第9話 ファーストバトル


#2028年12月20日 水曜日 14時20分

 名古屋市熱田区金山総合駅2階カフェレストラン 天候 はれ 気温10度


 

 私は久しぶりに会えた輪華ねえさまの隣に座り、いろいろなことをおしゃべりした。ぬいぐるみリンクではいつも話しているけど、こうして輪華ねえさまの笑顔の近くにいられることが嬉しいの。

 それから、玲人さんの様子をちらりちらり。玲人さんはブラウニーさんと技術的な話題で盛り上がっていた。参照カウンタとかポインタとか? 何かのスクリプト言語に関する話題みたい。専門的で私にはちょっと理解できない話題だけど…… 技術屋さん同士で意気投合したらしい。


 そんな感じで、初めの15分くらいは自由に談笑していた。

 だけど―― 急に雰囲気が変わったの。

 

 みんな好き勝手に自由に話しているのに、自然と話題が収斂しゅうれんしていく。

 こ、これ、輪華ねえさまの話術! 


 何度か見たことあるから知っていた。知ってても驚いた。輪華ねえさまが若干19歳でシリウスリンカー協会副支部長なんて、重責を担っている理由のひとつ。フリートークなのに、話題がバラバラにならないように、いろいろな人に少しづつ話しかけて、話題の流れをまとめてしまう不思議な話術を持っているの。

 大勢でワイワイガヤガヤ話していたはずが、急に話題がまとまって――気づくと、輪華ねえさまの前にいた人を、全員が見ている。その人の言葉をみんなが待っている。そうなるように、みんなにちょっとづつ話を振って、不思議な雰囲気で話題を収束させていくの。

 リンカー協会絡みの立席パーティーのお手伝いで輪華ねえさまに付き添ったこと何度もあって、その時に見たことあるけど、本当に驚かされるの。

 潮が引いてゆくみたいに会場が静かになって――


 あの不思議話術を、輪華ねえさまは私に使ったんだ。

 やっと気づけた。

 私自身も、輪華ねえさまの話術に掛かっていたから、気づけなかった。

 

 私、きっと、ハトが豆鉄砲喰らった顔になっていたはず。

 するりと輪華ねえさまが私の両肩を後ろから抱いて、正面に玲人さんがいた。


「君を、仮想鋼鉄運営チーム、"漆黒騎士団" へ招聘しょうへいしたい」

 突然の言葉に、最初、何と言われたのか、理解できなかった。

「あの、わたしを……?」

 玲人さんの涼しげな瞳が頷く。 


 玲人さんは、私がこの前にぶっ倒して、すき焼きの具材に変えた犬山機械騎士団にオブザーバー参加していたそうなの。それと「運営さん」からも何か聞いているらしい。


「君の戦いぶりをデータで見せてもらった。正直に言うと…… 間違っている」

 玲人さんが笑顔で言う。

「仮想鋼鉄は、本気でやるチャンバラごっこなんだ。本気の勝負であると同時に、興行でもある。演じるのも見るのも楽しくなければならない」

 玲人さんの言葉が刺さる。頷いた。それから、もじもじと言葉を紡いだ。犬山機械騎士団のおじさま方は笑って許してくれたけど、私、絶対、迷惑ユーザーだよね。

「私、辻斬りやってて…… その、あの……」

 玲人さんのにこにこ笑顔が、私の自信のない声を遮った。

「犬山の連中を斬ったのは問題ない。仮想鋼鉄は切り捨てご免だ。斬るのは楽しい。界隈かいわいの話題も盛り上がった」

「でもっ!」

 弟たちは美味しいって喜んでくれたけど、奪ったポイントで買ったすき焼きは、どこか気が咎めて――私は、お豆腐しか食べられなかった。玲人さんに会えば、叱ってもらえると、心の片隅で思っていた。

 なのに…… 


「そんな顔をしているんだ。だから、俺は君に会いに来た」


 えっ?


「君の戦いぶりを見て、狩られた奴らだけじゃなく、運営チームも、俺たち漆黒騎士団の連中も、他の一般ユーザーや、仮想鋼鉄のファンも盛りあがった。最強、謎だらけ無課金機。最高じゃないか!」


 え?


「しかも、その謎の機械騎士のXRリンカーの正体が美少女だった。犬山機械騎士団のオッサンどもは、喜びのあまり舞いあがって、俺にメールしてきたぞ」


 でも……っ!


