第14話 公開セッションへ

 #2028年12月23日 土曜日 9時00分 

 天候 くもり 気温11度 碧南市内へきなんしない 「割烹旅館かっぽうりょかん衣浦茶寮きぬうらさりょう



 次々と到着するトラック便から、畳敷きの大広間へ機材が運び込まれた。敷居や柱には養生テープでケーブル類がまとめて仮止めされる。

 畳の上に、仮想鋼鉄とグラスビット双方の通信プロトコルを表すインプリメンテーション対応表が広げられた。 


 グラスビット実演チームの大型トレーラー1号車も駐車場に止められていた。昨夜のうちに、那由太たちと別れた広報室長は会場入りしていた。

 急遽、グラスビット本社は、仮想鋼鉄との対戦相手を変更した。その指示は無茶苦茶と表現できるレベルを超えていた。システム畑出身の広報室長は、さすがに顔をしかめた。仮想鋼鉄とグラスビットでは、完全にシステムが異なることを知っていたからだ。


 地理情報システム(GIS: Geographic Information System)を基にした拡張現実空間で戦う仮想鋼鉄に対して、グラスビットシステムは完全な電脳空間をバトルフィールドにしていた。


 仮想鋼鉄において仮想機械騎士の存在位置は、地理情報システムのとおり、世界測地系座標でミリ単位まで管理されていた。ゆえに、現実の景色の中に架空の巨大ロボットを溶け込ませることができる。

 対して、グラスビットシステムは、そのリアリティ表現をコックピット体験に集中させている。バトルフィールドは完全に架空であり、宇宙コロニーでも、地下空間でも、砂漠でも、異世界でもかまわない。その位置情報は、ヘックスで管理されている。ヘックスの大きさは…… 明確な定義はない。ロボット1機分の大きさとしか定義されていないのだ。


 さらに、通信制御まわりはさらに複雑に異なる。インターネットがオープンシステムだといっても、パケットの中にはベンダーユニークな機能はうんざりなほどにある。

 今回は、仮想鋼鉄側のシステムに乗り入れする形で戦う。

 したがい、グラスビットシステムを積載したトレーラー4台から、仮想鋼鉄システムに送信するデータを、うまく変換する必要があるのだ。その変換は…… この宴会場に特設された仮設データセンターで行う。


「メッセージ変換の状況はどうだ? 作戦開始は11時ジャストで予定どおり現地実演チームは動いている…… 間に合いそうか?」

 位置情報変換にめどをつけた室長は、今度は隣のテーブルに移った。コックピット体験には、友軍機、敵軍機との間で交わされる通信メッセージも大切な演出要素だ。バトルの最中に飛び交う叫びも、リアルコックピット体験には必須要素なのだが……


 畳に座り込んでプログラムを打ち換えていた女性エンジニアが顔をあげた。

「何とかします。いま、文字列転送処理で協議してますけど……」

 室長は身を乗り出して通信エラー画面をのぞき込んだ。

「文字列? コードが違うのか? うちは、EUCでもUTF16でもXJISでも対応してるはず。キャスト演算処理するなら、うちで対応できるはずだが」

 エンジニアが首を振った。キャプ帽の後ろから短いしっぽ髪が揺れる。

「いえ、うちのグラスビットシステムはC言語系なんで終端がヌル文字で統一なんですけど、仮想鋼鉄さんはpascal系統のオブジェクト指向言語だから、あの、一部の通信に大昔のpascal文字列を使っていて、文字列の長さの管理方法が違うのです」


 室長がこめかみを押さえた。

「pascal文字列だ? レコード長を1バイト管理してた、前世紀のあれか? 変換プログラムなんて…… あるわけないな。俺がコードを書く。文字列以外の処理を進めてくれ」

「はい」

「すまない、本来なら京都データセンターを使う予定だったんだが…… 急な変更ですまない、何とか間に合わせてくれ」



 ◇  ◇


 

