第4話 運営さん、考える


#2028年12月14日 10時25分 神奈川県川崎市内 

 仮想鋼鉄運営委員会 東京法人オフィス 天候 はれ 室温20度



 広報チームから上がってきたSNSの写真データに、思わず私は首を傾げました。

「この子ですか、例の ”carnival” のXRリンカーさまは…… あれ? この子、デバイスは?」

 確かに、報告書でも極太ゴシック体で強調されているとおり、美少女だと思います。しかし見た瞬間に違和感を感じました。そう、この少女はXRリンクに必要なデバイスをどこにも身に着けていません。


 え? 運営なのに、今頃って、情報遅いですか……?


 言い訳をいたしますと――

 私ども仮想鋼鉄運営委員会としても、重課金ユーザーさまからの「狩られた」報告は、懸念材料として重く受け止めていたところです。もちろんゲームサーバーを管理しているのですから、 ”carnival” と呼ばれるユーザーさまが誰なのか、システムを調べることはできました。しかし、それは行っていません。理由は簡単で、特異な戦績を持っているからといって何も違反行為をしていないユーザーさまに不利益となることはできません。

 恐れながら、あえて申し上げるとすれば、 ”carnival” に狩られたユーザーさまが弱かったことがそもそもの原因です。

 

 そうした事情から、仮想鋼鉄運営としては積極的な調査等は行わず、事態を注視して参りました。このほど、ユーザーさま同士の交歓会という理想的な形で ”carnival” 情報がアップされたことにより、運営としても 、初めて”carnival” について知ることになったのです。

(サーバーを日常管理してますから、カメラドローンからの画像などいろいろとことはありますが、広報的なストーリーとしては、あくまでユーザーさま主導で事態が動いていることになっています)


 とはいえ、気にならないといえば、嘘になります。

 いえ、こんなに可愛らしくパフェ食べてる写真を見てしまったら、正直、気になりますよ。



 謎とされていた機械騎士 ”carnival” を操るXRリンカーの正体が、こんな可憐な美少女だった―― という事実をオープンにできる時がきたとしたら、さすがに考えます。いままでの戦績を見ても驚くほど彼女は強いのです。我々、運営チームに所属するテクニカル・エバンジェリストをぶつけてみても勝てないかも知れません。

 ログを見てもびっくりです。反応速度があり得ないほどに早いのです。XR001-C4RRのコードを持つ機械騎士は彼女が従える「疾風」ただ一機だけです。こんな機械騎士を使える時点で驚きですが、先のINUYAMA Legion戦でも、中距離からの射砲支援を全部、避けてしまいました。人間の反応速度では無理なことをやってのけているのです。


 しかし……です。


 あ、申し遅れました。

 わたしく、仮想鋼鉄運営委員会 東京法人で執行役員を務めております。あいにく名刺を切らしておりまして、名前は仮に「運営さん」とお呼びください。


 というわけで、やっとヒロインのお名前をお呼びできるようになりました。

  ”carnival” つまり、宇佐美うさみ沙加奈さかなさんが、あの赤錆だらけの機械騎士を操縦している――これは最重要ポイントです。


 一般に知られていない設定ですが、ゲーム参入初期から使用できる無課金機のうち、彼女が愛用するXR001 "タイフーン" は、ずんぐりむっくりな見た目に似合わず高い操作性、運動性能、生存性を誇ります。初心者ユーザーさま向けに、遊びやすく、ある程度の無茶にも壊れにくい機体をご用意しているのです。


 本ゲームは基本無料です。

 無課金または微小課金でも十分にお楽しみ頂けるように、無課金機にも進化システムをご用意しております。さすがに課金機と同じとはいきませんが、工夫次第では無課金でも、課金ユーザー様と同等程度には戦える設定を施しています。


 ゆえに長期にわたり同一機体を使い続けていると、沙加奈さんの「疾風」のように赤錆だらけの容姿というペナルティーと引き換えに、重課金機をも凌駕する戦闘力を秘めた機体へと進化する可能性を秘めているのです。

 毎日、コツコツとログインボーナスを貯めるだけでも、積もり積もれば相当なポイントが手に入ります。販促キャンペーンや、サーバー緊急メンテナンスに伴うお詫び的なポイント配布も残念なことに色々とありました。

