第10話 剣舞と機械騎士と
試合開始と同時に、 "疾風" が先制した。薙刀を真っすぐに構えての高速突撃が、俺を襲った。スピードでは "疾風" の方が上だった。
ただちに腰だめに構えた高速速射砲をばらまいた。
目の前に出現させた俺の切り札、XXRXX013n "ジャバウォック" が大音響とともに巨大な機関砲を撃ち始めた。ドラム缶サイズの空薬莢が降り注ぎ地面を跳ね回る。腹に響く音響が心地よい。低周波振動ドローンが地面すれすれで飛び、振動と轟音をばらまいていた。
つ、ツぇ! マジかよ、全然、弾が当たらねぇぞ!
辻斬り"carnival" こと、 XR001-C4RR "疾風" ―― 冗談抜きに、強い。
迷いなく突き出される薙刀を、高速速射砲の砲身を盾にして受け流した。砲身が切断された。無課金機にあるまじき突撃性能だ。
しかも、つむじ風の如く通り過ぎただけじゃない。スクラムジェットスラスタの蒼い推進炎が、"疾風" をぐるりと取り囲んだ。背後を振り返り見た俺は、何が起きているのか、理解が一瞬だけ、遅れた。
な、機械騎士が空中でクイックターンを決めやがった!
推進炎が "疾風" を取り囲んだように見えたのは、スクラムジェット全開のまま、"疾風" が空中で高速回転したからだ。
うそだろ。ここはプールじゃない。これは仮想鋼鉄であって、水泳なんかじゃない。冗談じゃない。ずんぐりむっくりの無課金機が、空中回転なんて離れ業を……っ!
俺の思考は中断を強いられた。
再びの突撃が襲う。
俺は "ジャバウォック" を非常出力に叩き込んだ。
二度目の斬撃を喰らった高速速射砲が爆発した。
エフェクトドローンが蒼い火花に続き、爆発の火球までも再現する。消防法で許可が取れた限界まで火薬とプロパンガスをばらまいたそれは、演出とはいえないほどに燃えあがった。
爆発が収まった時、正面にいたはずの沙加奈の姿がなかった。走って移動したのだ。
もちろん "疾風" も姿を消していた。
特設フィールドは、衣浦工業地帯の片隅、赤錆びた工場跡地だった。同じく赤錆色をしている
"疾風" に有利な地形だ。隠れられると、面倒だ。
俺は舌なめずりした。普通のXRリンカーと機械騎士なら、いまの突撃で串刺しにされていたはずだ。それほどに素晴らしい突撃だった。
だが、この程度で俺の "ジャバウォック" は倒せない。
"ジャバウォック" はその名のとおり、変幻自在の多用途性能を誇るマルチロール機だ。いま見た "疾風" の速さに対応する姿にプログラムを書き換えるのだ。
#Re_Design array of XXRXX013n "Jabberwock" : Class of Virtual_machine_knight;
with "Jabberwock" of
begin
Release armored_system[14..32];
Release cannonballs;
Include array of motor_drive(32) ;
my := allocation_system_array(16);
Assign(my, inertia_controller_index(my));
end;
>Compilation complete;
Build up;
Error checking ........................ ;
no fatal errors;
14番から32番までの装甲を排除。用済みになった予備の機関砲弾も捨てた。
代わりに駆動モーターを追加。
それが発生させる応力を管理するため慣性制御ユニットも追加した。
そしてコンパイルし、再構築。
『致命的なエラーはありません』とシステムが回答を寄越したと同時に、網膜投影の画面に警告が割り込んだ。
Warning.
Attacked by fire arrow.
武器を半月刀へ切り換えた。そのまま大幅強化したモータードライブでダッシュし、火矢を避けた。
火矢の軌道からそれを放った "疾風" の位置が即座に算出された。廃棄された工場に林立する石油の反応塔越しに、緩い放物線で火矢を放った "疾風" の座標が判明した。添えられた時間データは、4秒前のもの。
――罠か!
あの機動性を見せた "疾風" が4秒間でどれだけのことを仕掛けているのか、計り知れない。
だが、待ち伏せているならば、突いてみるのみ。
しかし、俺の予測は…… 外れた。
赤錆びた反応塔(石油精製に使う巨大サイズの蒸留装置)の陰に回り込もうとした瞬間、頭上から靴音が響いた。見あげた。真っ白なレースを翻して階段を駆けあがる沙加奈がいた。反応塔に付いた鉄製の螺旋階段を登っていたのだ。赤錆びているが、螺旋階段の手すりには、立ち入り可能を示す白いテープが目印として所々に付けられていた。
沙加奈が階段を登った理由に、迷った。
カメラドローンが多数ある。一対一のデュエルバトルだ。高い位置から見下ろす視程を確保する必要は少ないはず……
音響、火花、送風の各種ドローンがローター音を唸らせて、沙加奈が登っている赤錆びた反応塔の周りに集まっていた。大人はドローンは見ないのがマナーだが、こうもあからさまに演出ドローンが待機しているのだから……
まさか!
