仮想鋼鉄: array of eXtended Real;
天菜真祭
第1話 狂乱のカーニバル
#2028年12月12日 17時25分 23秒. 名古屋市南区
天候 くもり 気温 2度 風向風速 北北西 5m/s
「”carnival”…… もとい、”対象”が出現した。接近し視程を確保する」
最初の報告は、2号機からだった。この機体は、良く敵に当たると噂されているが、そのジンクスが今回も発揮された格好だ。
言い直したのには理由がある。問題の不明機は、本作戦では単に”対象”と呼称されていた。
先日まで
「”対象”の型式コード判明。XR001-C4RR、初期機体の二重改装型……」
「”対象”出現地点は、環状線前浜通付近、名鉄名古屋本線の南側だ。こちらに気づいたらしい」
2号機からの交信に作戦参加、各機が耳を澄ませた。
「聞いたことのない型式コードだ。データベースにもヒットしない。装備が解らない。XR001の近接進化型なのは解るが…… 外観画像が取れるか?」
作戦指揮を執る1号機からのオーダーが飛んだ。”対象”は上空からの攻撃を避けるためか、煙幕を展開した中にいる。
「こちらは現在、国道1号線下り車線を西進中、まもなく”対象”が見えるはずだ」
2号機は、”対象”機体が出現した環状線との交差点に向けて移動中と報告した。
交信回線には2号機のモーター駆動音に混じり、操縦者の息遣いまでも聞こえてくる。
「十分に警戒せよ」
「了解している…… まもなく、接敵する」
だが、三十秒後、目標地点に到達した直後―― 2号機からの回線へ、電子警戒装置ががなり立てた警告音が混じった。
続いて、モーター駆動音が一気に高鳴る。非常出力にシフトを叩き込んだ証だ。何かが起きた。開いたままの回線に緊迫感だけが響いた。
「2号機、どうした!? 2号機!」
回線に金属質の衝撃音が混じる。回線を維持するIPパケットにまでもデータ欠損が生じた。
2号機操縦システムが悲鳴をあげていた。複数の警告音が重なり合って続く。
「こ、こちら……2号機。前浜通交差点にてエンゲージ……左腕駆動系を損傷した」
口頭報告と同時に、作戦参加の各機体へデータが転送された。
「”対象”は高速機動に特化した近接格闘型。外観画像はいま転送した。兵装は槍……いや、薙刀と思われる。シールド及びバリアなどの防御装備は確認できず……」
ノイズだらけの2号機音声回線に、再び警告音が鳴り響いた。
「随伴ドローンなし…… は、速い!?」
雑音混じりの音声は、驚愕の声色の後に、途絶した。
Disconnection Legion Unit 2.
2号機との総ての回線が途絶したことを画面が告げた。音声だけでなく、戦術データリンクに加えて、稼働機体の基礎データを共有するテレメトリーまでも喪失している。この意味するところは、ひとつしかなかった。
「まさか……?」
「2号機がやられた!?」
「
網膜投影画像には、”対象”機体が急速ターンしたこと、2号機が切断されたことが、続いて表示されていた。包囲側の各機の操縦者が絶句した。
”対象”は、いわゆる辻斬りという問題行為を行う機体だった。
真っ赤に赤錆びた容姿、そして驚くほどの加速及び運動性能を有している。すでに多くの機械騎士団から犠牲者が出ていた。しかも、いままた包囲作戦参加機を斬り倒した。
嫌な沈黙を破ったのは、指揮機である1号機だった。
「”対象”の兵装は薙刀と推測される。各機、散開せよ」
「4号機、5号機は後退し射砲支援、3号機は前衛にて障壁発生機関最大出力を維持……」
IPパケット通信はデジタルであり、雑音など本来はあり得ないが、しかし、演出として中波ラジオに酷似したノイズが乗せられていた。
その包囲側の交信が終らないうちに、”対象”と呼称された機体は全力での突撃に転じた。背中に背負ったバックパックから蒼い炎が迸る。全高19メートルを超える赤錆びた巨体が轟音と共に環状線を駆け出した。
包囲側は陣形転換をまだ終えていない。
”対象”、赤錆びた鋼鉄製の巨人は、環状線を南進、JR東海道線、新幹線に架かる跨線橋を駆け抜けた。対する包囲側の機械騎士4機は、23号線での迎撃を諦め港区方面へ後退しつつ、態勢の再構築を試みるが……
「な、何! 火矢だと……!」
”対象”は23号線の高架道路へ飛びあがると同時に、装備を
そう、赤錆びた旧式の機械騎士の容姿は、落ち武者か亡者の如くに禍々しい。その手にした薙刀が光粒子エフェクトの中に掻き消されると入れ替わりに、魔方陣に似た光粒子が展開した。夜景を背景に、アルファブレンドされた「
次の瞬間、”対象”の赤く錆び付いた機械騎士が構えていたのは、全長が30メートルを超える巨大な
「召喚カードだと? ”対象”は無課金機と聞いている! バカな……?」
