第7話 ファーストメッセ

 

#2028年12月18日 月曜日 21時25分 一宮市内

 天候 あめ 室温23度  



 冬休みの宿題に頭を抱えていたら、ひょこっと、エプロンドレスの白ウサギが机の隅に飛び乗ってきた。ペンケースから、鉛筆を拾いあげて両手持ち。プリントに並ぶ数式にちょこちょことヒントを書いてくれた。


 もちろん、これは、輪華ねえさまとのぬいぐるみリンク。リンカー協会の副支部長なんていう凄く忙しい身の上なのに、私のこと、いつも気にかけてくれて、ときどき、こうして遊びに来てくれる。


 ややこしい分数だらけの方程式を解けたら、輪華ねえさまのウサギさんがパチパチとミトンみたいな手で拍手してくれた。


 可愛いのでにんまりしてたら…… ウサギさんは今度はノートの端っこに何やら描き始めた。


 ♡ご連絡♡

 会ってほしい方がいます。

 その方は沙加奈ちゃん憧れの仮想鋼鉄XRリンカーさんで……


 ――えっ! ええっ!?


 待ち合わせ場所と連絡先の電話番号、SNSアカウント、それに私にとって憧れの的だったトップXRリンカーの青年の名前が、輪華ねえさまの柔らかい丸文字で綴られていた。



 ◇  ◇



#2028年12月18日 月曜日 23時00分 

 天候 あめ 室温15度  


 宇佐美沙加奈というXRリンカー兼シリウスリンカーの少女に関する、仮想鋼鉄「運営さん」と輪華さんから提供された情報を閲覧した。

 契約事項の中には当然、守秘義務条項もあるから言及できないこともあるが…… 何というか、凄いなの一言に尽きる。


 この宇佐美沙加奈の操る不躾な機械騎士、辻斬り"carnival" こと、 XR001-C4RR "疾風" はかなりの迷惑ユーザーだった。ルール違反ではないが、ルールが想定していない異常な強さゆえに、迷惑行為を規制されることなく繰り返していたのだ。


 高齢ユーザー同士の交流セッションに突然、介入し、情け容赦なく切り倒したこともある。

 討伐隊を編成した重課金機の群れを、全機撃破して勝利ポイントをガッツリ巻きあげたこともある。

 知名度ではパッとしなかった犬山機械騎士団が、全滅覚悟で挑んでみたくなる訳もわかる。負けても記事になるネタが、ご近所に転がっているんだから、そりゃあ、行くだろう。


 そういう俺にも、こいつの戦う記録動画を見た途端、燃えるものを感じた。

 だから、ほとんど休眠状態だった俺の仮想鋼鉄アカウントを呼び出した。


 ID: AliceGuardian/0

 Pass: **********


 このパスワードは長期間更新されていません―― とかいう面倒な警告メッセージを読み飛ばして管理画面を呼び出した。

 チェーンソーを腰だめに構えた水色エプロンドレスの金髪美少女、トゲトゲバットを振り回す女王、ガトリング砲で武装したトランプの兵隊、タキシード姿で毒々しい試験管を振るウサギ……

 神絵師様に別注して作った俺の仮想機械騎士管理画面は、兎にも角にも血まみれだ。

 俺のカウントにうっかりアクセスしたヤツも、プロフィール画面でこの全力デストピアなイラストを見せられることになる。俺に触るんじゃないぜって、ことだ。 


 先日、名駅周辺の高層ビルのとある喫茶店で輪華さんと会った後、帰りしなに「運営さん」は俺にささやいたのだ。

「アリスガーディアン・スラッシュ・ゼロとしてのあなたの戦線復帰にも期待してますよ」

 

 これが仮想鋼鉄でのXRリンカー、つまりロボを率いて戦う際に使う俺のアカウント名だ。

 痛いか? 痛いだろう? 俺もそう思うぜ。


 だが、そのとき、画面を見詰める俺の視線は、この壁紙以上にヤバい色をしていたはずだ。

 100機を超える仮想機械騎士がストックされている管理画面のリストを最下段までスクロールした。鍵マーク付きのもっともヤバい機体が、スクロールボックスの底で、制作者であり操縦者でもある俺を待っていた。


 XXRXX013n "ジャバウォック"


 仮想鋼鉄をやり込んでいるヤツなら、噂話に名前くらいは聞いているだろう。

 年末に行われる全国選抜興行戦で、ラスボスとして現れる可能性を秘めた機体、それがこいつだ。ただし、見たものは―― けして多くはない。


 仮想鋼鉄というゲームはまだ発展途上の若いプラットフォームだ。

 微小課金で暇つぶし程度に遊ぶのならそれなりに充実しているが、エレクトロニック・スポーツとしては、まだまだ競技人口が少なく選手の層が薄い。だから、宣伝と興行収入の両方を目的に、あの腹グロ「運営さん」は時折、興行イベントを行い、ネット中継していた。

 ただし、なにぶん選手層が発展途上なので、年末に行う大規模イベントだけは、特別ルールとなっている。つまり、全国選抜チーム50機 対 仮想鋼鉄運営チーム "漆黒騎士団" 13機でスペシャル・セッションをするのだ。


 そして、俺のXXRXX013n "ジャバウォック" は、禁忌の存在として、運営チームの13番目に登録されていた。

 年末特別セッションのルールは、挑戦者側14機対、運営側7機で戦う。ただし一度にフィールドに出せる数の上限がこれであり、撃破されると自動的に予め登録された順番に補充を出すことができる。

 勝敗はどちらかが補充機を含む全機体を使い果たすか、時間切れでの判定か、どちらかが投了するか のいずれかとなる。


 実際には、時間切れでの判定で勝敗を付けるケースがほとんどだ。

 つまり、挑戦者側は運営チーム "漆黒騎士団" を5機以上撃破しないように工夫しながら、勝利を目指すことが通例となっていた。


 そう、俺とXXRXX013n "ジャバウォック" が出てくる前に時間切れでイベントが終わる。

 理由は―― この壁紙のとおりだ。察してほしい。


 だから、出番の来ない俺は放送席で解説をやらされる始末だったし、実質的には仮想機械のプログラマに転向したかのようなありさまだった。もちろん、プログラムは楽しい。だが、その一方で俺はに飢えていた。


 尊敬する輪華さんには大変に申し訳ないが、俺は、辻斬り"carnival" こと、 XR001-C4RR "疾風" の戦績データと動画を見た途端、血が騒いでしまった。

 宇佐美沙加奈というチビ美少女へ、仮想鋼鉄の世界観と紳士淑女のマナーを指導する前に、野獣状態のこいつと一戦、交えたいと思った。


 ――話がちょっと脱線した。すまない。仮想現実がらみのネタになると、仕事柄、つい熱くなってしまう。


 待ち合わせ日時と場所は、輪華さんに設定して頂いた。

 輪華さんが豊橋市在住、俺が多治見市、チビ少女が一宮市なので、真ん中をとって―― 金山総合駅が指定されていた。


 提供された沙加奈のSNSアカウントに、挨拶がてら確認のメッセージを飛ばそうとして…… 俺の手がキーボードの上で止まった。

 そそくさと、先ほどの血まみれアリスのデストピアお茶会の壁紙を、無難なヤツに書き換えた。さすがに、眼つきが完全に、kich...〈仮想鋼鉄運営さんにより削除〉ウサギさんの壁紙が丸出しの仮想鋼鉄プロフィールに誘導しかねないのは、マズいだろう。



>> to be continued next sequence;

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る