気づいて、 "ジャバウォック" を振り返るのと、轟音が反応塔をぶち破ったのとが同時だった。反応塔を壊しながら出現した "疾風" が頭上から "ジャバウォック" に襲い掛かった。
仮想機械騎士はXRリンカーとの同一標高上に存在する。それが基本ルールだ。だから、沙加奈は反応塔を登ることで "疾風" の存在位置を上方へ引きあげたのだ。
"疾風" は反応塔の陰から火矢を放ったのではなく、反応塔の上から火矢を放ったのだ。
それも位置がばれないように、直接に射降ろすのではなく、空へ放物線軌道で放った。だから弾道解析システムは、 "疾風" の位置を地面と矢の軌道が交わる延長線上と誤判断していた。
沙加奈は勢いよく階段を駆け降りた。最後は結構な高さを飛び降りた。エプロンスカートがはためく。スカートが捲れても大丈夫な衣装を用意したのは、裏目だったか。
容赦ない一撃をかろうじてかわした。不定形の怪物、多腕機である"ジャバウォック" の左腕のひとつが切り落とされていた。ごっそりダメージポイントが "ジャバウォック" に入る。
無課金の"疾風" のモーター出力では一撃で "ジャバウォック" を仕留めることはできない。だが、頭上からの飛び切りならば、重量級の機体である "疾風" の質量をも刃に乗せて振り降ろされた薙刀ならば、あるいは!
高機動型へプログラム転換していなければ、狩られていた。
俺は、首筋にじっとりと汗が伝わるのを感じた。
まさか、無課金機を相手にここまで追い込まれるとは。
◇ ◇
玲人さん、強い!
思いつく限りの方法で攻めても、全部、紙一重のタイミングでかわされた。
たぶん、経験の差とセンスの違い。
一撃離脱で攻めるのは、もう限界と思った。
そんなにたくさん手があるわけじゃない。
小手先の奇策じゃあ、そろそろ見破られる。
"疾風" を突撃させるために全力でフィールドを走った。すれ違った一瞬、玲人さんは笑っていたの。この上なく楽しそうな高揚感に酔ったそんな笑顔を私に返してくれた。
だから、不利なのはわかっていたけど、間合いを詰めて、
本気で切り結ぶ戦い方に切り替えようと決心した。
だって、それしか玲人さんに勝てる望みが見えなかった。
◇ ◇
接近戦に切り換えた "疾風" に対して、急機動で背後に回り込んで仕掛けた。機体フレームが急激な姿勢変更に伴い発生した応力に、アラートの悲鳴をあげる。
そのまま、かまうことなく半月刀を振るった。
しかし、背後から "疾風" の首を狙った斬撃は、空を切った。
「何、かわされた!」
一瞬だけスクラムジェットを吹かして、ゼロ距離から放たれた半月刀の刃を避けたのだ。
この技が通じなかった相手は初めてだ。プログラム転換された "ジャバウォック" が誇るフレーム強度をも上回る運動性能は伊達ではない。この技を仕掛けられたヤツの視界からは、 "ジャバウォック" は一瞬、確実に消える。巨大ロボがミリ秒のスピードで背後に回る。バックを取られたと気づける前に、首を落として終わらせる。
俺の必殺の殺陣が…… 通じなかっただと!
こいつ、後ろが見えているのか?
