死闘! バレンタイン・デスマッチ!

◇2018/2/14(水) 晴れ◇




 少しそわそわとしながらも、僕は部室へ向かっていた。今日は特別な日。多少落ち着きを失っていても許してほしい。

 部室棟の一番奥の扉を開けると、慣れ親しんだ部屋の匂いがした。


「おっ、暖隆あたたか君。やっほー」


 今日もこたつ部では陽奈ひな先輩がひらひら手を振り迎えてくれる。

 それに加えて――――


「おう暖隆。邪魔してるぜ」

「やっほー……」


 先代部長・愛弥火あやか先輩と、新入部員・ころなちゃんもこたつにINしていた。


「愛弥火先輩、なんでいるんですか」

「いーだろ別に。陽奈から甘いものを徴収しようと思ってな。けど、あたしの分はないって言うんだぜ、こいつ」

「だって愛弥ちゃん先輩が来るとは思わなかったんだもん……それに愛弥ちゃん先輩のくれた友チョコ、しょぼいし……」

「あ? しょぼいだぁ? ブラックサンダー作ってる会社に謝れ!」

「わひゃひゃひゃ、くすぐりやめて、ごめんなさいごめんなひゃ、うひゃひゃひゃ」


 傍目からは少し脇をさわさわと触られた程度に見えたが、陽奈先輩は笑いまくってダウンした。くすぐりに弱すぎでは?

 そして愛弥火先輩は僕に向き直り、カバンからブラックサンダーを取り出す。


「ほらよ、暖隆。あたしからのバレンタインチョコだ」


 今日はバレンタインデー。この日には別に良い思い出があるわけじゃなかったけれど、こたつ部に入ってからは別だ。親しい人からもらえるチョコは、たとえ義理でもありがたい。


「ありがとうございます」

「来る途中のコンビニで三つ買ったんだよ。陽奈とおまえとあたしで食べるつもりで。けど、新入部員がいるとはな……おかげであたしの食う分がなくなっちまった」


 ころなちゃんの方を見ると、にこにこしながらブラックサンダーをもぐもぐしていた。おいしそうに食べるな……。


「ふれあ先輩の妹なんだよな。元気か? お姉さんは」

「はい……」

「そっか。なら、あたしも嬉しい」


 今日会ったばかりのふたりは、もうそれなりには打ち解けているようだった。まあ、ころなちゃんについても愛弥火先輩についても、人とぎくしゃくするところを想像できないし。


「そういや、ころな。おまえからチョコはないのかよ?」


 愛弥火先輩が訊ねると、ころなちゃんは「!」という顔をして、紙袋を取り出した。

 僕に中身を差し出し、にこりと笑う。

 ビニールで包装されているのは、何個ものチョコクッキーだった。


「くれるんだ? ありがとう」

「お姉ちゃんと、作った……」

「手作りか。ありがとう、大事に食べるよ」

「今、食べて……」

「今? じゃあ、失礼して……。……うん、おいしい。すごくおいしい」


 ころなちゃんは、ぱあっと笑顔になった後、なぜかしくしくと泣き出した。


「なぜ泣く!」「どうしたころな!」


「私……お菓子作り、へたっぴで……お姉ちゃんと一緒にがんばって作って……」


 手のひらのあたりで、ぐしぐしと涙を拭くころなちゃん。なるほど……頑張ったんだな……。健気だ……。


「おいしかったよ。下手だったことなんて信じられないくらいに」

「ん。うまい。本来は辛党のあたしに旨いと言わせたんだから、自信持て」

「うう……ひぐ……」


 僕は「ほら、ころなちゃん」とティッシュ箱を差し出す。ころなちゃんが泣きながら、ちーんと鼻をかんでいる頃、くすぐりによってダウンしていた陽奈先輩が復活した。

 素っ頓狂な声を上げる。


「暖隆君!」

「はい?」

「今ころなちゃんのこと、日下部さんじゃなくころなちゃんって呼んだ!?」


 僕は面倒事が降りかかってくることを直感した。


「あ、早く帰らないと遊戯王VRAINSが始まっちゃうんで僕はこれで」


 その時!

 陽奈先輩の足が僕の足を挟み込み、こたつから出るのを阻止!

 更に陽奈先輩は掘りごたつの下に潜り込む!

 僕の脚をガッチリ抱えて絶対に離れられないようにした次の瞬間!

 こたつの下から僕の方へ出てきた陽奈先輩は糾すように僕を睨んだ!


「本当に、暖隆君ところなちゃんは、付き合って、ないんだね!?」

「付き合ってませんって! ころなちゃんも否定してたでしょ!」

「またころなちゃんって呼んだ! じゃあボクのことも陽奈ちゃんって呼んでよ!」

「陽奈先輩は先輩ですし! っていうか顔が近いですこの体勢!」

「顔が近いからなんだっ! 陽奈ちゃんって呼んでみろっ! おらぁっ!」

「くっ、わかりましたよ! 呼べばいいんでしょ! 陽奈ちゃん! はい呼びましたよ陽奈ちゃん! 満足ですか陽奈ちゃん!」

「……っ! じゃ、じゃあボクも暖隆君のこと、あーくんって呼ぶもんねー! あーくん! あーくんあーくんあーくんあーくん!」

「陽奈ちゃん陽奈ちゃん陽奈ちゃん陽奈ちゃん!」

「あーくんあーくんあーくんあーくん!」

「陽奈ちゃん陽奈ちゃん陽奈ちゃん!」

「あーくんあーくんあーくん!」

 ~中略~

「はぁ、はぁ、はぁ……ひ、陽奈ちゃんっ……!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……あー、くん……!」


 僕らはそろそろ限界だった。何が限界なのかはわからない。この争いにも意味はない。しかし最後の力を振り絞って、僕は「陽奈、ちゃん!」と叫んだ。


 陽奈先輩は顔を真っ赤にして目を明後日の方向へ逸らし、弱々しく呟く。


「な、なれなれしいぞ……おらぁっ…………」


_人人人人 人人人人_

> 👑WINNER👑 <

>   古沢暖隆   <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


 僕らはこたつに入ったまま折り重なって倒れていたが、陽奈先輩は、そそくさとこたつの下に戻り、反対側から出ていく。

 それから陽奈先輩はカバンからおそらく手作りであろうバレンタインチョコを出すと、無言のまま、机の上を滑らせて僕に届けた。


 こたつに入ったまま不貞寝する陽奈先輩。

 気まずくて窓の外ばかりを見ている僕。


 そこへ、終始ニヤニヤしながらこちらを見ていた愛弥火先輩が言った。


「なんでおまえら、付き合わねーの?」


 陽奈先輩のガトーショコラは、見事なハート形をしていて、なんともいえない気持ちになる。

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