「それなのに、君だけが楽しくない顔をしている。気が咎めていることは理解できる。しかし、君は悪くない。間違っていたのは―― 対戦相手が弱い奴しかいなかったことだ」

 玲人さんの瞳が、ギラリと光った気がした。


「俺と、本気でバトルしてほしい」




#2028年12月22日 金曜日 12時25分 

 天候 くもり 気温10度 碧南市衣浦へきなんしきぬうら工業地内特設フィールド


 仮想鋼鉄テクニカルエバンジェリストである玲人さんと、私―― 辻斬り無課金機 "疾風"とのバトルは、公式戦として急遽、仮想鋼鉄運営委員会のホームページに告知がアップされた。


 初心者の私がバトルに集中できるように、観客は誰もいない。だけど、ドローン12機体制。カメラドローンだけじゃなくて、音響ドローン、爆炎ドローン、低周波振動エフェクトドローン、放電・火花系エフェクトドローン…… 貧乏な私が一度も使ったことのない高価格なドローンがじゃうじゃ飛んでいる。

 ドローン手配に必要な費用、つまりポイントは全部、玲人さんと運営委員会が出してくれた。代わりに、興行収益も私は受け取らない、そういう設定になった。(だって、私の学校、アルバイト禁止なんだもの)

 

 蒼色でひらひらのエプロンドレス、そのポケットからカードを取り出した。

 この衣装も仮想鋼鉄運営委員会のスタイリストさんから貸して頂いた。さすがに学校の制服というわけにはいかず、かと言って、急に決まった話に間に合う服を私、持ってなかった。

 動きやすく、カッコよく、しかも可愛いという、玲人さんのリクエストに…… 私が大慌てで付け加えた「露出が多いのは絶対、ダメ!」を考慮した結果が、これ。


 柔らかくて、ふんわり浮きあがるスカートの中は、パニエでしっかり詰めてもらった。つまり、翻ってもレースだらけで何も見えない。

「これならカメラドローンを気にせず、回転斬りを繰り出せるはずだ」

 そう、玲人さんが残念そうに言う。

「あの、このエプロンドレス、もしかして、玲人さんのプロフィールページの……お茶会の?」

 私、玲人さんの隠れファンだったから、東京で行われる興行戦とか見に行けるお金ないので、ホームページだけを一生懸命追いかけてた。

 だから、玲人さんのプロフィールページが、不思議の国じゃなくて、デストピアなアリスのお茶会デザインなのも知っていた。

「そうだ、俺とお揃いになるように、スタイリストが急いで仕上げてくれた」

 小首をかしげた。この時、私は玲人さんの言葉の意味に気づいていなかった。

 


 左目を手で隠して、右目だけで光線干渉色で印刷された二次元バーコードを見詰めた。私の目は、シリウスリンクで病院の量子サーバーと繋がっている。

 特別な二次元バーコードを片目だけで見つめること、それが管理画面を呼び出す鍵になっている。私の場合、ちょっと変わっていて、ぬいぐるみのリスト内に仮想機械騎士が混じって登録されていた。


 ぬいぐるみを自身の身体として操るシリウスリンクシステムは、本当は、遠く離れた誰かとお話するためにあるの。心に傷を負った人に寄り添って、「あなたはひとりじゃないよ」っていうための技術なの。

 まるでネコのように、着かず離れずの距離にいて寄り添って見守る。必要な時は名前を呼んでもらう―― そういう技術なの。傷の痛みを知っているから、傷ついた人のそばにいられる。そんな理想を追いかけるための技術が、シリウスリンク。それを可愛らしく実践したのが、ぬいぐるみリンク。

 だけど、私は、その力を、戦うことに使っていた。

 戦いの中にも問いや答えはあるんだろうか?

 辻斬りではわからなかったことだけど、玲人さんとならば…… 戦いのさなかにも "対話" が存在するのかも知れない。

 シリウスリンクは、夜空の星座のように、想うことで人と人の間をつなぐ技術だから。

 想えば、きっと、見えるはず。


 カードを手に、くるりと手首を反した。きらきら光る図形が瞳に飛び込んでくる。

『Approve the key pattern.

 Open the management system.』

 一次聴覚野から脳裏へと、シリウスリンクからの自動音声が響いた。


 視線入力でスクロール。

 ウサギさんのシルエットの最後にいる仮想機械騎士を選択。

 病院の量子サーバーが、私の頭の中にある一次視覚野へ直接、管理画面を描画している。

 ううん、正確にいうなら、頭の中と病院の量子サーバーの両方にまたがって、私の一次視覚野は存在しているの。過去の大怪我で失った所は病院の量子サーバーが肩代わりしてくれる。

 通信できている限り、距離は関係ない。

 病院の先生からの受け売りだけど、量子には不確定性原理というのがあって、どこに存在しているのか? は重要ではないの。量子サーバーは…… 上手くいえないけど、そういう機械だった。


「おいで、疾風っ!」

 お腹に響く低い音響とともに、私の仮想機械騎士がこの世に出現した。

 うわわっ! カッコイイ!

