節分前日ですがここでショートコントの時間です
◇2018/2/2(金) 晴れ◇
今日は金曜日。つまり明日は土曜日。休日だ。一週間おつかれさまでした。僕は今週の締めにこたつ部に顔を出すべく部室棟へ来ていた。
一番奥の扉を開ける。
「こんちはー」
「鬼は外ー!」
「なにするんですか……。鬼は外……?」
「うん。2月3日は節分だからね。ところが明日は学校が休みで、こたつ部の活動もない。このままではこたつ部日誌に節分について書けなくなってしまう! そういうわけで、節分イブである今日、イベントを堪能しようということなのさ」
「ことなのさって言われても。豆はあるんですか?」
「福は内ー!」
先輩がひょいっとみかんを投げてきたので慌ててキャッチ。「これは豆じゃない!」
「仕方ないじゃないか、豆なんて投げたら掃除が大変だし」
「堪能するんじゃなかったんですか……」
「代わりに、じゃじゃーん! 恵方巻を用意しました~」
カバンから取り出した恵方巻は、先輩の手作りのようだった。厚焼き玉子、かんぴょう、きゅうり、干しシイタケを煮たやつ、とかが巻かれてある。
「おいしそう。ありがとうございます。先輩、何気に料理スキルあるんですよね」
「えへへ……もっと褒めていいよ~。じゃあ、食べよっか。今年の恵方は南南東だから、あっちだね」
「確かこれ、黙って食べるんでしたよね?」
「そうだよ。声を発さず食べきれば、願い事が叶うんだって。まあもし仮に叶うとしたらそれはボクらの願いなんかではなくコンビニ会社の売上目標達成の願いだろうけどね」
「やめましょう」
「じゃ行くよ! いただきまーす!」
先輩が恵方巻にかぶりつく。僕も大口を開けて食べ始めた。
沈黙が訪れる。
部室から音がほとんど消える。
しん、とする。
もっぐ もっぐ もっぐ
こたつの稼働音がほんのわずかに聞こえる。
遠くから野球部の雄々しい掛け声が響いてくる。
野球部も寒い中でよく頑張るよなあ。
そんなことを考えながら太巻きを食べ進めていく。
もっぐ もっぐ もっぐ
窓の外は冬晴れで、空が青く透き通っている。
こんな日は寒さを多少我慢しても散歩に出かける価値がありそうだ。
僕ですらそう思うのだから、例えば先代部長・
などと思いながらもっぐもっぐしていると。
長身痩躯で黒い学生帽を被った愛弥火先輩が、本当に現れた。
「ちーっす。おいこたつ部、また差し入れ持ってきてやったぜ。って……なにやってんだ?」
窓を勝手に開けて不法侵入してくる先輩。しかし僕らは黙っているしかない。恵方巻を食べている真っ最中だからだ。
訝しげに僕と陽奈先輩を交互に見る愛弥火先輩だったが、一応合点がいったようで、「節分か」と呟く。「しゃーねえ、待つか」
もっぐ もっぐ もっぐ
愛弥火先輩はこたつに腰を落ち着けると、面白くなさそうに頬杖を突く。
とても暇を持て余している感じだ。
「なあ、さっさと食べ終わってくれよ」
もっぐ もっぐ もっぐ
「てか恵方巻ってそんな大事か? そんなにゲン担ぎしたいことでもあんのか? おまえらにはそういうのなさそうなんだが」
もっぐ もっぐ もっぐ
「…………」
もっぐ もっぐ もっぐ
「なあ、暇なんだが……」
もっぐ もっぐ もっぐ
「……おい…………」
もっぐ もっぐ もっぐ
「…………………………………………」
もっぐ もっぐ もっぐ
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………ショートコント『無人島』」
痺れを切らした愛弥火先輩は僕らの目の前でなんかやりだした。
「えーどうも、えぇとですね、あの、あっこんにちは、あのどうもあの、あ、加藤一二三です」
「ぶふっ!」「……!」
今や将棋界のアイドルとなった加藤一二三九段が降臨した。迫真の演技に思わず笑う陽奈先輩。しかし僕は耐えた。あと少し、食べ切ってみせる。
「あ、そうですね、みなさんにあの今回お集まりいただいたのはあの、他でもない、あの、あのこの無人島の中でみなさんには殺し合いをしてもらいます」
「ぶっふぅん!」「……っ!」
まさかのデスゲーム。僕は耐える。耐えなければ願いは叶わないのだ。
「武器はこの、これですねこの、これだけしか使っちゃだめです、あのこれです、ヤシの実」
「ぶひゅっ……うくくく……」「っ……!」
「あのみなさんね、えー無人島から逃げるだとか、考えますと思いますけれども、そんなことをあの実行しますと、その首のが爆発しますね、みなさんの首に装着されている、あったかマフラーが」
「うく、あははは! あは、あははははは!」「……っ! …………っ……!」
「というわけで、あのみなさんにはぜひ、いっぱい乱闘していただきたいと、えー思います、それで最後にね、あの、オープニングセレモニーとしてあの、激励の意味を込めまして、歌をうたわせていただきますあの、いきます」
愛弥火先輩はスマホでT.M.Revolutionを流し、加藤一二三九段独特の喋り方でHOT LIMITを歌った。僕はもう駄目だった。笑ってしまった時点で願いはもう叶わない。絶望の淵に立たされた僕はおもむろにみかんを手に取り、振りかぶった。
「鬼は外ォ!!」
「それ豆じゃねえだろ!!」
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