うきゅっ

◇2018/2/21(水) 晴れ◇




「げほげほ……」

 僕は軽く咳をして、喉の違和感に顔をしかめた。


 登校して授業を受けて放課後になり、今こうして部室棟へ向かうまでの間、僕はずっとマスクを着用していた。

 ちょっとした風邪にかかっているからだ。

 最近流行っているから気を付けないといけなかったな……。


 そんなことを思いながら僕は部室のドアノブに手をかけた。


「こんちはー」

「おー暖隆あたたか君。先にぬくぬくしてるよー」

「こんにちは……」


 そこでは部長・陽奈ひな先輩と、新入部員・ころなちゃんが既にこたつでだらだらしていた。

 僕は荷物を置いて温かいこたつに入ると、「もしかして」と訊ねる。


「先輩ところなちゃんも風邪?」


 ふたりとも白いマスクをしていて、小顔だからマスクに顔を乗っ取られてるみたいになっていた。


「そうだよ」「うん……」

「そうなんですか……。実は僕もで……」

「そうなんだ。というか全員ジャストなタイミングでマスク着けてくるなんて! 奇跡じゃん! FGOのガチャ回そ!」

「マスク教!?」

「まあそれはともかく、なんだか異様な状況だね……。もうこれでボクの知人の八割が風邪だよ……」

「それは凄いですね……」


「そうだ!」

 陽奈先輩がスマホを取り出す。

愛弥あやちゃん先輩とか、はーちゃんとかも風邪だったりして! 連絡とってみよう」


「あのふたりが風邪だったら何なんですか」

「知人の十割が風邪だから、すなわち、全人類が風邪ってことになる」

「意味わかりませんけど……。ところで、はーちゃんって、トイレの花子さんですよね? あの人って風邪になるとかあるんですか?」

「はーちゃんだって人並みに病気にはなるよ。けっこう普通の子なんだよ? ちゃんとした家に住んでるし、家族もいて、ごく普通のありふれた家庭に近いと思うよ。でも裏では……あれ、はーちゃん、出ないなあ」

「でも裏では。先輩。今、でも裏ではって」


 怖い。


「うーん、やっぱり出ない。呪術師業のお手伝いで忙しいのかな?」

「怖い」

「じゃあ次は愛弥ちゃん先輩だね。んーっと……。…………あ、もしもし愛弥ちゃん先輩? ボクだけど。え? ……え?」


 陽奈先輩はスマホを耳に当てながら呆然としている。なにがあったんだろう。


「……うん。そっか……じゃあ切るね。頑張って。うん……じゃあね」

「先輩、愛弥火あやか先輩は何て?」

「今、劇団に入るべく役作りに没頭してて……自我の書き換えをしてるみたいで……」

「大丈夫なんですかそれ……。ちなみにどんな役を?」

「アボカド」

「食べ物!!」

「もう八割アボカドに精神を持ってかれていたよ……」

「どういう劇団なんだろう……」


 あまり無理しないでほしい……。

 僕が頑張る愛弥火先輩のことを思っていると、徐々に鼻がむずむずしてきた。誰かの噂をした報いかな、とかくだらないことを思いながらくしゃみをする。


 それにつられたのか、陽奈先輩と、ころなちゃんもくしゃみをした。


「へちゅっ」「きゅっ」


 ……今のは果たして、くしゃみなのか?


「えっ何今の! ころなちゃんのそれ、くしゃみ!? もう一回ボクに聞かせて!」

「えっ……。そんなにすぐ出な…………は、は、うきゅっ」

「かわいいいいい!!!!」


 先輩の表情がとろけそうになっている。

 完全に小動物を相手にする時みたいな感じだ。


 いや、先輩の方がころなちゃんより小柄だし、どちらかというと先輩の方が小動物だし、先輩のくしゃみも可愛かったですけどね……。


 というお気持ちは表明できず、僕は湯呑みの緑茶をすすった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る