第12話 もうひとつのリアル
#2028年12月22日 金曜日 20時30分
天候 くもり 気温6度
俺は、カフェオレの缶コーヒーを手に、煮え切らない気分で夜景を眺めていた。
俺たち四人は、クリスマス営業中の観覧車へ乗った。急な予定変更について、リーダーである広報室長から説明があると思った。夜の闇の中でゆらりと揺れる観覧車の中は、秘密めいた打ち合わせに向いている気もしたが……
「ね、
「明日は、いいお天気ですね、きっと」
しるこドリンクをちびちび舐めながら、
「良く知ってるな、さすがだ」
広報室長が頷いた。俺と、
「ツインアーチは、明日の天気予報に合わせてライトアップを変えているの……」
通天閣みたいなものか。
このふたり、一応、姉妹だと聞いている。
落ち着きのない方が姉の
だが、
「
そう無駄に笑う
それでも、チームでは、俺と
妹の
寺巡りに、御朱印帳集め、おしるこ、おせんべいに塩鮭、甘納豆…… 完全に
そう、清楚で儚げな美少女の本性は、ヤバい。
バトルの方は、ヤバすぎる。こいつの "グラスビット603" は、飽和攻撃をやらかす超多弾頭ミサイルを、システムが処理落ちするほどにバラまくのだ。うっかり散っていった味方機も数知れない。
「
それが、この美少女の決め台詞だった。しっかり頭に焼き付いてしまっている。
もしも、
カフェオレをすすった。
この観覧車のある川島ハイウェイオアシスは、名前のとおり木曽川が三つに分かれた、その中央部に位置している。眼下の景色は、クリスマス営業中のレストランや水族館、売店などの灯を除くと、意外にも暗く闇に沈んでいた。
「
ふうっと、俺の向かいに座っていた広報室長が息を吐いた。
「ちょっと、いいかな、
俺は、ぐっと奥歯を噛みしめた。
突然の作戦目標の変更は、先ほど名神自動車道を移動中に本社からメールで届いた。
ちょうど小牧ジャンクションを抜けて、東名高速道路から名神高速道路へと乗り換えた直後だった。トレイラーの運転手と顔を見合わせた。
ほどなくして、トレイラーのナビゲーション画面に、広報室長が乗る1号車からの指示が表示された。次の休憩場所は、名神・大津サービスエリアから、この川島ハイウェイオアシスに変更になった。
「室長、京都最恐の僧兵ユーザーチームとやる話じゃなかったんですか? こんな女の子を1対4で闇討ちなんて、さすがに納得できません!」
俺は、それでも問い質さずにはいられなかった。ライバル会社への初遠征は、仮想鋼鉄の僧兵チーム10機を相手に華々しく、過激に決めるはずだった。
仮想鋼鉄側から、京都最恐のユーザーチームとして、京都市内に活動拠点を持つ、僧侶を主要構成メンバーにするチームを紹介されていた。確かに、その戦績は、仮想鋼鉄運営チームをも凌ぐほどだ。それに、俺たちとも設定上の相性がいい。仮想鋼鉄さんは、世界観設定を重んじるサービスと聞いていたが、本当のようだ。
「
「わかりません! 俺たち、グラスビット広報チームは、何のためにあるんです!」
思わず声を荒らげてしまった。
だが、広報室長は、むしろ愉快気に笑っていた。あとになって知ったのだが、広報室長は俺の情熱を試していたのだ。
こんな女の子、ひとり…… だが、その驚異的な強さをこの時の俺は、まだ、知らなかった。
◇ ◇
リアル・コックピット体験。
前方270度を8k有機ELディスプレーでカバーする高精細な画面。フットペダルの踏みごたえ感、本革製操縦桿の手触り、そして、ファブリック素材を多用した耐Gバケットシートには、磁性流体ダンパが作り出すリアルな振動が伝わる。
本物志向を徹底追及したコックピット体験こそが、俺たちのゲームシステムであるグラスビットシステム、最大の売りだ。
コンピュータが作り出す仮想の戦場へ、コックピットに乗り込めばただちに突入できる。
最終戦争後の荒廃した地球、灼熱の砂漠、竜が舞い巨石ゴーレムが暴れ狂うファンタジー世界、無重力の星間空間、宇宙コロニー内部、大深度地下に建設されたジオイド空間…… あらゆる場所がただちに俺たちの戦場になる。
コックピット同士の通信も可能だ。市町、都道府県を超えて、チームを組むことも可能だ。敵味方の間でも承認さえすれば、通信できる。
実際、敵同士のチームに所属していたユーザー様が、熱い戦場を乗り越えて、仮想ロボットバトルを通じた遠距離恋愛を実らせた例もあるくらいだ。そう、
俺たち、いや、弊社が開発、提供するゲームシステムであるグラスビットシステムは、本物志向のコックピットを再現した大型ゲーム筐体だからこそ可能な、熱い戦場と、魂の慟哭がある。
◇ ◇
先に手を出したのは、仮想鋼鉄さんの方だ。
ショッピングモールのアミューズメント・コーナー、そこが俺たち…… いや、弊社のサービスのテリトリーだ。
特に、C層(Child 12歳まで男女小学生)、T層(Teen-age 19歳までの男女中高生)の若年層のお客様は、
だが、仮想鋼鉄さんはデバイスの仮想化を進め、ついには携帯ゲーム機でも参加可能なシステムをつくってしまった。ロボット大好きな良い子のみんなを、他社に奪われる危機に際して、俺たちグラスビット広報チームは組織された。
以来、半年間、俺たちは大型トレイラーに、グラスビットシステムの体験版を載せて、全国を巡り広報活動に努めてきた。グラスビットシステムは大型筐体ゆえに、導入のための初期費用がやや高い傾向にある。だからこそ、俺たちのような実演チームが必要とされた。
そして、同業他社との直接対決が実現したとの連絡を受けたのは、一週間前のことだった。
焼津市での本日の実演営業のあと、明後日の対決に向けて、今夜中に京都市内に入る予定だった。
――そのはずだった。
「
広報室長は、そう言うと俺に観音折にされたリーフレットを手渡した。それは、長良川河畔に建つ高級旅館のリーフレットだった。
「本社のロジスティックスチームが押さえてくれた今夜の宿泊先だ。キミの名前で予約が入っているから、
うっ、マジか…… この問題姉妹の相手を俺にしろと?
「私は、仮想鋼鉄さんとのサーバー接続テストに立ち会う必要ができた。今夜中に東京本社から、サーバー運営チームが来るから、彼らの指揮を取らねばならないんだ」
広報室長は、ぼそりと「昔取った何とかってやつだよ」と、つぶやいた。何か、嬉しそうに見えた。俺は、広報室長の前職が開発セクションのリーダー格だったことを思い出した。
「あと、
うなずいた。こちらは問題ない。俺たちのチーム名入りロゴはクールだから。
そう、俺たち、グラスビット実演チームの名前は……
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