先代部長と鍋

◇2018/1/23(火) 曇りのち雪◇




 放課後になった。冬北市は今日も寒い。早くこたつで温まろう。僕は部室棟の奥へと進み、「ちはー」と挨拶を投げながらこたつ部の扉を開けた。


 陽奈ひな先輩がこたつに入ったまま死んでいた。


「先輩!?」

「うう……暖隆あたたか君……」


 よかった。生きてた。しかしその目には涙が。


「なんかあったんですか!?」

「こたつが……壊れた……」

「えっ?」


 先輩はこたつに突っ伏しながら、うううと泣いた。


「失われた命は……もう戻らない……」

「冷静になりましょう先輩。こたつは機械です。機械は直すことができます」

「なぜ死んだ……ジョセフィーヌ……」

「先輩がこたつにジョセフィーヌとかいう名前を付けてたことが今のところ今年一番の驚きですが、とにかく顧問の先生に連絡しましょう。部費でなんとか修理を……部費って出してくれるのかな……」


「困っているようだな、おまえら!!」


 考え込んでいると、そんな声が飛んできたので、僕と先輩は窓の外を見た。


 そこにあるのは見知った顔。

 背が高く、すらりとしていて、ボサボサ気味の頭に黒い学生帽を乗せた女性……


「「先代部長!?」」

「やってるかー? 愛弥火あやかパイセンが来てやったぜ」


 先代部長、愛弥火先輩は、勝手に窓べりを乗り越えて勝手に入ってくると、歯を見せて笑った。






 こたつ部第四十九代目部長・燎原かがりばら愛弥火あやかは超人である。

 という文句は冬高ディクショナリーからの引用だが、実際、愛弥火先輩は数々の伝説を残している。朝の学校の雪かきで十メートルの雪像を建てたとか、夜に動き出す人体模型と死闘を繰り広げた後ダチになったとか、女子含む四十人の生徒(説によっては六十一人、八十三人とも)からの告白をすべて断ったとか、かめはめ波が撃てるとか、学生帽の下では卵を温めているとか、不良みたいな風体と言動なのに無遅刻無欠席だとか、真面目に化粧して渋谷に行ったら毎秒二回スカウトされたとか、魔貫光殺砲も撃てるとか、元気玉はちょっと無理とか、とにかくいろいろだ。人助けで表彰されることも多く、その八面六臂の活躍ぶりは、〝冬北高校七十七不思議を一時的に七十八不思議にした女〟とまで呼ばれるほどだった。


 そんな愛弥火先輩だったが、弱点があった。

 全力を出しすぎると、エネルギー切れが突然起こり、フッと倒れてしまうことが何度もあったのだ。

 それを見かねたある教師が、愛弥火先輩にこたつ部への入部を勧めた。最初は嫌がっていた先輩も、こたつ部でのゆったりとした時間を過ごすことにより、自分の力を加減することを覚えることができたのだった。


