第11話 ネクスト・リンク
#2028年12月22日 金曜日 16時40分
天候 あめ 気温8度
しとしと降る小雨。
カラス窓越しに
両手の中に包んだ湯飲みの中で、温かいお茶が湯気を立てている。
ちょっと早いお風呂を頂いた後、浴衣と丹前姿に着替えて、ほっと一息ついた。
食事の時間にはまだ早いから、色々と目まぐるしかった一日を振り返りながら、お部屋でお茶を飲んでいた。
まだ、もうひとつ、私には今日、やるんだと、心に決めたことがあった。
綿入れの赤い暖かな丹前の内ポケットに、玲人さんに手渡すための小さな箱を隠していたの。片手サイズの白い箱。ちっちゃな箱の中には、もうひとりの私が出番を待っている。
◇ ◇
今晩はこちらに泊めてもらうことにしていた。
もちろん、お父さんの了解ももらっている。お父さんへは、仮想鋼鉄運営チームに入れるかどうか、碧南市の会場で試験を受けると説明してきた。
そうしたら、お父さんは「頑張れ」って、あまり細かいことは尋ねずに送り出してくれた。晩御飯の支度も代わってくれるって。だから、弟たちの面倒もお願いした。お父さんが応援してくれたおかげで、玲人さんとの試合に集中できたの。
玲人さんとの公式セッションは引き分け。
玲人さんは、その場ですぐ合格を出してくれた。後で知らされたのだけど、あの公式戦での合格基準は、15分間、撃破されずに生き残れたら「合格」だったらしい。
まあ、玲人さんの切り札、XXRXX013n "ジャバウォック" が相手なら、そうなるのかも。
その "ジャバウォック" を激戦の末に撃破したのだから、公式SNSやら関連のニュースサイトは、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
そして、大変に困ったことに、私が最後にしたあれも、ノーカットで中継されていたの。恥ずかしいよぉ……
試合の後は、タオルを抱えたスタッフさんにずぶ濡れだった髪を拭いてもらった。
壊れちゃった "疾風" は、すぐさま玲人さんが直してくれた。幸いにあまり深い傷ではなかったの。
一方、玲人さんの "ジャバウォック" は慣性制御が切れたせいで、かなりダメージが入ってしまった。とっさの判断で "ジャバウォック" の首をすれ違いざまに狙ったのは、私。まさか、 "ジャバウォック" が複雑極まりない形状の躯体を、慣性制御で維持しているとは考えてなかったの。
首を落とされたために "ジャバウォック" は、頭部の管理ユニットと、全身の関節に埋めていた慣性制御ユニットとの通信が途切れた。結果、関節部にかかる自重を維持できず崩壊したの。
「ごめんなさい」
大切な仮想機械騎士を壊してしまった。
「気にするな、久しぶりに、気持ちのいいバトルだった。ありがとう」
"ジャバウォック" が、72時間も仮想機械工廠へ留め置きになってしまっても、修理には結構な課金が必要でも、玲人さんは清々しく笑ってくれた。
それから、雨が本降りになったところで、スタッフさんや関係者、みんなでマイクロバスに乗り、この
仮想鋼鉄運営チームは、公式戦の前日から準備や打ち上げ会のために、特設バトルフィールドからほど近い
衣装をお返しして、お風呂を頂いて、浴衣丹前姿で一息ついてたら、私の前に「運営さん」が現れた。新幹線に飛び乗って、川崎から、ここ碧南へ駆けつけたらしい。
私は、
仮想鋼鉄運営チーム "漆黒騎士団" への参加が本決まりになったら、年末の興行戦に向けて、大急ぎで準備することがあった。ルールブックや各種ガイドラインのお勉強とか、バトルセッション時のマナーとか。力任せに戦っていた私に足りない知識を、詰め込み学習する必要があった。だから、今晩はお泊りで講習会のはず…… だった。
あと、念のため付け加えると、私の学校はアルバイト禁止なの。
その辺は、輪華ねえさまというか、シリウスリンカー協会が学校と協議してくれたらしいの。私が病院のサーバーに蓄積している動作記憶のデータを、他の患者さんにも転用したいから、もっとたくさん良質なデータが取れる仮想鋼鉄を積極活用したいとかで……
今日のところは、取り急ぎのメール連絡だけ。
詳しくは、後日に、改めてお話ってことになったけど。
まとめると、医療目的だから特別にお願い―― と、説明された学校側は、私がお金を受け取らないことを条件に了解してくれたらしい。(えっと、ポイント・ロンダリングは、気づかれていないらしく禁止項目に挙がっていないけど)
それなので、 "漆黒騎士団" に「加入」しても、報酬は受け取れない。代わりに、私の "保護者" である輪華ねえさまが、将来のために貯金してくれることになった。
◇ ◇
窓際で、湯気を立てるお茶を、ふっと、ひと吹き。
ふいに、恥ずかしいことをしたと、改めてあの時の情景が思い浮かんだ。
思い出してしまうと、かぁ~っと、頬が赤くなる。負けたくないっ! そんな気持ちの勢いで、私はなんて大胆かつ衝撃的なことを!!
