん、観測をお願い……」

 中波ラジオに似せた演出ノイズを伴い、青年の声が割り込んで来ました。

「全弾、薙刀で迎撃された、コイツは半端ないぜ」

 えっ? 音速で飛んでくるミサイルを薙刀で斬ったというの!? あり得ないです。


 でも、それならっ!

 

「System Call、 兵装コンテナを真空分極からロード。対地多連装ロケット弾を24発」

 今回の接続テストバトル、仮想鋼鉄さんのシステムをグラスビットシステムから呼び出す、ちょっと複雑な仕様になっています。

 たとえば、仮想鋼鉄さんのルールって、携行できる武器には重量や体積などリアルな設定がある分、「真空分極」という不思議な抜け穴が用意されているのは、ちょっと面白いですね。

 質量を正と負に分けて存在させることで、実質存在しなくなるという不思議なポケット…… 理屈はともかく、武器の使用量は課金さえすれば、無制限なんて―― うきうきしませんか?


 不意打ちの第1斉射ではおしまいにならなかった。さすが、本社が是非にと指名しただけの方ですね。

 確か、仮想鋼鉄のプレーヤさん、沙加奈さんでしたね。

 ふふっと、笑いが込みあげてきます。

 さあ、こんがり塩鮭みたいな焼き魚にしてあげましょう。




 #2028年12月23日 日曜日 11時04分 

 天候 はれ 気温10度 名古屋市東区東桜1丁目 NHK放送センター前交差点


 とっさに、NHK放送センターの裏へ回り込んで、この受信料でできた白いビルを盾にした。 "疾風" の巨体では、このサイズのビルだと何とか身を隠せる程度。 "疾風" は真っ赤な赤錆色をしているから、こんな市街地の真ん中は目立ちすぎるの。


 私は、その間に栄バスセンターを横切って、放送センター前交差点へ。

 そのまま、交差点を渡り、東へ高岳方向へと走った。


 敵が4機もいるのに、上手に隠れているらしく、どこにいるのか解らない。

 何となくミサイルが飛んできた方向から、大津通のあたりにいる気がするけど。

 可能性として考えられることは――


 ・ "疾風" の直接索敵可能範囲の半径300メートルよりも外に敵がいること。

 ・ビル群の陰に隠れていること。

 ・連携して、 "疾風" を見張る役と、ビルの陰から間接攻撃する役に分かれていること。


 そう、攻撃している機械騎士に直接従属するドローンを使わずに、他の機械騎士のドローンを使って、 "疾風" を遠くから隠れて見張っている。だから、空を見あげても目で探せる範囲に、敵の目星になるドローンはいない。

 ドローンを探して敵を見つける手は使えそうにないの。

 よくわからないけど、公式SNSのお知らせによると、グラスビットエンタテインメントの実演チームが相手のはず。同業他社の公式チームとなれば、一筋縄ではいかないかな。


 それなら、移動して仕切り直す方が勝機があると判断したの。

 名古屋市内で、巨大なビルが立ち並んでいる場所は、この栄・久屋大通エリアと、名駅エリアしかない。もっと視界が開けた場所なら、敵のフォーメーションも見えるし、 "疾風" のスクラムジェット突撃も活かせる。こんな人ごみだらけ、ビルだらけの場所じゃ満足に走り回れない。

 

 空を見あげた。久屋大通を飛び越えて白煙の筋が降って来る。それが、見る間にどんどん増えてくるの! どうなっているの、これ?

 慌てて火矢をつがえて、飛来する爆弾みたいなものを撃ち落としたけれど…… 数が多すぎるっば!


 放送センターごと周囲が大爆発した。あくまでも仮想現実の中だけど、コンクリートがれきが空を舞い、爆炎が栄エリアに燃え広がった。アスファルトを赤黒い爆炎が這う。

 周囲で仮想鋼鉄にログインしているお客さんの歓声があがった。そりゃあ、見慣れた風景があり得ないほどに爆発効果を盛られて、紅蓮の炎に包まれているんだから、叫んでみたくなるよね。


 ――!!


