第3話 それぞれの正義は
#2028年12月13日 18時00分 一宮市内、とある集合住宅1階
天候 雨 ときどき 雪 室温23度
「 あ、焼き豆腐、熱いから、ふうふうして、食べてくださいね」
久しぶりのすき焼きを取り分ける私は、家族のにこにこ笑顔に囲まれた。とんすいにウズラの卵を落として、牛肉を絡めて食べると甘くて幸せな気持ちが広がる。
割り下はお砂糖少しと丸大豆醤油とみりん。玉ねぎの自然な甘みや、白菜のゆで汁にシイタケ、素材の持っている味を優先して、お砂糖の甘味に頼らないのが好みの作り方かな。
「ねえね、お肉っ!」
弟たちふたりが競うように、とんすいを突き出した。小学生の弟ふたりは成長期だから、すくすく伸びる。高い牛肉ばっかり、ばくばく食べる。あのね、春菊も食べようね。ちゃんと別茹でして灰汁抜きしてあるから……
「
袢纏を羽織ったお父さんが咳き込みながらにいう。お父さん、風邪気味だったけど今日も休まず、お仕事に行ってた。うち、いろいろあって医療費が嵩み気味で、お父さん、お金のこと凄く大変そうなの。
私がアルバイトか何かで稼いだお金を継ぎ足して、晩御飯のおかずを一品増やしていること、お父さんはちゃんと気づいている。今日は、気合い入れてすき焼き作ったから、弟たちは喜んでくれたけど…… お父さんは気づかわしげに私を見ていた。
それに、いま、お母さんが入院してるから、おさんどんは 一番上の "お姉さん" である私のお仕事だった。でも、大丈夫。心配しないで、私、凄く強いから。
お肉に夢中な弟たちを見遣って、ふと、気づいた。
そういえば、本当は、今夜の献立は寄せ鍋のつもりだった。余った材料の使い回しも考えるから、一週間分の献立を予め考えているんだけど…… だけど、昨日、重課金ロボ軍団を狩り倒したおかげさまで、ポイントがどっさり入ったの。水曜特売もあって、「あ、すき焼きできる!」って、思ったら…… 作っちゃった。
私が重課金ロボばっかり狩るのはね、獲得ポイントが大きいからなの!
つまり、私の「疾風」がほぼ無課金なのに対して、ターゲットのみなさまはうん万円は課金している。獲得ポイントはお互いのレベル差が大きいほど増えるルールだから。
そして、手に入れたポイントは、とある懸賞サイトと提携しているネット通販サイトの電子ウォレット経由で、最終的にご近所のスーパーで使える電子マネーに交換できる。ポイント換算できるサイトを複数経由するのが、ちょっとメンドクサイけど。
でもね、ときどき仮想鋼鉄運営さんも、他の電子モールとのタイアップキャンペーンを打ったりするから、素晴らしく換算率のいいポイント交換ルートがまれに開通したりするの。ね、ポイント・ロンダリングは、はまるとやめられないよ。
対戦した重課金ロボを斬り倒して、すっきり気分爽快っ!
ポイントもざくざく……
そうしたら、お買い物ができる。いつもは手が出ない牛肉も買える。だから、すき焼きなの。家族のみんなも美味しいって言ってくれるから、これはきっと、正義なんだと思うの。
「いつも済まないねぇ、私が不甲斐ないばかりに~」
お父さんが同じフレーズを繰り返した。この年代の人がこういう風に話すときは、突っ込んでくれっていう合図だよね。
えっと……これは、何かの「お約束」だったはず。定型文の返しセリフあったよね? 何て返事すればいいんだっけ?