 沙加奈さんは、様々な経緯で手にしたポイントのほとんどを機械騎士の運動性能に全振りしています。結果、重課金機でもレアなスクラムジェットスラスターを装備する高機動機体へと、あの無課金ロボを進化させてしまいました。


 その結果、我々ゲームシステム設計チームも気づかなかった可能性を手に入れました。

 XR001-C4RR "疾風"という機体は、高速回転斬りという特異な技を編み出した結果、本来、到底勝てないはずの重課金機をも獲物にする最強のハンターへと進化したのです。

 XR001 "タイフーン" のパワーには上限値があり、重課金機が装備できる防御アイテムのいくつかはシステム設定的には突破不可能でした。ところが、スクラムジェットスラスターの推進力を、機体回転による角運動量変換を介して太刀に伝達する「蓮華車」という技を完成させた結果、システム設定の上限値を超えてしまったのです。


 しかし、です。


 XR001-C4RR という機体コード自体がまず異常です。

 ゲームシステムは予め経験値やポイント割り振りによる機能強化、課金やイベントボーナスによる追加兵装――これらを想定し、いくつかの進化ルートを登場機体のすべてに用意しています。

 C4とは、Cloce range type 4。つまり近接戦闘型の進化第4ルートであることを示しています。これらのコードは、シナリオ進行に伴いシステムが自動的に付番します。 

 RRとは、Revision × Revision。二重改装型という意味で、ゲームシステムが予定した最深部のシナリオに到達したことを示しています。

 まず驚きなのは、このシナリオに到達した機体が存在するという事実自体です。真っ赤に赤錆びた鋼鉄の機械騎士の異様さがお解かり頂けるでしょうか? 


 彼女が操縦しているのは、追加装甲やバリア、回復アイテムなどに幾重にも守られた課金機ではありません。獲得ポイントを運動性能に全振りしたということは、防御力は初期値、つまり最弱設定のまま、何の手当もなされていないのです。

 無課金でしかも守備は全くのノーマークなのです。本来ならば、課金機を相手に戦うことなどできる機体ではありません。日本ユーザーに解りやすい将棋に例えるなら、「居玉のままの中飛車戦法」でしょうか。最速ですが、最弱です。


 それなのに、シナリオ最深部に到達するまで機体を失わなかった! ……のです。

 あまつさえ、多数の課金機に包囲される状況を、何度も潜り抜けています。

 圧倒的に不利なはずの状況でも、無敗なのは―― 彼女がからなのです。


 天結びに近い位置に結われたポニーテールが実に可愛らしい沙加奈さんの写真を、繰り返し拝見して、彼女の戦績の謎が解けた気がしました。

 彼女は外から見える場所には、XRリンクに必要な装備をどこにも身に着けていません。

 

 繰り返しですみません。我々のXRゲーム、仮想鋼鉄の世界観では操縦者を「XRリンカー」と呼んでいます。仮想現実や拡張現実、さらにはGIS技術などを複合した画像と音響の拡張体験システムと、現実とを結ぶ者――そんな意味付けでしょうか。

 多くのユーザーはXRリンクに専用の網膜投影装置や、シグナルリングシステムを身に着けています。網膜投影とは網膜へ直接に像を結ぶ画像を投影する技術です。シグナルリングは指輪や腕輪の形状をしており、指や腕の位置を検出し、操縦に必要な信号へ変換する装置のことです。

 XRリンカーがカッコよくポーズを決めるのは、実はこの動作をシグナルリングで読みだして、操縦に必要なデータを生成しているからなのです。もちろん、カッコいいからというのは、十分に重要な動機付けですけどね。


 実は、「リンカー」と呼ばれる人々は、我々のゲームシステムのサービスとは無関係な場所に他にもいらっしゃいます。

 正確には彼らの存在からインスピレーションを受けて、我々は仮想鋼鉄の世界観を構築したといってもいいでしょう。我々の敬愛すべき先輩にあたる人々、沙加奈さんはもうひとつのリンカー技術をその身に持っているのではないか? そう考えるに至りました。


 ◇  ◇


 社内グループウエアのスケジューラーをパソコンへ呼び出しました。私自身と広報担当者、社外の委託協力者など数名の日程を押さえます。


 それから、秘書室への内線電話を掛けます。

「大至急、アポ取りをお願いしたい方があります。先様の電話番号は……」



>> to be continued next sequence;

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