 昨夜の打ち上げ宴会場が、一変、データセンターのようなありさまに変わっていた。

 遅くなった朝食を取るつもりで宴会場を訪れた俺は、数秒間、目の前の光景が信じられなかった。


 夜のうちに、うっかり宴会場へ立ち入ると、死霊状態の酔っぱらいどもに捕獲されて、死ぬほど飲まされる。味噌汁のお椀にビールをなみなみ注がれて、ワカメの切れっ端が浮いたビールを無理やり飲まされるに決まっていた。

 だから、俺は昨夜は自室に割り当てられた部屋に籠城を決め込んでいた。それが、一夜明けたらこれだ。

「やけに、騒がしいと思ったら……」 


 俺は呆れて笑いかけて、やめた。

 搬入された機器が尋常じゃないからだ。量子通信光端末機とか、収容力が化け物のデータサーバーとか、およそ割烹旅館かっぽうりょかんの宴会場には場違いな通信機器が、畳敷きの広間に並んでいた。本来ならデータセンターのラックに収容されているはずの機器が、なんで、こんなところにあるんだ?


 浴衣姿に丹前を羽織った「運営さん」を捕まえた。

「いやあ、冷えますね、玲人さん」

 わざとらしい作り笑いの挨拶に嫌気がさした。真冬だが、こんな機材を持ち込んだ広間は、冷房されている。

「何を始めたんだ?」

 俺のもっともな疑問に対して、「運営さん」は少し考える仕草の後、にやりと笑った。

 そして、あり得ない事態が起きていることを、営業スマイルで伝えてきた。


「沙加奈に秘密で公開バトルセッションを吹っ掛けるだと!」

 冗談じゃない! 俺は一気にキレた。

 

 ふざけた営業スマイルの「運営さん」へにじり寄った。普段どおりネクタイを締めていたのならば、速攻で締めあげたところだ。

「沙加奈は、俺を仕留めた。試験は合格のはずだ。なんで、またも、妙なセッションを仕込んでいるんだよ!」

 俺は試合の直後、"漆黒騎士団" への推薦状を運営委員会へメールで提出していた。沙加奈は、俺の "ジャバウォック" の首を狩った。実績ならば申し分ないはずだ。

「もちろん、運営員会としては、宇佐美沙加奈さんを是非とも弊社運営チーム "漆黒騎士団" へ迎え入れたいと準備を進めています。ご本人にも合格をお伝えしております。それに、衣装デザインもできてます。アクティブ・プロジェクションマッピング対応で、これが可愛いくて……」

 俺がぎろりと睨むと、話をそらしてごまかそうとした腹グロ中年「運営さん」は、こほんと咳払いをした。

 それから、わざとらしく声を潜めた。


「グラスビットさんとの相互接続テストの案件があるのは知っているでしょう? 先方から急遽、対戦相手を宇佐美沙加奈さんに変更したいと、申し入れがありまして」

 「運営さん」は、畳敷き大広間にケーブルが引き回された相互接続準備のひっちゃかめっちゃかな様子を、振り返り見遣る仕草で、嘘くさい苦笑いをつくった。

 仮想鋼鉄は地域ごとにサーバーが半ば独立して稼働している。対戦相手を急に変えたことは、そのまま対応サーバーの変更に直結する。あの案件は京都データーセンターで準備していたはず。それを突然、ここでやろうなんて無茶をするから、このありさまだ。

