2018年

あけましておめでとう

◇2018/1/9(火) 晴れ◇




「明けましておめでとうございます」


 こたつ部の部室に入るなり挨拶すると、すでに来ていた陽奈ひな先輩が「おお、暖隆あたたか君」と反応してくれる。「明けましておめでとうー」


「今年もよろしくお願いします」

「うん。今年もよろしくお願いします。いや~、今年もだらだらしてたら一週間以上が過ぎちゃったね~」

「もうAO入試で合格が決まってる人たちはこの時期楽そうですよね」

「そのせいでよよちゃんに恨まれてるけどね……」


 先輩は「最近友達がボクを『陽奈』とか『陽奈ちゃん』とかじゃなくて『貴様』って呼んでくるんだよぉー」と言いながらこたつに突っ伏す。ぐでんとした腕が机で伸びるが、幼児体型と揶揄される先輩の腕は僕のところまで届かない。


「先輩ってどこの大学行くんでしたっけ?」

「冬大だよ。ほら、あっちの方にある」


 先輩があっちの方を指さした。僕は、あっちの方か、と納得する。


「まさかあっちの方のだとは」

「そういえば暖隆君、初夢はどんなのを見た?」

「初夢ですか? うーんと……」


 メモ帳に初夢の内容を書き留めておいたので、一応説明は可能だ。思い出してみる。夢の中でワイキキビーチに僕はいたと思う。ワイキキ~! と言いながらオバマがサーフィンしてたから間違いない。暑いのであずきバーを食べていた僕は、その後デートの待ち合わせ場所に行くのだけど、ハチ公前では神が待っていて、「火のない火山にドーンと行ってこい」と言われたので、僕は「雑巾?」と答えつつキノコ鍋を杉田玄白に振る舞ってから、昇竜拳を、こう、


 僕は説明が面倒になった。


「……よくわからない夢でしたね」

「一富士二鷹三茄子だった?」

「ふの字も、たの字も、なの字もありませんでしたよ。先輩はどうだったんですか?」


「ボクかい?」

 そこでなぜか先輩は得意げな顔をした。

「ボクはね……すごい初夢を見たよ……!」


「一富士二鷹三茄子?」

「そんなレベルじゃないよ。もう世界を揺るがすレベル。もしかしたらボク、今年は世界を救うかもしれないね」

「はあ」

「聞きたいかい? 聞きたいよね? ふふーんそうだろうそうだろう。あのね、ボク、夢の中で〝こたつの神〟に会ったんだ」

「こたつの神」

「こたつの神は仰せになった。『もっとだらだらせよ』と。『さすれば世界は救われん』と……!」

「意味わかりませんけど」


「だからボクは可能な限りだらだらしようと思うのさ!」

 先輩が両腕を広げて天井を仰ぐ。

「本当はもっとボランティアとかで社会に貢献するとかしたいところだけど、神の思し召しがあれなら仕方がない。ボクはこたつ神に誓ってだらけていこうと思う。暖隆君。ちょっと棚のマンガとって」


「先輩の方が棚から近いじゃないですか。こたつから出たくないので自分でとってください」

「ボクは神の代弁者であり、ボクの意思とは神の意思。すなわちボクへの反逆とは神へ唾を吐きかける行為と同義であると心得よ!」


 先輩が私欲のために宗教の力を振りかざすやべー奴みたいなことを言い出した。

 僕は、そっちがその気なら、と反撃の策を練る。


「先輩。僕、さっき『初夢はよくわからない夢だった』と言いましたよね。今思い出しました。そういえば僕の初夢にも神が出てきたんです」

「えっ、そうなの? 何神?」

「こたつでだらだらしている『ひ』から始まる名前をした女子高生に天罰を与える大神おおみかみ

「それ今考えたでしょ! 今考えたよね!?」

「ツッコミを入れてくる『ひ』から始まる名前をした女子高生に天罰を与えるノみこともいましたね」

「これからボクの行動ひとつひとつに天罰を与える神様を生み出す気かい!?」

「棚のマンガを僕の分もとってくれる女子高生にを与える国主くにぬしもいたかな……」


 先輩はこたつからちょっと出て棚からマンガをとってきてくれた。良い先輩を持って僕は幸せだ。僕は神に代わって先輩に天の恵み(家から持ってきたぶどうグミ)を差し上げた。


「美味しー、って、なんでボク餌付けされてるみたいになってるの……。暖隆君ってけっこうひどい人だよね?」

「侮辱された。新たな神を生みますよ」

「斬新な脅し文句を……! こっちにだってこたつの神がついてるんだからね! その気になれば電源を消して暖隆君を寒隆君にできるんだからね!」


 先輩がぷんすか怒って腕を広げて威嚇(?)した後、こたつの電源を消した。しばらくして寒さに震えた先輩は自ら電源を付け直した。ミニスカートの先輩の方が先に我慢できなくなるのは必然だった。


 外を見ると、また雪が降り始めている。

 どうりで寒いわけだった。

 積もった雪が日光を反射し、部室を白く照らしている。


 あたたかさを取り戻したこたつでぬくぬくとしつつ、僕は机の上に日誌を出した。

 それを見て先輩が、思い出したように口を開く。


「ボクにとっては、高校生活も残すところあと二ヵ月かあ」


 溜息混じりのその言葉に、目を上げた。

 先輩の表情は、少しだけ寂しげだった。


「ボクが部長でいられる間に、新しい部員を入部させなきゃねえ」

「ですね」

「暖隆君」

「はい」

「こんなボクだけど、あと二ヵ月間、よろしくね」


 僕は先輩の笑顔が好きだ。

 だから今、僕だけに向けられた笑顔が、嬉しかった。


「こちらこそ」


 そうして僕はシャーペンをノックし、冬北高校こたつ部日誌に〝2018年〟と書き入れる。

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