 という感じで、愛弥火先輩は尊敬すべきここのOGなのだけど。


「愛弥火先輩」

「んだよ、暖隆」

「どっから来たんです?」

「塀を飛び越えてきた」


 不法侵入だった。めちゃくちゃなところは変わってないらしい。


「せんぱい~~~~」

 泣き声を出すのは陽奈先輩だ。「ジョセフィーヌが~~。ジョセフィーヌが死んじゃって~~」


「あ? こんなん叩けば直るだろ」

「さすがに無理では……」


 愛弥火先輩はこたつの机をガンと殴った。

 機械が駆動するような音がしたので、まさかと思いながら掘りごたつの下を覗く。

 赤く光っていた。


「直ってる……」

「ジョセフィーヌ!! やった!! 感謝するよ、愛弥ちゃん先輩!!」

「ま、こんなもんだろ。んじゃ、あたしも邪魔するぜ」


 愛弥火先輩もこたつに入る。僕から見た右辺に愛弥火先輩、対面に陽奈先輩、という配置になった。

 愛弥火先輩がニヤッと笑う。


「今日は日々こたつ部の活動を頑張っている可愛い後輩たちへ差し入れを持ってきた」

「ボクらの頑張りが認められる時が来たね」「いやだらだらしてるだけですけど」

「是非これを食べて力をつけてほしい」


 先輩は大きめのリュックサックの中から、

・カセットコンロ

・土鍋

・ミツカンの鍋つゆ

・鶏肉

・鶏団子

・にんじん

・白菜

・まいたけ

・しいたけ

・ネギ

・しらたき

・うどんの麺

 を取り出した。


「「ここで鍋する気だー!?」」

「御覧の通り、具は刻んだり焼いたりはしてある。あとは鍋に放り込むだけだ」

「あの、なんでまた鍋なんかを……」

「夢だったんだよな。学校で鍋るの」

「こういうのダメなんじゃ……。どう思います、陽奈先輩」

「え? じゅるり」

「だめだ、陽奈先輩もいただきますモードだ……」

「んじゃ火ィつけるぞー」

「えぇっ、ガスで火災報知器とか鳴ったりしませんかね」

「大丈夫だろ。鳴ったらあたしが止めてやるよ」


 先輩なら本当に止めかねない(物理)。しかしいいのかこういうの……。心配する僕をよそに、愛弥火先輩はつゆの中ににんじんを投下していく。


「最近どうよ、陽奈、暖隆」

「いつものように、放課後はこうしてのんびりと過ごしているよ」

「そうですね。びっくりするほど平和な毎日です」

「なら良し。あたしは高校の頃いろんな騒動に首突っ込んで回ってたが、まあ実際のところ、平和が一番だ」

「愛弥ちゃん先輩は最近どうなの? この前は居酒屋店員やってるって言ってたけれど」

「ああ、そこはやめた。今は溶接してる」

「溶接?」「溶接?」

「溶接。マスク被って棒を持って火花をバーッて散らすアレ。つってもあたしは火花が出ないティグ溶接が好きでな」

「愛弥ちゃん先輩すご!」「居酒屋とかけ離れすぎてません……?」

「資格取ったし、しばらくは工場勤務だな。けど、ある程度まで極めたら次は劇団のオーディション受けてえなって思ってる。タフさを活かしてスタントマンもありかな」


 興味の向くまま、職を転々としているらしい。七十八不思議のバイタリティは健在だった。スープが沸騰してきたので、僕は鶏肉とか具を投入する。


「もう食べていいのかい?」

「まだだよ。鶏肉に火が通るのを待て。はー、にしても懐かしいぜ。こたつってのはやっぱし、冬高こたつ部の由良之助が一番だ」

「愛弥火先輩がこたつに由良之助という名前をつけてたのも今年一番の驚きです」

「違うよ愛弥ちゃん先輩! ジョセフィーヌだろう!?」

「陽奈ァ、おまえはいつからそんな西洋かぶれになった?」

「むぁー、引っひゃらないでー、ほっぺたひぎれるー」


 ひとしきり陽奈先輩の頬を引っ張ると、愛弥火先輩は手を離した。それから思い出したように口を開く。


「今度、四十八代目も連れてくっかあ」

「あ、いいね。ふれちゃん先輩、元気にしてるのかな?」

「年賀状によると、看護師の夢へ向けて頑張ってるらしいが」


 聞いたことのない名前が出てきた。


「あのすいません、僕、四十八代目部長のこと知らないんですけど」

「ああ、そうか。暖隆君は会ったことがないものね。ふれちゃん先輩はボクが一年生の頃の三年生だから」

「ふれあ先輩は、かつてはせっかちで生き急いでいたあたしの対極だったな。のんびりしていて、眺めているとあくびが出るくらいだったぜ」

「ふれあ、先輩……」


 僕はなんとなく愛弥火先輩の言葉を繰り返した。

 そうか。

 陽奈先輩には愛弥火先輩という先輩がいる。

 だけれど愛弥火先輩にも先輩がいて。

 その先輩にも、きっとまた別の先輩がいる。


 ということは僕もまた、誰かの先輩になり、誰かの先輩の先輩になり、先輩の先輩の先輩になっていくということなのだ。

 僕はコンロの揺らめく火を眺めながら、そんな当たり前のことに少しだけ動揺した。


「暖隆」


 呼ばれ、顔を上げる。


「おまえも、もう少ししたらこたつ部の部長だな」


 愛弥火先輩は、屈託なく笑って「しっかりやれよな」と僕の肩をばしばし叩いた。僕はちょっと苦笑いしつつ、「しっかりって、だらける以外にやることないじゃないですか」と言い返す。


「ま、あたしはあたしでうまくやってるよ。で、おまえたちもおまえたちでうまくやってる。それがわかれば、今日は十分。鍋が旨けりゃ十二分だ。んじゃ」

 愛弥火先輩が鍋のフタを開けた。

「いただきますかあ」


「わーい! いただきまーす!」「いただきまーす」


 あつあつの鍋をレンゲですくう。皿の具を口に運んだ。鍋が旨いから十二分。話が楽しいので十五分だ。十五分なんて日本語あったっけ。まあいいや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る