卍解――――『温温炬燵舟漕午睡』

◇2018/1/12(金) 晴れ◇




 こたつ部の部室の扉を開けると、陽奈ひな先輩が長い定規を構えてカッコイイポーズをしながら「卍解ばんかい……ッ」と呟いていた。

 僕は先輩をじっと見る。

 先輩は僕に気づき、優雅な所作でこたつに入った。


「やぁ暖隆あたたか君。今日は良い天気だね」

「カッコイイですよね、卍解」


 ぼっ、と顔を赤らめて先輩は「やっぱり見てたのかい!? 違うんだ、きみだって少年マンガを読んだら必殺技を真似したくなるだろう!?」とあたふたした。


 卍解といえば、BLEACHという少年マンガにおけるパワーアップ技みたいな感じのやつだ。BLEACHは僕も新刊が出るたびに買っていた。好きだったなあと思い返しながらこたつに入る。


「最近読んだんですか? BLEACH」

「う、うん。尸魂界ソウルソサエティ編の終わりまで読んだんだけど、いっぱい物凄い必殺技を出して大盤振る舞いしつつも、まだまだ先があるという期待が膨らむように作られてて、さすがジャンプの元看板だなーと思ったよ」

「物凄い必殺技っていうのはこれですか?」


 僕は先輩の口調とポーズを真似て「卍解……ッ」と言った。先輩は真っ赤になりながら「BLEACHを読んで卍解したくなったことのない者だけがボクに石を投げなさい!」と喚く。


「それにしても先輩、けっこう影響受けやすいですよね。じきにコスプレとかしちゃうんじゃないですか?」

「さすがにそこまではしないよ……。でもコスをやるとしたら夜一よるいちさんがいいな~。ボクあの人が一番好き。おっぱいもおっきいし、憧れるな~」

「先輩が夜一コスするなら胸にバレーボールをふたつ仕込む必要がありますよねあ痛っ! 痛い痛いすね蹴らないで痛い痛いです痛い」

「暖隆君はそうだね、第一話で一護いちごにやられて以降登場しなかったモブチンピラのコスがお似合いだよ」

「心も痛い」

「あるいは藍染あいぜんが『私が天に立つ』する時に捨てたメガネのコスがお似合いだよ」

「メガネそのもののコスってどうやるんですか。今日はずいぶん攻撃してきますね。なにか嫌なことでもあったんですか?」


 僕は先輩の口調とポーズを真似て「卍解……ッ」と言った。先輩は「それ!! 嫌なことそれ!!」と叫んでみかんを投げながら蹴ってくる。あまり強い蹴りを使うなよ……脛は弱いぞ。


「さっきも言ったけど」

 先輩がむすっとしながらこちらを睨む。「きみだってBLEACHを読んだら卍解くらい真似したくなるだろう? 自分オリジナルの斬魄刀を考えたりさ」


「まあ……そうですね。なくはないですけど」

「ほら! どんなの考えたの? 陽奈先輩に教えてみ?」

「先輩はどんな卍解考えたんですか?」

「それは言えないかな……」

「じゃあ僕も言いません……」

「ずるい! 暖隆君はボクの恥ずかしいところを見たのに、暖隆君は自分の恥ずかしいところを隠すなんてずるい!」

「その言い方やめません?」

「え?」

「なんでもないです。わかりました。言いますよ、言えばいいんでしょ」


 僕は中学生の頃に考えたオリキャラの卍解名「■■■■■■」を口にした。

 求められたので紙に文字を起こす。

 それを見せると、先輩は我慢できなくなったように噴き出した。


「あははははははっ!! ■■■■■■だって!! ■■■■■■は無いでしょ!! あはははっ、はははっ、げほっ、げっほ! あはははは!!」

「だから嫌だったんですよ……やめときゃよかった……」

「これ絶対日誌に書きなよ? こたつ部に代々語り継いでいこう、■■■■■■を!!」

「書きませんから……。書かれたとしても黒く塗りつぶすんで。揉み消すんで」

「■■■■■■~っ! ■■■■■■~っ!」


 鬼の首を取ったようにはしゃぐ先輩。僕の口調を真似て神妙な顔で「卍解……『■■■■■■』」と呟いてから、また笑っている。もう帰りたい。[検閲済]

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