本当は、私が玲人さんにお願いしようと用意してたのは、あれじゃなかった。
もしも、合格できたなら、
玲人さんとの戦いを通して、会話みたいな、想いが通じる何かができたなら……
私、玲人さんにぜひ、お願いしたいことがあったの。
そんな気持ちは、赤い丹前の内ポケットに隠れて、小さな箱の中で私の勇気を待っていた。
だけど、意識してしまうと、急に怖くなるの。不安というか…… あそこまでして、何を今更って気もするけど、でも、勢いがついてたのと、冷静になってからでは、やっぱり違う。
輪華ねえさまに事前に相談して、きちんと準備をしてきたのに……
どうしよう、あんなことの後だと、話が切り出しにくいよぉ。
#2028年12月22日 金曜日 17時20分
天候 あめ 室温23度暖房中
懐石料理っ!
お部屋のお茶菓子だけじゃお腹すいたから、早めに夕食会場に入った。たくさんの座布団が並べられた宴会場は、なんと、懐石料理の準備がされていたの! 何もしなくても懐石料理が出てくるなんて、どんな天国……
うっとり浮かれていたら、玲人さんがそばを通りかかった。
あっ、玲人さん……っ!
さあっ! と、声をかけようとして、思わず引いた。
湯上りの玲人さんが振り返った。
「これか? 仮想鋼鉄の新しいノベルティグッズ。『基本無料Tシャツ』 どう? カッコイイだろう?」
玲人さんがタオルで髪を掻きあげながら、背中を向けた。Tシャツの背中には、〈仮想鋼鉄 array of eXtended Reality Steel doll fight procedures.〉のクールなロゴが、無駄にどでかい『基本無料!』の文字と一緒に躍っていた。さらに、頭のてっぺんからネジが飛び出した、ブリキのロボットがにこにこ笑っている。
なに、このおポンチな仮想機械騎士は? 可愛いけど、すごく可愛いんだけど、重金属と機械油の匂いがする仮想鋼鉄の世界観とは絶対合わないよ、これ。
でも、心の声が仕切り直した。この何気ない会話の流れからなら……
うん、今だ!
