第15話 起動シークエンス
#2028年12月23日 日曜日 9時05分
天候 はれ 気温9度 名古屋市中区大須 地下鉄上前津駅
午前9時ちょうどに、上前津駅駅で藤井先輩と待ち合わせ。
藤井先輩には生徒会でお世話になっている。生徒会長を務める藤井先輩の指導の下、書記長に抜擢された私は、各種資料のワープロ清書に、コピー取り、学内イントラネットの管理に、その他、雑用色々と…… あれ? もしかして、私が先輩のお世話してる?
とにかく、先輩と一緒にいると、楽しい気持ちを分けてもらえるから。
上前津から栄に向かって食べ歩き。
名古屋市は戦後復興の際に、市街地のど真ん中に幅が100メートルもある久屋大通を、頑張って作ったの。元々は空襲で大きな被害を出してしまった経験から、火災が類焼することを防ぐ防災空き地の役目を考えていたらしいけど。それが、現在では、テレビ塔に、地下街、並走する大津通との間は華やかなデパート街になっている。
地元コミュニティ情報誌に掲載記事のあったパンケーキ屋さんへ行ったの。生クリームにチョコレートチップが散りばめられたパンケーキが三枚重ね。その各層の間にはバナナとカスタードクリームが塗り込まれていた。
「これは、過重カロリーだわ」
藤井先輩はフォークを付けた早々に悲鳴をあげていた。私は、平気だけど。
「ね、先輩、次はシフォンケーキのお店、行きませんか!?」
SNSで話題になっている洋菓子店も、この近くにあったの。ミルフィーユも、シフォンケーキも、ガトーショコラも美味しそう。私が差し出したスマホの画面を見て、うわわっ! と、藤井先輩が仰け反った。
「沙加奈ちゃん、あなた、ちっちゃいのに、どこにこんなメガカロリが入るのよ?」
小首をかしげた。私、たぶん、食べても太らない、燃費が悪い体質なんだと思う。
そんな感じで楽しく食べ歩きをしている途中だった。
カッコよくイラストでラッピングされた大型トレーラが3台も連なって、若宮大通を通り過ぎていった。あまり詳しくないけど、未来デザインでクールなロゴに見覚えがった。
「あの、先輩、いま通ったの、もしかして…… グラスビットさんのゲーム宣伝トレーラー、ですよね?」
間違いなかった。
藤井先輩は両手を胸元に合わせて、うっとりとトレーラーの車列が通り過ぎた大津通の方を眺めていた。えっと、これはオトメの胸の鼓動が高鳴っているポーズだ。
藤井先輩は、グラスビットエンタテインメントのゲーム実演チームにいる男子に、のめり込んでいるの。えっと、確か命数法みたいな名前で……
「
あ、そうそう。10の60乗。巨大数すぎてイメージできないけど、テレビ出演もしているし、ゲーム雑誌だけじゃなく、ファッション雑誌にも紹介されてた。長身でクールなタイプかな。でも、確かにイケメンだけど、ちょっと、私には守備範囲外な気もしてた。
歩道の真ん中でうっとりし過ぎている先輩は、微妙に周囲の注目を集めて始めていた。先輩もクール系美少女だから…… でも、ほっとけないし、何とかしなきゃ。
「あの、先輩、そろそろ、現実に復帰してください。あと10秒で復帰してくれないとペナルティとして、次のお店でチョコレートパフェおごってもらいますよ」
栄地下街に、密かに狙っているお店があったの。先日のエクセル作業の労働の対価も頂いてないし、クリスマスなんだし、パフェ食べ放題くらいおごってもらっても、いいよね。
「あっ! それはダメ、沙加奈ちゃん、アイスクリーム中毒患者だから、私のお小遣いが死んじゃう」
藤井先輩は、はっと息をして、脳内妄想空間からリアルに復帰した。ざんねん……
「さ、行くわよ。沙加奈ちゃん」
先輩は私を引っ張って、栄に向かって歩き出した。
それから、先輩は手首を返してちらりと時間を確認する仕草をした。いつもは腕時計なんてしないのに、珍しいと思った。
この時、私は気づかなきゃいけなかったの。
藤井先輩が、なぜ、大人しく予定どおりに栄地下へ向かってくれたのか?
相当な熱量を捧げている
◇ ◇
#2028年12月23日 日曜日 10時55分
天候 はれ 気温10度 名古屋市中区オアシス21地下広場
オアシス21の地階、オープンスペースに並ぶテラスに腰掛けて、パフェを頬張っていたときだったの。先輩がまたも腕時計を気にしていた。その直後だった。
一瞬、私の視覚野の端をシリウスリンクの遠隔操作コンソールが現れて、消えた。
そして……
あれ?
どうして、"疾風" がここにいるの? 私、あなたを呼び出した覚えは……?
私の目の前に、私の仮想機械騎士が起立していた。真っ赤に赤錆びたずんぐりむっくりな力強いフォルムが、地階を突き抜けて私を見下ろしている。何かのエラー? それとも……?
ふいに、チャイムがスカートのポケットの中で鳴った。
スマホを引っ張り出した。仮想鋼鉄運営委員会がSNSに流した通知だった。専用アプリを入れているから、重要なお知らせは通知が来るのだけど……
えっ? えっ! えっと! 私、こんなの、聞いてないよ!
「沙加奈ちゃん? どうかしたの?」
藤井先輩が小首をかしげた。"疾風" の姿は私にしか見えない。私の一次視覚野にだけ、データが送り込まれていた。
「あの、藤井先輩、それが……」
私の言葉を、続いて視界の中に飛び込んできたシリウスリンクからのメッセージが遮った。
#attention.
An Emergency pattern card was used.