◇ ◇
#2028年12月13日 19時25分 多治見市内とあるマンション2階
天候 くもり 気温 1度
仮想鋼鉄SNSにあがったリザルト記事を見て、俺はコーヒーを噴いた。
「負けただと!」
記事、いわく……
◇鬼才プログラマ、
2028年12月12日 名古屋市南区~港区、環状線にてINUYAMA legion 所属5機が、話題となっていた謎の辻斬り機械騎士、通称 ”carnival” と交戦。秘策、「はにかみシールド」を繰り出すも ”carnival” 必殺回転斬りにあえなく轟沈。
なんだ、これ。まるで、俺が ”carnival” に負けたみたいに書かれているじゃねぇか。
負けたのは俺のせいじゃないだろう。敗戦の責任者であるあの3号機のオッサンへ、苦情メールを出そうとして…… 気づいた。そういえば、昨夜から仕事が立て込んでいて、スマホの充電忘れてた。
俺はスマホを充電する間、噴き出したコーヒーを片付けて、ココアを入れ直した。落ち着きを取り戻すには、ココアのほんのりな甘さが似合う。
俺が開発したはにかみシールドは、ゲームバランスを壊しかねない強力すぎる防壁アイテムだった。何せ、無課金機など下位の機械騎士が搭載できるモーターの出力を、大幅に凌駕する硬さがあるのだ。無課金や微小課金機では、絶対に突破できない絶対防壁だ。
だが、こういうアイテムは、使いどころが状況に上手くはまると燃えに燃える。
多勢対無勢な危機的状況で味方を守り、ただ一機だけがしんがりとして残る――そんな燃えるシーンだ。
隘路や狭窄地形に、こういうロボを起立させて「ここは俺に任せろ! お前たちは先に行け!」的なシチュエーションを演出するには、必須のアイテムといえるだろう。全身に敵全軍の火力を浴びまくって爆散するためには、的にされるロボットにはある種の強さが必要だ。集中クロスファイヤーを浴びまくるまでは沈まない硬さが求められる。
つまり、大爆散、大往生を遂げるためには、それに見合うだけの大量着弾を受けるまで存在し続ける必要がある。そう、これは、死に花アイテムなのだ。
しかし、強力アイテムの乱用はゲームの面白さを損なう恐れがある。
そこで、はにかみシールドには、発動中は他の行動が一切できないペナルティーを課した。的になって華々しく散るためのアイテムなのだから、動く必要はどこにもない。
そこで、ここからが俺のセンスだ。
はにかみシールドは、初めて許嫁の男性と引き合わされた少女の如く、専用タブレットのタッチパネルに『のの字』を指で描き続ける必要がある。『の』一文字あたり約8秒間、シールドを維持できる―― そういう仕様にした。
誰もが恥ずかしがって、この絶対防壁の名前を正確に言おうとしなかったのは、誤算だったが、だが、これが俺の正義だ。
仮想鋼鉄の世界観に合う燃えるアイテムや機械騎士をプログラムすること、それが俺のジャスティスなのだ。なあ、そうだろう? 数値シミュミレートされた仮想現実の世界で、量子サーバーの演算力まで注ぎ込んで遊ぶんだから、楽しくなきゃ嘘だろう。楽しさが足りないんなら、コードを書いて楽しさを増し盛りするしかないだろう。
だから、俺は仮想鋼鉄の公式レポジトリのメンテを行うこともできるパワーユーザー権限を獲得して、機械騎士たちの面倒を見る善意のプログラマをやっている。正直、手間ばっかりで金にはならない仕事だが、やりがいはある。何せ楽しく遊ぶためのお膳立てが仕事なんて、最高じゃないか。なあ、そうだろう。
充電が何とか5パーセントにあがった。ぎりぎりスマホを立ち上げることができる電気は、たまったはず。そして……
メーラーが立ちあがったとたん、俺はココアも噴いた。
そのメールに添付された写真は、 ”carnival” の正体を暴いていた。
バトルの後、南区内のカフェレストランで交歓会をやったらしい。その様子を俺宛に報告していたのだ。
「我、 ”carnival” のリアルを確保せり」
というメールに写真データが添付されていた。
チョコレートパフェをスプーンで口に運ぶ仕草も可愛らしい美少女が、写真データの中で頬を微かに染めていた。天結びにした黒髪の艶やかな清楚さ、小柄な雪肌の美少女だが、その瞳は熱いものを秘めていた。
……俺は、小学生に負けたのか!?
ココアを噴いた瞬間、そう、敗北を感じた。
(追加のメールを確認して、その小さな美少女が実は高校生だったと認識を訂正した)
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