その矢が月を射るかのように空へ向けられた。
包囲側は、”対象”の戦力を過小評価していた。
そして、赤錆びた機械騎士の意図に気づくのが、半瞬遅れた。
「いかん、1号機、狙われているのは貴殿だ!」
巨大な火矢が満月へと放たれた。
「なに、が……!」
先ほどより戦況を俯瞰し包囲機群に展開指示を行っていた空中管制機が、火矢に射抜かれていた。損傷により光学ステルスを失う。高張力ポリエステル膜の翼を展開した飛行型騎士の姿が、炎と共に曝け出された。
「か、管制機が…… 1号機が撃墜された! 光学ステルスを看破しただと!」
管制機を失った混乱が包囲側を停止させた。”対象”は僅かなスキを見逃さなかった。
次の火矢が放たれた。
「4号機! 今度は君が……」
”対象”は山なりの軌道で次々と火矢を放った。後方に下がり、カノン砲での遠距離砲撃による支援を行うはずだった、4号機に次々と鋼鉄製の巨大な矢が降り注いだ。
「そんな……」
4号機は内蔵したカノン砲の砲弾と共に、火花を飛び散らせて爆散した。
火矢を射尽くした赤錆びた機械騎士は、さらに機械召喚を行い、太刀へと武器を持ち替えた。
一方、後方に残った5号機は、燃え盛る僚機の残骸を踏み越えて前進、怒りをカノン砲に込めて撃ち浴びせた。
だが、”対象”は23号線の高架から飛び降りて、再びジェットスラスター併用による高速ダッシュに転じた。砲弾はアスファルト路面に穴を穿つばかりで、高速機動する”対象”をとらえることはできない。
そして、狙われているのは、障壁機関をフル稼働させる3号機だった。
大気を切り裂く衝撃波を伴う超音速の太刀筋は、しかし、3号機械騎士がフル展開する障壁力場に弾かれた。二度、三度、赤錆びた機械騎士が巨大な太刀を振り下ろす。しかし、振り下ろすたびに鋼鉄の太刀は、障壁力場に阻まれた。
「
後方に待機していた5号機が駆け寄ってくる。ようやく手筈どおりだ。
「こいつはオレが抑える。5号機は背後から、こいつの背中を狙い撃て!」
だが……包囲側にとって初めての余裕は五秒で吹き飛んだ。
赤錆びた機械騎士が飛び退った。
距離を取る。
太刀を腰に吊るした鞘へと戻した。
「なにを……する、気だ?」
包囲側、二機の機械騎士は息をのんだ。
”対象”の赤錆びた機械騎士の周囲に、またも、光粒子が舞い始めた。それは蓮華の花の如くに、赤紫色の花弁を開いていく……
「まさか、まだ、何か来るのか!?」
赤錆びた機械騎士がまたも蒼い推進炎を背負い突撃した。しかし、その軌道は――3号機の直前で円へと変わる。回転機動の最中に太刀を抜く。巨大な鋼鉄製の刃、機械騎士の腕が振り開かれると、その手にした太刀の巨大質量が重心から円周部へと移動する。回転速度がいくらか落ちたように見えるが、巨大な鋼鉄の機械騎士が突撃によって得た角運動量は太刀筋へと移る。
そして――
「疾風、蓮華車」の文字が、赤紫色の花弁に飾られて、再び夜景とアルファブレンドされた。
再び振り抜かれた鋼鉄の太刀が、3号機が全力展開する障壁力場と接触した。
轟音が鳴り響き、鋼鉄がせめぎ合う紅い火花が溶鉱炉の如くに迸る。
赤錆びた機械騎士は止まらない。リミットオーバーに叩き込まれた蒼い推進炎が、赤錆びた鋼鉄製の巨体を無理にでも加速する。巨体が疾風を伴い回転する。その暴力的なトルクが、障壁力場へ切り付ける。力同士が相食む。潰し合う。
ついに――
破局の時がきた。
3号機が全身に装備した障壁発生機関が過負荷に耐え切れず、焼損した。
障壁が途切れた瞬間、容赦なく攻め続ける赤錆びた機械騎士の太刀が、無防備に剥かれた3号機を切断した。
※Sesssion ended.
Session Recode ::No.0xB4C0FD8Ch.
Winner : XR001-C4RR "疾風"
Point : 120,455pt added.
Accounting : 0 Jp-yen.
Congratulations. It was a wonderful fight !
We are looking forward to your participation.
Virtual Real Steel Administration Committee.
ふいに視界へ、仮想現実による機械騎士戦、今回のセッションが終了したことを告げる画面が割り込んだ。
敗北を覚悟した5号機の操縦者が、投了を宣言したのだった。
ゲームサーバによる終了処理が始まると、深夜の街を焦がした熱気が急速に冷めていった。
>> to be continued next sequence;
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