結局みかんはどうなったんだよ

◇2018/2/23(金) 晴れ◇




 みかんに指を入れ、皮をむいていく。放射状に剥がしていけば、現れるのはみずみずしい果肉。房となっているそれをひとつずつ取って口に運んだ。

 甘酸っぱくておいしい。

 おいしいのだけど、ああ、僕は気付いてしまった。


「先輩」


 僕の声に、僕の正面でこたつに入りながらスマホを使ってデレステ(リズムゲーム)をやっている陽奈ひな先輩は「んー?」と反応を寄越す。


「このみかんなんですけど」

「んー」

「誰がここに持ってきてるんですか?」

「よっしフルコンボ~! ……ええと、なに? 暖隆あたたか君」

「あの、こたつ部のみかんって、いつの間にか補充されてるじゃないですか。いったい誰がどこから持ってきてくれてるんですか? 先輩が持ってきてるというわけじゃないみたいですけど」

「ああ……」


 先輩は、冷めたような悟ったような、なにやら不思議な表情をした。


「そうだね……。そろそろ暖隆君には教えておかないとね。今日はまだしばらくはころなちゃん来ないみたいだし……」

「な、何ですか? そんなに重大な秘密が……?」

「うん。ただ、これはボクの一存では決められない。現部長であるボクの権限だけでは、こたつ部の秘密をキミに教えることはできない」


 そう言って先輩はこたつから出ると、スマホではなく、部室に備え付けられていた黒電話のダイヤルを回し始めた。それインテリアじゃなかったのか!?


「もしもし。はい、五十代目部長・みなみ陽奈です。ええ、そうです。時は満ちた――――そのように思います。はい。はい。よろしくお願いします」


 ガチャンと受話器を置いた先輩は、ボクの方を一瞥。それから一瞬表情をゆがめ、目に涙を滲ませたように見えたけれど、すぐに顔を逸らされてしまった。

 そして絞り出すように呟く。


「暖隆君……ご武運を」


 えっ何!? なになになになに!!


「なんですか先輩!? いったい僕はどうなるんですか!?」

「暖隆君なら、大丈夫。そう、きっと――――。」

「主人公を死地へ送り出したヒロインみたいなセリフ言わないでくださいよ怖い! これからいったい何が起ころうとして」


 最後まで言う前に、部室の扉がゆっくりと、開いた。


 恐る恐る振り向いて、部室入口の方を見る。


 姿を現したのは、初老の男だった。


 第一印象は、武人。地味な色の着物に身を包んでいる。閉じた扇子を無造作に持っているが、その持ち方や立ち居振舞いには隙がない。仮に刀を差していても違和感がなかっただろうほどの気迫は、中背という体格、剃り切れていない髭すらも、男を一流の風格にまで仕立て上げている。


「おまえさんが」


 男の口が動き、僕はハッとして姿勢を正す。


「五十一代目となる、古沢……なんだったっけか」

「あ……暖隆、です」

「そうそう。古沢暖隆。こりゃまた随分と面白い名前の野郎が来たもんだ」


 呵呵、と笑う初老の男。僕はよくわからなくて黙っていたが、勇気を出して「あの、貴方は……」と訊ねる。

 男は、どっこいしょと座ってこたつに入ってから、答えた。


「初代だよ」

「……初代」


 ばっ、と扇子を広げると、そこにあるのは四つの文字。


『炬』

『燵』

『万』

『歳』


「冬北高校炬燵こたつ部、初代部長。火村ほむら熱威ねついとは俺のことサ」



     ◇◇◇



~あらすじ~

僕、古沢暖隆はただ部室のみかんの出どころが知りたいだけなのになぜかめっちゃシリアスな空気になってるし初代部長を名乗るおっさんも現れたしなんかヤバイ! 陽奈先輩はさっきからつらそうな顔ばかりしてるし! 果たして僕らはいつもの日常に戻れるのか!?