"疾風" がぐるりと向き直り同時に薙刀を振り回した。
鋭い金属音とともに、俺の半月刀が "疾風" の薙刀の柄を捉えた。そのまま切り払う。
スクラムジェットの推進炎を逆噴射に吹かして "疾風" が、それを操る少女の元に戻った。
エプロンドレスのスカートのポケットから、沙加奈がカードを取り出した。
見あげた空中に、機械召喚カードが現れた。光エフェクトを伴い、魔方陣にも似た光粒子パターンの中から "疾風" の主兵装である巨大な太刀が出現する。いよいよ、最終ステージの到来だ。
沙加奈が小さく一礼した。
手にしていた白い扇を口に咥えた。
乱れていた天結びを両手で結び直す。
俺と "ジャバウォック" は静かにそれを待った。
しとしとと雨が降り始めていた。
氷水の如き冬の霧雨だが、張り詰めた心と身体にはむしろ心地よい。
天候の変化に合わせ、音響ドローンが機械騎士の躯体に弾ける雨音を再現する。特殊金属製の "ジャバウォック" は重く鈍く響き、鋼鉄製の "疾風" のその音響は鉄板に雨が弾ける音、そのままだ。
決戦前にふいに訪れた静寂の中で、少女は解けかけた黒髪を結い直していた。
周囲のカメラドローンも距離を取りながら、ゆっくりと旋回している。送風ドローンが、少女の髪とスカートをゆらりゆらりと揺らす。
仮想鋼鉄は、良い絵を撮るために努力を惜しまない。
決戦を前に、長い黒髪を結い直す少女、その決意みなぎる黒き瞳…… 俺は、やがて訪れる激戦の予感に身震いを感じた。
沙加奈は、エプロンスカートの右肩を降ろした。白いブラウスが息をしていた。
そして、再び白い扇を右手に構えた。
背後で付き従う仮想機械騎士が、その太刀を構えて少女に倣う。
限界稼働を続けた赤錆色の機械騎士の肩で、雨粒が弾けて、湯気に変わる。
少女が扇を持つ右手を振り上げて、すっと、俺に向かって振り降ろした。
鋼鉄の機械騎士がつかの間の静寂を破った。轟音とともに駆け出した。
続いて沙加奈も駆けだした。
あの回転斬りが来る!
激しくしのぎ合う最中に、俺の驚きは悦びへと昇華した。
仮想鋼鉄をやったことのあるヤツなら、いちいち説明しなくてもわかるはずだ。巨大ロボ同士が力の限りに激突するこのダイナミズム。それを、自らの意思で操るという高揚感を!
回転斬りを駆使する "疾風" の太刀と、俺の "ジャバウォック" が奔らせる半月刀が激しく打ち合う。火花が飛び散り、大気が超音速の太刀筋に震えた。
いいぞ。さあ、どこまでも着いてこい!
容赦なく半月刀を振るうスピードをあげる。俺の持つ剣技のすべてをぶつけて斬り刻む。しかし、 "疾風" の太刀が追いすがる。俺の斬撃を防ぐだけではない。巨大な赤錆の機械騎士が舞うように躍動し、ひるむことなく俺を攻めてくるのだ。
俺の脳と血潮が沸騰する。巨大な鋼鉄の刃がふたつ、音速を超えた斬撃に赤熱しながら、衝撃波を撒き散らした。 沙加奈の魂を宿した "疾風" と、俺の切り札 "ジャバウォック" が地鳴りの如くに重い爆音を迸らせる。攻守を繰り返し入れ替わりながら、連撃のラッシュを浴びせ合う。
一瞬でも、気合いが抜けたら、間違いなく狩られる。
俺は高揚感に頭のネジが飛びそうだ。この俺の全力攻撃に真正面から対抗してくる、そこまでに強いヤツがいる!
激しく切り結ぶ競り合い、だが、俺の刃を凌ぐことが難しいと判断したのだろう。スクラムジェットスラスターの蒼い炎と共に赤錆の機械騎士が跳び退った。
犬山機械騎士団との戦いから、赤錆の機械騎士が逃げたのではなく、さらなる突撃を強行するべく距離を取ることを知っていた。無課金機のモーターに不足する駆動力を補うために、スクラムジェット全開での突貫が来るのだ。
俺は舌なめずりをした。
次は、一瞬ですべてが決まる。
俺が狩られる可能性は五分だ。
化け物と恐れられ、セッションを避けられ続けてきた、俺の切り札 "ジャバウォック" が狩られる危機に晒されているのだ。赤錆の機械騎士は、誰もが対戦を避けて逃げ回る漆黒の怪物相手にも、恐れることなく、斬り倒しに来る。
俺がおとなしくプログラマをやっている理由は簡単だ。
思うがままに力を振るい、血肉への渇望を滾らせることが許される場がないからだ。
俺の真実の愛機 "ジャバウォック" を見た途端に投了するチキンしか仮想鋼鉄の戦場にはいないと思っていた。所詮は生ぬるいチャンバラ遊びをしているにすぎないと。
だから、だ。
XR001-C4RR "疾風" は、錆び付き、眠りに落ちていた俺の心を、再び肉食獣へと揺り起こしてくれた。