へ? 誰かが私のウサギさんに、緊急呼び出し用のパターンカードを見せたらしい。
ぬいぐるみリンクには、どうしても急ぎでリンカーと連絡を取りたいときのために、緊急用の呼び出しカードがあるの。二次元バーコードみたいな感じの特殊な印刷パターンを、待機モードのぬいぐるみに見せると、そのぬいくるみのリンカーへ強制的に割り込んで通信できる。でも、これは非常用のカードだから、基本的には使わない連絡手段のはず。
ほぼ強制的に、ウサギさんに繋がった途端、目の前にフルフェイスのヘルメットをかぶった玲人さんがいた。風切り音とバイクのエンジン音がした。ウサギさんの耳までもがはためいている。私が玲人さんに送ったウサギさんが、バイクのハンドルにぐるぐる巻きにテープで固定されていた。
「きゃ、なに、これ!?」
思わずあげた悲鳴を、玲人さんは無視した。
「同業他社が攻めて来るぞ! 敵は仮想機械騎士が4機、俺ももうすぐ、そっちに行く。それまで、逃げ回って、生き延びろっ!」
……えっ?
たったそれだけ伝えると玲人さんとの通信は途切れた。ウサギさんとのリンクが途切れて、私の視界に、仮想機械騎士 "疾風" がいる風景が戻ってきた。
さらに、マルチロータの特徴的な羽音が聴こえた。
仮想鋼鉄のカメラドローンが "疾風" の周囲を飛び始めたの。続いて音響ドローンも低空を這いよって来た。
何が、始まったの!?
――あっ!
さっき、すれ違ったグラスビットの実演チームのトレーラー!
近くのどこかでイベントがあるのかな? と思ってたけど、
そうじゃなかった。
私が
インフォメーションからのお知らせが、ビル壁面に掲げられた大型スクリーンに映り出した。
あの『基本無料』のブリキロボに続いて、仮想鋼鉄とグラスビット・アミューズメントのロゴが画面に元気よく躍り出た。
『お知らせします。本日、11時より、大人気拡張現実ゲーム、仮想鋼鉄とグラスビットの公開接続テストがスタートします』
大型スクリーンに二次元バーコードが表示された。
『拡張現実世界で繰り広げられる巨大ロボットたちの熱いバトル。本日はログインするだけでご覧いただけます。さあ、あなたも量子コンピュータが描きだす仮想世界へ、リンク!』
カッコよくてノリノリなBGMが弾みだした。
大型スクリーンにカウントダウンが始まる。
「おー、見える、見える。これ、 "疾風" だっけ、沙加奈ちゃんのロボットだよね?」
藤井先輩がさっそくログインして、スマホを空中へかざしていた。愛知県美術館をバックに、赤錆色の私の仮想機械騎士が起立している。
「こ、こんなの聞いてないよ!」
悲鳴をあげた。でも、大型スクリーンに映し出された数字がもの凄い勢いでカウントダウンされている。
残り、60秒を切った。
さっきの玲人さんの言葉を思い出した。「俺が行くまで、生き残れ」と言われたんだ。
急いでシリウスリンクの管理鍵パターンカードを引っ張り出した。右目を手で隠して左目だけでパターンカードを見詰める。、"疾風" はそこにいるけど、私とは繋がっていない。だから、慌てた。
「沙加奈ちゃん、あと40秒よ」
藤井先輩は私の身体のこと、多少は知っていた。それに生徒会長だもの、状況の飲み込みは早かった。私がこうしている間に、スマホでざっと検索して、事情を理解したらしい。
シリウスリンクの管理画面が来た。
リング状に並んだ私のぬいぐるみの最後にいる機械騎士のシルエットを選んで、瞬き。
「あと、20秒!」
オアシス21に流れるBGMが、残り時間を刻むかのように弾んで、ドラムを叩き始めた。
カメラドローンが私のこと撮っていた。それが、大型スクリーンに映し出された。
やってやる!
4対1でも、こんな不意打ちでも、私、絶対、負けないっ!
仮想鋼鉄ログイン画面が視界に弾けた。
続いて、 "疾風" へリンク。
視界を"疾風" の稼働状況を表すデータが流れた。
全部、グリーン表示。玲人さん、きっちり "疾風" を整備してくれた。
私の一次運動野と、 "疾風" のシステムを繋いでゆく。
Assign Primary motor cortex > Virtual machine knight "疾風" Drive system;
Connected with Sirius-Link.............. done;
Configuration restoration in progress.............. done;
Undefined equipment found.
Going to set configration now? [ y / n ]
> N;
...... Start processing now;
「あと、10秒 9 8 7 6 ……」
カウントダウンを読みあげる藤井先輩が、にっこり笑顔になっていく。この不思議なわくわく感が仮想鋼鉄の魅力だって思う。だから、負けない。
設定を復元する処理の途中で、知らない機器が増えてるみたいなメッセージが来たけど、急ぐから、とにかく後回しにした。玲人さん、もしかして、 "疾風" に何かした?
それから、ドローンに撮影されているのなら、カッコよく決めたい。そうでしょ?
両手を空へ振りあげた。
仮想鋼鉄のドローンオペレーションAIは、わかっているの。送風ドローンが私のそばに這いより、強めの風がスカートと黒髪をはためかせた。音楽が一変する。
――おいで、"疾風" !
同時にカウント、ゼロ。
"疾風" の周囲にミサイルが立て続けに着弾した。
飛んできたミサイルを薙刀を振り回して切り払い、爆炎の中でポーズを決めた。
「藤井先輩、ごめんなさい。私、ちょっと戦ってきます!」
走り出した。藤井先輩はにんまり笑顔で送り出してくれた。
>> to be continued next sequence;
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