 まだ、来るの!


 今度は、ミサイルみたいな何かが、真上の空からも、地面を舐めるような低空からも、どんどん、私の仮想機械騎士めがけて群がって来る。

 私、ずっと、無課金で戦ってきたから、こんなお値段の高いアイテムのことは、詳しくないの。公式サイトを見て、他のユーザーさんの戦い方を見て勉強してた際に、ちょっと関連情報を眺めたくらい。もう、何がどうなっているのよ?


 武器を太刀に持ち替えた。その場でスクラムジェットに点火。

「 "疾風" っ!」

 ごうん! と、低い振動音がアスファルトを叩いた。全力で歩道を走る私を、 "疾風" が蒼いスクラムジェットの炎を迸らせて追い抜いていく。同時に、仮想鋼鉄の音響ドローンも私を追い抜いた。




 #2028年12月23日 日曜日 11時09分 

 天候 はれ 気温10度 名古屋市東区東桜2丁目 錦通東新町交差点



 電子音の低い唸りに囲まれたコックピットに、狩衣に似せた衣装姿で俺は腰掛けていた。烏帽子の代わりにヘッドセットを乗せている。京都で僧侶ユーザーと戦う予定だったから、俺たちの衣装はこんな感じに和風仕様だった。


 仮想鋼鉄さんのルールは、地理情報システムとのリンクを大前提にしている。俺たちグラスビットはコックピットに乗り込んで戦うシステムだから…… コックピットを専用トレーラーで運搬しながら戦うことで、この辻褄を合わせた。

 公道上を大型トレーラーで走り回ることになるから、仮想鋼鉄運営プレーヤのように小回りは効かない。しかも、グラスビットのロゴ入りステッカーに、ラッピングペイントにと、PR専用車両は目立ちまくりだ。初戦は距離を取って戦うのが上策だろう。


 光学映像モニターの中で、標的の赤錆色の機械騎士が舞うように回転斬りをきめた。飛来した巡航ミサイル群を総て回避し、斬り落としていた。

 巡航ミサイルを2グループに分けて、地形追従飛行と、ホップアップ機動を混ぜた完ぺきで執拗な飽和攻撃だった。足元と頭上の両方から挟み撃ちにする阿摩羅あまらのミサイル攻撃は容赦ない。あんなに儚げで可憐なのに、勝つためには惨いことを平気でやる。

 しかし、狭いビル街の間で、苦しそうにも回転斬りを繰り返した”carnival”カーニバルは、飛来する16本もの巡航ミサイルにも耐えきった。着弾観測役の俺は、思わず感嘆を漏らしていた。


那由太なゆたさん、第4及び、5斉射を投射しました。”carnival”カーニバルは……?」

 画面に現れた巫女服姿の美少女、阿摩羅あまらの黄色い声が問う。”carnival”カーニバルと呼称される敵機、識別コード名 XR001-C4RR "疾風" には命中判定はまだない。 阿摩羅あまらが操る "グラスビット603" の地獄の飽和攻撃を立て続けに浴びているにもかかわらず、ぎりぎりのところで総てを回避し斬り落としている。恐るべき運動性能だ。

「いま、国道41号空港線を横切った。東へ向かっている。命中ゼロ、まだ、ぴんぴんしているぞ!」

「うそでしょ?」

 阿摩羅あまらが絶句した。彼女の飽和攻撃が全く通じない相手は初めてだ。

 俺はぺろりと舌なめずりした。

”carnival”カーニバルは、もう、そちらの射程外に出るはずだ。後は、俺が引き継ぐ」

 同業他社なんて目じゃないぜと思っていたが、とんでもない化け物が出てきやがった。

 全力で行くぞ。



>> to be continued next sequence;

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る