俺の中で、仮想鋼鉄にはまり込んだ血潮が沸騰した。俺は、完全に血に飢えた肉食獣の目で赤錆の機械騎士を見据えていた。
そう、こいつは俺だけの極上の獲物だ。
蒼いエプロンドレスと、赤錆色の機械騎士とが同時に舞った。轟音と旋風が渦を巻く。
「やあっ!」
ずっと無言で戦い続けていた沙加奈が、黄色い声を張りあげた。
閉じた白い扇を手に少女が、スカートを翻してくるりと舞う。
巨大な鋼鉄の機械騎士が駆動音を唸らせて、太刀を振るう。可憐さと凶暴さがひとつに重なり破壊の剣舞を踊る。
俺は、 "ジャバウォック" を惜しむことなく、その鋼鉄の刃の渦へ飛び込ませた。どんなに最強かつ最恐と恐れられたとしても、戦わずしてその地位はあり得ない。否、目の前でこんな極上の戦陣を見せられたら、やるしかないだろう。
俺の求め続けてきたものが、今、ここにある。
火花が迸った。
俺が薙ぎ払った特殊合金の半月刀の刃が、少女の舞が繰り出す鋼鉄の回転斬りに重なり、凌ぎ合い、蒼い電光を巻き起こしながらに喰い合う。
もう次はない。
俺は刃が砕けてもかまわないと、 "ジャバウォック" の全駆動出力を半月刀に込めた。
そして、次の瞬間、 "疾風" の太刀が灼熱し切断された。特殊合金製の半月刀の切断力が鋼鉄の太刀を凌駕したのだ。
一気に横なぎに切り払う。
赤錆びた鋼鉄の機械騎士の胸部を、俺の一閃が切り裂いた。
だが同時に、少女の刃もまた "ジャバウォック" の首を捉えていた。すれ違いざまに、折れた太刀を、それでも力任せに "ジャバウォック" の細い頚部に叩き込んだのだ。
二体の仮想機械騎士が折り重なるように、崩れた。
※Sesssion ended.
Session Recode ::No.0xB4CA0C9Ch.
Winner : The game was drawn.
運営委員会からの試合結果画面が視界へ割り込んできた。
結果は、引き分け。
獲得ポイントは、 "疾風" の胸部にダメージを与え、あくまでも設定上だがパイロットを仕留めたことになっている俺の方が、いくらか上回っていた。 "ジャバウォック" も頭部全損により、慣性制御機構を失い、自重により腰部及び両脚の駆動部を損壊。行動不能……
俺の中で、九割の満足感と、いくらかの悔しさとが混じり合い…… 急激にクールダウンしてゆく。強く振り始めた雨が火照った身体に心地よい。
俺は、ラストの回転斬りで、勢い余って飛び込んできた沙加奈を受け止めていた。
雨に濡れた天結びの黒髪が、俺の首筋に絡む。
沙加奈の華奢な肩が激しく息をしていた。
はあ、はぁ、はぁ……
小さな手と指が、俺にぎゅっとすがる。
15歳の小さな身体の中で戦う意思を秘めた心臓が、どくどくと鼓動している。
「れ、玲人……さん、わたし、こんな、に、たのしかった、の、はじめて……です」
やっと上を向いた少女の瞳が濡れていた。
全力で俺を狩ろうとした少女の胸の鼓動が、俺の体に伝わってくる。この脈動は、こいつの熱い想いそのものだ。
誰もいない廃工場跡地に、少女の息遣いだけが弾んでいた。
見詰めていた俺の視線に、沙加奈が気づいた。
一瞬、切なげに視線を逸らす…… が、きっ! と俺を見詰め返して見あげた。
まだ、負けていないつもりか。
だが、気丈さに呆れかけた瞬間、俺の両袖を握る白い手が力を込めた。
まだ、息があがっているのを必死に止めて、淡い色の唇を閉じた。
潤んだ瞳を閉じた。
頬を雫が、一筋、流れ落ちた。
さすがの俺も、この少女が何を待っているのか、解った。
普段ならば、守備範囲外のチビなんて突き放すところだが……
激しい剣舞を共にした同志であり、何よりも俺だけの獲物だ。
小さな背中を抱き寄せて、濡れた前髪の落ちかかる額に、そして息を詰めて待っている淡い唇に、俺は唇を合わせた。
そして――
カメラドローンの小煩いローター音がいくつもすり寄ってきた。
おい、なに、撮ってやがる!
誰もいないとか、嘘だ。
仮想鋼鉄のトップXRリンカー失格な失態だ。
確かに誰もいない。
だが、カメラドローンなら、うじゃうじゃいる。
今頃、「運営さん」の野郎、ホクホクしながら映像を、加工し、宣伝商材とか、出資者向け説明会資料とか…… 使い回す気満々で保存していやがるんだろう。
>> to be continued next sequence;
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