冬北高校七十七不思議・NO.68【ヤルセネーナちゃん】

◇2018/1/19(金) 曇り◇




「こんちはー」


 挨拶しながらこたつ部の部室に入ると、陽奈ひな先輩がこたつでぬくぬくしながら何かの冊子を読んでいた。


「やあ暖隆あたたか君」

「それ、あれですか? 冬高七十七不思議大全」


 先輩は口角を上げる。

「うん。七十七不思議研究をしている部活、『冬高秘密探偵団』が編纂へんさんした不思議ぼんさ」


 表紙に冬高七十七不思議大全改訂版と書かれた分厚い冊子は、割と装丁には凝っている感じだった。なんでも、ほとんど流通させていないから紙や加工にお金がかけられるのだとか。

 冬高秘密探偵団という部活自体も、七十七不思議に登録されているれっきとした謎の部なわけで……そこの部員とも会ってみたい気はする。会ってみたくない気もする。


「ていうかなんで先輩がそのレアな本持ってるんですか」

「秘密探偵団に知り合いがいるんだ」

「トイレの花子さんといい、先輩の人間関係が割と謎……」


 なんとなく苦笑いしていると、部室の扉がノックされた。

 誰だろう? 先輩の方を見ても、ボクの客じゃないよ、という意味で首を横に振っている。


 先輩が「はい、どうぞ」と声をかけると、扉が開いて人影が入ってきた。


 人影というか……人なんだけど……なんだこれ……?


 遊園地で風船を配ったりするような、着ぐるみのキャラクター……でいいんだろうかコレは。なんで着ぐるみ着てんの? 校則大丈夫か? にしても、デザインがなにを模しているのかよくわからない。なんとなく、ピカソのエキセントリックな絵画を思い出す外見だ。


 僕と先輩は黙ったまま、着ぐるみを見ている。着ぐるみも、所在なさげに突っ立っている。


「あっ!」


 先輩が声を上げて、七十七不思議大全をぺらぺらとめくり始めた。それからすぐに目当てのページに行き着いたのか、手を止めて目を走らせる。

 そこにある文章を読み上げた。


「冬北高校七十七不思議・NO.68【ヤルセネーナちゃん】。2015年度の文化祭において、文化祭のマスコットキャラクターとして生まれた。〝やるせなさ〟という概念を具象化した存在という設定。文化祭を訪れて道に迷ったり何か困っている人の前に現れては、特に助けることもなく『やるせねえな……』と呟いて去っていく」

「なんですかそれ」

「2016年と2017年の文化祭においては登場を確認できず、結局あのキャラは何だったんだと極少数の人々の間で話題となった後忘れ去られた」

「悲しすぎる」

「なるほどね。ようこそこたつ部へ。七十七不思議に数えられるキャラクターが来てくれるとは。歓迎するよ」


 あ、歓迎するんだ……。

 ヤルセネーナちゃんさんが「あ、じゃあ、失礼するさ……」と着ぐるみのまま器用にこたつに入る。暑くないのか……?