 普段は、何せ無課金だから、エフェクトなんてない。ただ視界に現れるだけ。

 なのに、公式戦扱いになったとたん、火花の中から、真っ赤に赤錆びた私の機械騎士が現れた。思わず、薙刀を振り回して、火花混じりの黒煙を切り払ってポーズしちゃった。

 それに、本当に鉄さびの匂いがする風が巻き起こったの。

 エフェクトドローンって、凄い。 



 私が "疾風" を出現させるのを待って、玲人さんが歩み出た。 

「来るがいい、我が眷属けんぞくよ」

 黒ずくめの衣装を風になびかせた玲人さんが、嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべた。

 玲人さんが手にしているのは、携帯電話に似せた専用端末。私と違い玲人さんは、衣装の全身に付けたシグナルリングにある加速度センサーを使い、手足の動きをデータ化している。それ以外の操作は、この携帯端末から行う。スマホじゃなくて携帯型なのは、物理キーがあると画面を見ないでも、片手で操作できるから。


 100機を超える重課金機を擁する玲人さんは、本物のヘビーユーザーなの。

 そして、重課金機は登場の仕方も凝っていて、派手だった。

 もちろん、玲人さんファンの私は、100機を超える仮想機械騎士の出現エフェクトを覚えていた。見たら、すぐわかるって自信があった。

 子供向けイベントで使う可愛い機体は、可愛らしいウサギさんがぴょんぴょんする立体映像から始まるの。

 興行戦のときは、タキシード姿のウサギ紳士が現れる。

 本気になると、ウサギ紳士が白衣を羽織ったウサギ狂科学者に変わる。

 注視するポイントは、ウサギ狂科学者が何色の試験管を振り始めるのか、そこだった。

 より強力な仮想機械騎士になるほどに、ウサギ狂科学者が手にする試験管でぐつぐつ煮えたぎる薬液は毒々しいものに変わる。試験管の色で、何を繰り出してくるのか、出現前にわかるの。


 だけど……


 私の前に現れたのは、ウサギ狂科学者じゃなかった。

 私と同じ水色エプロンスカートの少女が現れて、にっこり。

 手にした赤いリンゴの実が地面にポトリと落ちて、それが音もなく水玉のように弾けた。

 地面に紅い血溜まりが滲んだ。

 少女の瞳が急に赤く狂気の色に染まった……


 私は―― 驚愕のあまり、慄然としていた。この立体映像で始まる仮想機械騎士の召喚シーンを断片的な情報だけど、知っていた。玲人さんの仮想機械騎士の召喚エフェクトには、たった一機だけ例外があるの。


 じゃ、XXRXX013n "ジャバウォック" っ!

 玲人さん、いきなり、怪物だしますか! 

 そして気づいた。私の衣装が、水色エプロンドレスな理由に。

 玲人さんは、私と本気で、あの狂ったお茶会を始めるつもりだと気づいた。


 大急ぎで、ぬいぐるみリンクの支援機能で情報検索した。

 えっと、えっと、えっと…… 視線入力、瞬きでクリック…… 私の一次視覚野は病院のサーバーと量子通信でいつも繋がっている。これを経由してインターネット検索も簡単だった。

 仮想鋼鉄の公式サイトに繋いで、XXRXX013n "ジャバウォック" のデータをチェックした。

 過去の対戦結果の記事とかは読んでいるけど、玲人さん、仮想機械部品のプログラマでもあるの。自分の機体は相当に弄っている。最新の情報は公式サイトのレポジトリを見なきゃ、どこをどう強化しているのか、わかったもんじゃない。情報もなしに即興で何とかできる相手じゃないの。


 2028.dec.21: 近接打撃型に改装。主兵装を半月刀へ変更。


 一昨日の夜に、私の "疾風" と対戦する対策をしたらしい。長距離砲とか指揮管制機能とか、"疾風" 相手には使わない物を全部、外して、逆に "疾風" を本気で狩る近接戦装備を追加していた。


 身震い、高揚感、それに感謝!

 いくら輪華ねえさまからのお願いだとしても、伝説の"ジャバウォック" をわざわざ私向けに改装して会いに来てくれたなんて。


 ぱんっ!

 太刀や薙刀を振り回すイメージを作るために、いつも手にしていた扇を開き、それから閉じた。胸元に閉じた扇を握った手を当てて、深く一礼した。


 私の全力の剣舞、玲人さんに届け!



>> to be continued next sequence;

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