「古沢。おまえさんには今から試験を受けてもらう」

「試験……ですか」

「あァ。部長となるに相応しいかどうか、試験で見定めるって寸法よ」


 こたつ部のみかんの秘密を知るには部長に相応しい人間にならなければならない。それはまあわかる。でもなんで部長になるために試験とかが必要なんだろう……。


「まあ気負うな。素質があれば難なくパスできる程度のもんさ。最近じゃあ四十九代目だったか、燎原かがりばら愛弥火あやかは鼻歌混じりに乗り越えてったゼ」

「ち、ちなみに、素質がなかったら……?」

「端的に言えば、地獄行きだな」


 煙草を吹かしながら、初代部長は物騒なことを言う。陽奈先輩が脇でビクッとした。


「あの、端的すぎてわからないんですけど……」

「さ、始めようか。俺も暇じゃない。試験の内容は、審査だ。俺が選んだ過去の部長四人のうち誰かひとりにでも、おまえさんは晴れて部長となる権利を得る」

「過去の部長、四人……?」

「そうさな……あいつらでいいか。来い! 炬燵部四天王!」


 初代が叫んだ瞬間、四方向から声が聞こえてきた。


「うーい」


 下からの声は、僕らの入っている掘りごたつの中から聞こえてきた。僕は仰天する。こたつの下から這い出てきたのは、服の上にぼろ布を纏った、生気のない謎の男。


「お呼びですかあああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 部室入口からの声は、室内を震わす大音声だいおんじょうだった。扉を開けて現れたのは、冬なのに半袖半パン、褐色に日焼けした肌、そして鼻に貼られた絆創膏がやんちゃ気質を醸し出す、中性的な謎の若者。


「マスター ナニカ御用デ」


 窓の外からの声は、ノイズの入った機械音声だった。背中のジェット噴射を弱めて着陸し、ガシャンガシャンと音を立てて歩いてくるのは、謎のサイボーグ。


「…………ふん」


 頭上から聞こえてきたのは、他の声にかき消されそうなほど小さい声だった。いつの間にか天井に張り付いていたその人物は、真っ黒い忍装束を身に纏う、謎の忍者。


 彼らは初代の命令に従い、初代の背後で横に四人並んだ。


「軽く自己紹介してやれ」

「うい。三十四代目部長・狼煙のろし焚司たきじっす」

「はい!!!!!!! 四十五代目部長・愛媛えひめ美柑みかんだよっ!!!!!!!!!!」

「我ハ 二十六代目部長 ナイトロ・バーンズ」

「…………四十七代目、陽炎坂かげろうざか紫炎しえん


 それぞれの名乗りを聞き終え、僕は「ふ、古沢、暖隆です……」と返事をする。完全に気圧されているのがバレてそうだけど、この状況でびびらない人がいたならそれは愛弥火先輩くらいのものだろう。


「こいつらがおまえさんを審査する。さあ古沢。今ここで、自らが炬燵部の長に相応しいということを証明してみせろ」

「えぇ……な、何をすれば……?」

「それくらい自分で決めろ。できなければ、地獄で修行してもらう。去年の南のようにな」


 僕はハッとして、ブルブル震える陽奈先輩を見る。先輩、去年はなんかヤバイことになったせいであんな怯えていたのか……。


 初代と、四天王の視線が僕に集まっている。

 ど、どうすればいいんだ……。

 そもそもこたつ部の部長に相応しいかなんて、どういう基準で判断するんだろう?

 愛弥火先輩は難なくパスし、陽奈先輩があえなく不合格となった試験。

 ふたりの間の違いって何だ? 確かに愛弥火先輩は超人だけど……


 ……あ、もしかして。


 愛弥火先輩のフルネームは、燎原愛弥火。「燎原りょうげん」とは、原っぱに放った火のように勢いが強いというような意味ではなかったか。下の名前にも「火」という漢字が入っているし、なんか火属性というイメージがある。

 初代や、四天王だってそうだ。その氏名には熱そうな漢字や言葉(愛媛美柑さんは別だけど彼女も「こたつといえば」という名前だ)が使われていて、どこかでき過ぎているように感じる。


 愛弥火先輩も僕を部に入れる時に言っていた。「名前があったかそうだから」と。

 つまりこの試験は、でき過ぎた名前の者がクリアできる関門……!


 だったら僕も負けてない!


「み、皆さん」


 僕は毅然とした顔をして、四天王を視線で射抜いた。


「僕の名前は古沢暖隆。ですが、ある特定の苗字の人と結婚して妻の姓を名乗れば、今よりも更に暖かそうな、でき過ぎた名前になります。それは例えばみなみ暖隆あたたかであるとか。つまり南さんと結、ん? あれ、ちょっ、違」






~次回予告~

部長になるための試験に挑む暖隆。しかし彼は目の前にこたつ部四天王などという奇妙奇天烈な存在が現れたせいで冷静さを欠いていた! 「え゛っ、いや、南さんと結婚というのは必ずしも陽奈先輩とという意味ではなく、あの」 ――なんやかんやで四天王に認められ、晴れて部長になる権利を得たのはいいものの、背負ったのは大きすぎる代償。式はどこで挙げるのか? ウエディングドレスか、白無垢か? そんな話で盛り上がる初代と四天王を、陽奈は一喝する!

「や……やめ…………やめろーっ!」

次回! 城之内死す! デュエルスタンバイ!

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