新入部員、襲来
◇2018/2/9(金) 晴れ◇
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陽奈先輩
<あたたかくーん。
<今日ボク部活遅れるね。
<先生に頼まれごとされちゃって。
了解です>
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LINEでやり取りをした後、僕はスマホをポケットに突っ込む。少し考えて、放課後の教室を出た。
部室棟へ向かう。
わざわざ連絡を寄越してくるということは
着いたので、部室の扉を開けた。
そこでは何やら先客がこたつでぬくぬくしていた。
「あ、どちら様ですか?」
僕は荷物を置きながら訊ねる。先客は女子生徒だった。小柄だが、陽奈先輩よりは背が高い。髪型は短めのツインテールで、大きいリボンが目を引いた。
そして、なにが可笑しいのかはわからないけど、さっきからずっとにこにこしている。
「あのー……」
にこにこするばかりで答えてくれない女子生徒。僕はとりあえずこたつに入る。女子は笑みを絶やさないまま考え事をした後、ゆったりとした声で、やっと言葉を発してくれた。
「ころな……」
……?
ころな?
「
「ああ、名前。日下部ころなさんですか。僕は古沢
「一年生……」
「そう」
「……」
「……」
「……」
「…………それで、どうしてこたつ部に来てくれたんですか? 陽奈先輩の知り合い? それともお悩み相談かな」
日下部さんはにこにこしている。
にこにこしながら、んんんと考えて、やっと答えた。
「こたつ部の見学……」
……もっと早く答えてほしいかな!
「見学? となると、入部希望者ってこと?」
「そうなる……」
「そうなんだ……」
こんな部活に進んで入りたがる人、いたんだ……。いや、陽奈先輩はだらだらしたいからって言って自分から入部届を出したらしいけど。ちなみに僕は先代部長・
そんなことを思いながら僕は客人にお茶をお出しする。
「そっか……でも見学といったって、活動内容はだらだらするだけだしなあ。一応、日誌を書くことは努力義務だけど。それで、日下部さんはどうしてこたつ部に入ろうと?」
日下部さんは、にこにこをやめて、んんんと考える。
まっすぐな瞳が僕を見つめる。
よく見ると日下部さんも美人だ。
僕は視線を泳がせた。
日下部さんは頷いて、言った。
「好きだから……」
「ええと……あの……」
真顔の告白。日下部さんの美貌に見つめられて一瞬勘違いしそうになったけどこれ別に男女の好きとかそういうのじゃなく、こたつが好きとかそういう意味だよな。びっくりして変な顔になってしまった……。
僕が動揺する一方、日下部さんはその反応を見てきょとんとしている。
かと思うと。
がーん、というショックそうな顔をして粛々と荷物をまとめ始めた。
「なぜ帰ろうとする!」
「嫌そうだから……」
「別に嫌とかじゃないよ……。ちょっとびっくりしただけで。こたつ部は日下部さんを歓迎するから」
僕がそう言うと日下部さんはほっとしたようで、こたつに入りなおす。目尻の涙を指先で拭い、にこお、と笑った。
不思議な子だ……。
何が不思議って、いろいろあるけど特にその笑顔だ。彼女の周囲だけ陽だまりになるような、冬なのに春の花が咲くような、そんな不思議な力を感じる。陽奈先輩の笑顔が人を元気にするものだとしたら、日下部さんのそれは人を優しい気持ちにするだろう。
いつもこんなぽやぽやした笑顔で過ごしているんだろうか。だとしたらその穏やかな性格は、こたつ部に合っているのかもしれない。
とか思っていると、部室の扉が開いた。
「やっほー暖隆君」
「陽奈先輩。こんにちは」
入ってきた陽奈先輩は、日下部さんを見て「おや?」と言いながらいつものようにこたつに入ってくる。
「暖隆君、この人は?」
「入部希望者みたいです」
「えっ! ほんとに!? いやーわかってるなー、こたつ部という素晴らしい部活に入部を希望するなんて! 一年生? 名前は?」
日下部さんはにこにこして、「日下部ころな……」と答えた。
「くさかべ……日下部!? もしかして、日下部ふれあ先輩の妹さんかい!?」
「はい……」
「先輩、ふれあ先輩というのは確か」
「うん。ふれちゃん先輩はこたつ部の第四十八代目の部長さ。おっとりとした性格で、女神というか聖母というか、そんな感じの優しい人でね。ある時期〝冬高の狂犬〟と呼ばれていた愛弥ちゃん先輩の心を鎮め、手懐けることに成功した功労者なんだ」
「言い方が犬に対するそれなんですが」
「愛弥ちゃん先輩はふれちゃん先輩相手にならお手もお座りもするだろうね」
愛弥火先輩の格好いいイメージが損なわれるのでやめてほしい。
「そっかあ……ふれちゃん先輩の妹かあ……。じゃあやっぱり、こたつの波動を感知してここへ呼び寄せられたのかい?」
「何ですかこたつの波動って」
「ころなちゃんはどうしてこたつ部へ入りたいと思ったのかな?」
日下部さんはにこにこをやめて、んんんと考え出した。
真剣な表情で陽奈先輩を見つめている。
急に空気が変わったので、先輩は顔を緊張させた。
日下部さんの薄い唇が動く。
「あたたかが、好きだから……」
口をあんぐり開けすぎて顎が外れるかと思った。
「え、あ、えっ? あたたか……って、僕? じゃ、ないよね? え?」
「あったかいの、好き……」
「ですよね。わかる。そういう意味だよね。そりゃそうだ。そりゃそうなんだけれども。さっき言った通り僕の名前は暖隆なんだ。だからその言い方はあらぬ誤解を呼ぶ恐れがあるんだ。ほら、この陽奈先輩なんか、ずっと固まったまま徐々に赤くなっていってるだろ? これ完全に『ころなちゃんが暖隆君に告白した……!』って誤解してる顔だし、たぶん今のこの僕らの会話も耳に入ってないよ」
「誤解……」
「うん。誤解」
日下部さんは、一生懸命んんんと考える。
そして言った。
「実際に好きになれば誤解ではなくなる……」
「ああそうだね。それはそうだよそうだとも。でもね日下部さん。その誤解の解き方は遠回りすぎるし、難しくもあると思う」
「努力する……」
「僕を好きになるよう努力する必要はないよ? 一番大切なのは日下部さんの気持ちだし、なにより誤解を解くためのもっと簡単な方法が」
「ころなちゃんっ!」
陽奈先輩の声が部室をビリビリ震わせた。
僕と日下部さんは、ぱっと先輩の方を見る。
先輩はこたつから出ると、こたつの机の上に仁王立ちして、日下部さんを見下ろした。
「ボクの暖隆君は……渡さないからねっ!」
僕は(ほら誤解してんじゃん……)(渡さないって何だ、恋人かよ……)(パンツ見えてますよ……)といったようなことを思いつつ、顔を両手で覆った。
部活時間の終わりのチャイムが鳴っている。
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