第6話 ぬいぐるみリンク
そして輪華さんが切り出した。
「支援をお願いしたい子がいるんです。玲人さんもご存知かと思いますが……?」
後で思い返すと、俺は間抜けな答えを返した俺、自身を殴り倒したい。
「シリウスリンカーの方を俺が…… ?」
なんで、こんな何もわかっていない素人そのまんまの言葉を……!
だから、「運営さん」のシナリオに乗せられた。
「こちらの方です」
「運営さん」が写真を俺に差し出した。先日見たばかりのあの写真だ。俺は、尊敬する輪華さんの前にもかかわらずコーヒーを噴く寸前だった。
思わず吸い込んだコーヒーにむせる。
「だ、だいじょうぶですか?」
輪華さんの声が俺のハートに響く。この癒し系の声は天使と言い切ってもいい。
だが、なんでここでよりによって、辻斬り機械騎士 "carnival" のあのチビ娘が…… ?
そう、「運営さん」が絶妙のタイミングで差し出した画像データのプリントアウトは、犬山機械騎士団3号機、営業係長が、仮想鋼鉄SNSにアップした交歓会の写真だった。天結びの美少女が、頬を染めながらパフェを食べているという、実に可愛らしくも、バトルセッションとは無関係な平和すぎる絵だ。
だが、その瞬間に俺は気づいた。
まさか…… だ。
俺が開発した絶対重課金防壁、「はにかみシールド」を突破した特殊な回転斬り。あれも、そうなのか?
シリウスリンク(別名、ぬいぐるみリンク)は、大脳新皮質の一次運動野から取得した情報を、量子サーバーで処理した後に通信回線を経由して、ステッピングモータなどの駆動機械へ伝える遠隔制御技術だ。思ったとおりに、ぬいぐるみが動く夢の技術でもある。本来は義手や義足を動かすための技術だが、不完全で開発中の微妙なところが多分にある。だから、人体よりも小さく重心が低くて柔らかい、ぬいぐるみを代わりに動かしているケースが多い。
たとえば、輪華さんは文字を書くことは、自身の義手よりもぬいぐるみの方が上手くできる。これは物理的でサイズ的な問題だからだ。義手だと筆記のような細かな動作はやはり苦手だ。しかし、ぬいぐるみサイズだと、身体自体が小さくなるため、大振りしても文字が書ける。
つまり、小さなぬいぐるみの身体を借りることで、動作を拡大できる。大きな動作で小さな文字を書けるのだ。
小さなぬいぐるみを使うメリットがあるなら、巨大ロボという逆もまた真なりだ。
このチビ娘は、あろうことか、仮想機械騎士をぬいぐるみリンクで動かしていたのだ。
「彼女、宇佐美沙加奈さんは、弊社ゲームのXRリンカーであるとともに、シリウスリンカーでもあるのです」
最低でもここで何か気付くべきだった。俺の顔色をうかがいながら、タイミングを計りつつ話す「運営さん」のセリフが、タールか墨汁の如くに腹黒いことに。
だか、しかし、輪華さんの鈴のような清らかな声が、あとを続けた。「運営さん」の吐いた澱んだ空気が一掃されたどころか、天使の声には懇願するような響きが混じっていた。
「沙加奈さん、ずっとひとりだったのが、やっとお友達ができたみたいなんです」
犬山機械騎士団3号機、営業係長の撮った写真は、俺たちだけでなく、少女サイドでも共有されていた。シリウスリンカーとしてのチビ少女の指導者にあたるのが、輪華さんだったのだ。
「でも、年齢層的に近いメンバーがいらっしゃらないようなので……」
犬山機械騎士団は全員が妻帯者で社会人だ。30台から40代のメンバーで構成されている。常識的な社会人がいい歳して、こんな痛い妄想チャンバラにのめり込んでいるのだ。唯一の例外は、オブザーバー参加している俺だった。
「それで、俺と組ませたいと……?」
バカ野郎。俺はこのうっかりなセリフで地雷を踏んだ。
輪華さんがうなずいた。
「玲人さんなら年齢も近いですし、それに量子通信技術にもお詳しいと……後はお会いしてお人柄を確かめてから……と思ったのです。玲人さんなら、あの子をお願いできそうな気がします」
そういうと、輪華さんは俺に深く頭を下げた。もちろん、テーブルの上のウサギも、大きな白い耳を揺らしてそれに倣う。
俺は、正直に言って慌てた。
ようやく「運営さん」にハメられたと気づいた。
そういうネタを輪華さんに吹き込んだのは、こいつか! この執行役員でエグゼクティブな腹グロ40代か! 俺は、「運営さん」に横目で〈ハイパー地獄ビーム〉を発射した。
「いや、その……ま、待ってください」
憧れの存在である輪華さんから、こんな風に認められてお願いされたら、断る理由はない。だが、しかし…… 18歳未満は俺の守備範囲外だ。例えるなら、俺はセンターを守っているんだ。二塁前のボールは捕れない。
しかし輪華さんは待ってくれなかった。
「沙加奈さんは凄く良い子なんです。私が直接、導いてリンクを教えた子なんです。だから、お願いします」
天使の声が懇願する。俺の精神的な防壁はこの一撃で貫通された。
せめて俺は、ここで「光栄にございます」とか、決め台詞でもいうべきだった。
何もわかっていないアホづらで慌てていた。思い出してもムカつく。俺は、俺自身をグーで殴り倒したい。
輪華さんはただの19歳ではない。
傷ついた人たちの心を見詰めてきた。
俺は量子通信技術者で実装プログラマのはずなのに、まったくわかっていなかった。
輪華さんを含む僅か数名だけが使える、「気づき」を分け与えるための本物のシリウスリンクが、心を共有する技術だとされる、その本当の意味に。
後から知ったことだが…… 輪華さんは見た目は天使のように清楚で美少女だが、その人を見定める眼力は、経済人や中央政界の政治家でさえも舌を巻くレベルだった。その輪華さんにとって、自らの妹にも等しい、心を共有して導いたリンカーの少女を託したいと願われたのだから…… どうして、直立不動騎士のポーズで「光栄です」とか言えなかったんだ、俺は……!