幸いにもお料理が準備中の大広間には人気はまばらだった。
丹前の上から内ポケットの小箱に触れる。
この雰囲気なら話ができるぞ。
「あ、あのね、玲人さん、お願いしたいことがあって……」
切り出した途端だった。丹前のポケットでスマホが鳴った。内にも外にもポケットついてて便利でおしゃれな丹前だけど、こんな展開は余分だった。いいところだったのに~
「お父さん? へ? ぎっくり腰? 病院? 晩御飯の準備? えっ? え?」
それは、なんとも残酷で衝撃的なお知らせだった。お父さんがお仕事でぎっくり腰になって、病院へ担ぎ込まれたらしいの。で、今晩のお料理当番は、やっぱり、私に戻ってしまった。
どうしよう、
弟たちが待っているから、晩御飯の支度をしなきゃ……
困り果てて頭の回路がフリーズしていたら、玲人さんが助けてくれた。夕食後の講習会の予定をキャンセルして、「運営さん」にも他のスタッフの皆さんにも話を通してくれた。
私は、未練たらたらで、こうしている間に準備の整った宴会場を見遣っていた。もう、お刺身とか、てんぷらとか、鮮魚料理が自慢だけどお肉も美味しいとか…… とにかく美味しそうな匂いが大広間に充満しているの。
私の懐石料理が…… あまりの出来事に視界が潤んだ。でも、早く帰らなきゃ、食べ盛り伸び盛り弟たちが飢え死にしてしまう。飢えた弟たちを捨ておいて、懐石料理を食べる訳にもいかず…… でも、三河湾の新鮮なお魚でつくったてんぷらは、どうしてこんなにも美味しそうなのだろうか。
「それなら、料理をパックに詰めて帰るといい。チビたち喜ぶぞ」
玲人さんは手際よく、仲居さんに話して、私の分を保冷パックに詰めてくれた。デザートのプリンは、弟たちに行き渡るように、玲人さんの分や「運営さん」の分も入れてくれた。
#2028年12月22日 金曜日 17時50分
天候 くもり 気温7度 JR東海道線 刈谷駅
ちょうど雨も止んでたから、玲人さんバイクで刈谷駅まで送ってくれたの。
玲人さんの背中に抱き着いている間も、「さあ、頑張って話しちゃえ」って心の中で声がした。反対に頭の片隅で、「迷惑じゃないのか? 仮想鋼鉄は仕事の付き合いだぞ。しつこいと嫌われるぞ」っと、意地悪な声が不安なことをいう。
「あの、今日は本当にありがとうございました」
しとしと降る雨の中、玲人さんのバイクのエンジン音が続いていた。タンデムシートから降りてヘルメットを返して…… それから…… 私は傘の中に丸まって、もじもじしていた。
なかなか決心がつかない。頑張れって自分の中で声がするけど。
「じゃあ、また、今度な……」
玲人さんが手を振った。バイクのエンジン音が走り出した。
とたん、やっぱり、言わなきゃ……!
そう、心の中で声がはじけた。
走り出した。
いま、ここで言わなきゃ!
試合中は怖くなかった。玲人さんは強くて優しかった。
私、臆病なんて、いらない。
傘を放り出した。
「待ってっ!」
信号待ちで止まった玲人さんのバイクに、必死に走って追いついた。青信号に変わる寸前に、玲人さんが気づいて振り返ってくれた。
「沙加奈? どうした?」
雨の中、驚いた顔の玲人さんへ、白い小箱を両手で突き出した。
「お願いします。私と、繋がってください!」
#2028年12月22日 金曜日 20時20分
天候 くもり 気温6度
四台のトレイラートラックが東海北陸自動車道を連なって降りた。ランプを回り、川島ハイウェイオアシス駐車場に並ぶ。
先導したトレイラーの運転台から、スーツ姿の男が降りた。トレイラーに運転手を残して自動販売機コーナーに向かう。
それから、ふと気づいて見あげた。クリスマス直前の観覧車は冷えきった大気の中で一層、輝いて見えた。
後に続いたトレイラーからも、数名の青年と少女たちが降りて、駆け寄ってきた。
「広報室長、こんなところで休憩ですか?」
彼らの中でリーダー格の青年が代表して問いかけた。
広報室長と呼ばれた痩身の中年男性は、くすりと笑う。自販機に電子マネーのカードを押しあてた。転がり出たホット缶を青年と少女たちに投げた。
「本社からターゲット変更の指示が来た。京都行きはキャンセルだ。悪いが今晩は岐阜で一泊する」
おしるこドリンクを手に包んだ少女が、ショートカットを揺らして小首を傾げた。
「室長、あの、京都市内でお寺巡りの予定は……?」
「すまない、もっと、面白いものを用意するから……」
広報室長は、栗色の髪の少女へ、ごめんと両手を合わせてみせた。
>> to be continued next sequence;
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