 グラスビットシステムとの相互接続点を突然、尾張・西三河サーバーに変えた結果、こんな騒ぎが起きているらしいと理解した。


 はあ? 俺は眉を吊りあげてみせた。

「グラスビットとやる相手は、京都の "魔都僧兵団" のはずだ。あの念仏生臭坊主プレーヤ軍団が、同業他社を血の池地獄送りにする手筈だったろうが!」

「それが、グラスビットさんってば、岐阜各務原で高速を降りちゃったもので……」

 腹グロ中年が、わざとすぎる演技で肩をすくめて両手を開いた。

 のらりくらりと、良くもこんな嘘くさい演技を恥ずかしげもなく…… ムカつきを抑えて、腕時計を見た。もう、一時間切っている。

 諦めてため息をついた。これ以上、無駄話に付き合う時間はない。


「……どこにいる?」

「はあ?」

「ふざけるな、グラスビットの実演チームだ!」


 沙加奈の居場所ならば、ぬいぐるみリンクを使えばすぐにわかる。


 「運営さん」がケーブルの束をまたいで、グラスビットの広報室長に尋ねにいった。

 グラスビット側はまだ機器のセットアップに手間取っていた。自らコーディングを手伝い始めたグラスビット広報室長を見遣った。指示が的確らしく、こいつが大広間に来たときを境に、進捗が回復している。

 おそらく作戦実施時間に間に合わせるだろう。室長は、プログラマとしても古強者らしい。営業畑出身のうちの「運営さん」がクソ古狸ならば、グラスビット広報室長は猛虎と言ったところだ。実演チームを率いていると聞いていたが、接続設定作業を応援に来たのか。


 一瞬、広報室長が俺を見遣った。

 スタッフに囲まれて、サーバー設定に関する指示を飛ばしている最中だが、間違いなく、視線を感じた。猛獣が獲物を見詰める目線だった。


 コイツとやることになるのか!

 俺は、熱いバトルの予感に震えた。


 多忙極める相手に、無駄な営業トークをばらまいた後に、「運営さん」が戻ってきた。

「先方の実演チーム "team阿僧祇あそうぎ" は、いま、中区大津通にいるそうですよ」

 俺は、ネコの如く背筋が逆立ったのを感じた。   

 沙加奈は確か、「久屋大通でお買い物」とか言ってたはずだ。久屋大通と大津通はわずか百メートルしか離れていない。間を隔てるものは百貨店街だけだ。そんなもの、仮想鋼鉄の世界感ではカノン砲で一撃貫通できる。すでに、敵は沙加奈を射程距離内に捉えている。


「交通安全にはくれぐれも気を付けて。安全第一で面白いコンテンツを作ってくださいね」

 俺の行動を完全に見抜いた「運営さん」は、次の配信コンテンツ作りに向けて、ニコニコ笑顔になっていた。

「今回は無料配信を予定しています。仮想鋼鉄とグラスビット、双方の会員数純増を獲得すべく、頑張ってください」

「あのな…… せめて沙加奈には……」

 まだ、何か文句を言いたい俺に、「運営さん」は人差し指を唇の前に立てる仕草をした。

「大丈夫ですよ。あの子の本気、もっと見てみたいと思いませんか」

 このタヌキ野郎、俺がXR001-C4RR "疾風" を昨夜のうちに改装したことも見抜いて…… 管理者権限で、 "疾風" や俺のログデータ覗き見たんだな。


「告知、実施5分前に流します」

 背後で広報スタッフが声をあげた。

 仮想鋼鉄とグラスビット、それぞれが公式ホームページとSNSの公式アカウントに、公式戦セッションの告知を、すでに配信予約していた。

 

 俺は駆け出した。知多半島道路と名古屋高速を乗り継げば、何とか間に合うはずだ。



 【配信告知】

 ※公開指定時刻10時55分を厳守のこと※

 2028年12月23日 11時00分より、仮想鋼鉄運営員会は、グラスビット・エンターテインメント株式会社との相互接続サービスへ向けて、公開テストセッションを名古屋市内にて行います。セッション対戦チームは、グラスビット広報チーム "team阿僧祇あそうぎ" と、弊社運営チーム所属 仮想機械騎士 XR001-C4RR "疾風" です。

 

 ――その事実を、まだ、少女は知らされていない。


>> to be continued next sequence;

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