シナリオ通りにことが運んだらしい。「運営さん」は気持ち悪いくらいに、にこにこスマイルで、タイミング的には満を持して、俺に話しかけた。
「兎守さまには、この美少女ユーザーさま、つまり、宇佐美沙加奈さまの仮想機械騎士のメンテナンス、並びにご指導をお願いします。弊社としましては、若年層のユーザーさまへの訴求力を持つ新しい宣伝戦略も将来的には視野にありまして……」
やっと本音をいった。「運営さん」としても仮想鋼鉄に子供ユーザーを増やしたいと。
だが、俺はまだ、ことの大変さを理解していなかった。
この天結び娘は、ただのロボット狩りユーザーではない。シリウスリンカーは、技術者サイドからしたら、実に面倒な存在だったことに。
「俺は、このチビ……じゃなくって、沙加奈さんに新しい仮想機械騎士を作ればいいのですね」
俺は、話が読めたとばかりに声をあげたが、輪華さんは「いいえ」と困った顔をした。「運営さん」も首を横に振っている。
「沙加奈さんはこの "疾風" とは離れたくないでしょう。きっと、私のこの子と同じと思いますから……」
輪華さんの言葉と同時に、テーブルの上でエプロンスカートのウサギさんが飛び跳ねた。良く見ると耳に桜の花を模したピンク色の耳飾りを付けている。それで思い当たった。このぬいぐるみは、 "Sakura" という名前で、常に輪華さんの傍らにいる、文字通りに彼女の手足代わりの存在だ。そういえば、専門雑誌でそんな記事を読んだ記憶がある。
「シリウスリンカーにとって、ぬいぐるみは心の一部を分け与えた、それこそ身体の延長みたいな存在ですから」
しれっと「運営さん」が補足した。
おいおい…… 待て待て…… 待ってくれ。
片手サイズの平和なぬいぐるみと、設定全高19mオーバーの戦闘ロボとでは、メンテにかかる手間がまるで違うぞ。仮想鋼鉄のロボットは、戦って、派手に散ることが仕事なんだ。壊れる前提の機械をメンテするのは、大変なんだぞ。
そう、俺は、 "疾風" という赤錆だらけでボロボロの仮想機械騎士を、半泣きしながらメンテするハメになったのだった。物を大切にっていうけどな、これ(ボロ錆び機械騎士)は、量子サーバーに格納された配列データにすぎない。ただコーディングにかかる手間が地獄レベルなだけで、ただのデータ何だ。ぜったい、課金した方が経済的で早いってば!
◇ ◇
兎にも角にも、これはビジネスだ。
たとえ相手が天使であっても、商談のために出張してきたんだ。
手回しがいいことに「運営さん」は覚書的ないわゆる基本合意書を用意していた。
輪華さんは書類に目を通してから、小さくうなずいた。ぴょんぴょんとウサギさん、 "Sakura" が万年筆を両手持ちで操りくるくると署名した。可愛らしい丸文字だ。
俺の技術者魂は、こんな場面だっていうのに、機械人形とは絶対に思えない童話の中の光景に見とれていた。輪華さんは印鑑を押して、それから天使の微笑と共に書類を手渡してくれた。
俺は、アホづらをして頷いていたよ。
いいか、契約書に署名捺印するときは―― ちゃんと条文を読むんだぞ。
>> to be continued next sequence;
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