「ヤルセネーナちゃん、久しぶりに見たなあ。みかん食べるかい? あ、食べれるのかな? その着ぐるみで……」


 ヤルセネーナちゃんさんは被り物で重たそうな首を横に振る。

 そしてくぐもった声で言った。


「着ぐるみじゃあ、ねえさ……。中の人などいない……。オイラの中にいるのは、そう……文化祭を盛り上げるための信念と、一握りのやるせなさ、なのさ……」


 どうやらそういう設定を今でも守っているらしかった。確かにこれはやるせない。文化祭は終わったんだ。終わったんだよ、ヤルセネーナちゃん。


「えっと……じゃあ、みかん食べれるってことかな?」

「いや……。今は、腹は減ってねえんだ……。それにオイラは今、ダイエット中でね。アンタらも、食べすぎには注意しねえと、やるせなくなるぜ……?」

「そっか……。それでヤルセネーナちゃん、今日は何をしにこたつ部へ?」

「ああ……。それなんだが……オイラの悩みを聞いてほしいのさ……」


 悩みを相談しにここへ来る人は割といる。

 こたつ部の先代部長がいろんな人の悩みを解決して回るような凄い人だったので、その名残だ。


「そっかー。お悩みの相談者かー。ボク、先代と違って腕っぷしも強くないし頭も良くないけど、聞くだけ聞いてみるよ」

「僕も能力ないんで、期待しないでください」

「フ……。構わないさ……」


 ヤルセネーナちゃんさんは、ミトンのような着ぐるみの手をだらりと下げ、中空を見ながら話し出した。


「オイラは、シャイなんだ」


 …………。


 その格好で学校を歩いておいてそれを言うか。


「えぇ? むしろ目立ちたがりのようにも見えるけど」

「そうかも、しれねえな……。だがオイラはこの外殻を脱ぐことができない。この外殻を脱いで、中にいる自分を見せるのが……怖いのさ……」

「あの」

「なんだい、少年……」

「さっき中の人などいないって」

「オイラという生物は二重構造なんですよ」

 ヤルセネーナちゃんは突然丁寧語になった。

「はあ」

「脱皮ってありますよね? あれと同じ。それプラス、脱いだ皮をまた被れるっていうことなわけです」

「はあ」

「フ……。脱皮後の自分を見られちまうのは、恥ずかしい……。そんな思いから、外出するときはいつもこの着ぐるみで」

「着ぐるみ」

「こので、学校をゆくようにしているのさ……。だがやはり、外殻を被っていると物をつかみにくいし視界も悪いから、不便でね。どうにか外殻なしの格好で学校を歩けるようになりたいのさ……。シャイを、直したいのさ……」

「はあ」

「そういうわけさ……なんとかならないだろうか……、ん、ちょっと待っ」


 ヤルセネーナちゃんさんは悩みの吐露を終えたと思ったら「あがごごごごごごご」と言いながらピカチュウの10万ボルトをくらったサトシみたいに突然震えだした。「はっ!?」「えぇっ!?」僕らが驚いて顔を見合わせていると、どこからか声が聞こえてくる。


『二階堂……貴様はヤルセネーナの呪縛から逃れることはできない……我を脱ぎ去るなど許されぬと知れ……』

「あがごごご」

「えっ何!? 何!?」

「先輩、大全に何か書いてないんですか!」


 先輩は慌てて七十七不思議大全を読み上げた。


「一説によるとヤルセネーナちゃんの着ぐるみには何らかの原因でやるせない意思が宿っており、その着ぐるみを着てしまうと中の人の感情は操作されシャイになってしまい脱ぎたくなくなる。中の人が脱ごうとすると、その意志を喪失させるために電撃にも似たやるせなさを与える。だって!」

「にも似たっていうか電撃ですよねこれ!? 助ける方法は!?」

「中の人を助けるためには次の言葉を唱えよって書いてあるけど……、んん……?」

「先輩?」

「と、とにかく唱えてみるね」


 悶えるヤルセネーナちゃんと対峙し、先輩はその言葉を放った。


「〝ヤルセネーナちゃん! ヒーローショー、かっこよかったよ!〟」






 その後の展開だけれど、端的に言えば、一件落着した。電撃は止まり、中の人(二階堂という男子生徒だった)は助かり、着ぐるみは脱ぎ捨てられた。二階堂君はぺこぺこ謝りながら帰宅。部室には平穏が戻っていた。


「どうしてあの言葉でヤルセネーナちゃんは動きを止めたんでしょうね」


 僕がみかんを剥きながら言うと、先輩は「うーん」と首を傾げる。


「七十七不思議ナンバー68の項目には書いてなかったよ。……けど、もしかすると」

「もしかすると?」

「あの着ぐるみに宿った意思には、夢があったのかもしれないね」


 先輩はそれだけ言うと、みかんを頬張りながらスマホでFGOを起動した。


 夢……。

 着ぐるみのキャラクターの夢か。


 また彼の活躍の場ができたらいいな、なんて思いながら僕は今年2018年の文化祭に思いを馳せている。

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