こたつ部よ、さらば
◇2018/3/8(木) 晴れ◇
日誌に年月日と曜日と天気を書き入れる。
それから少し考えて、まずは「最終日」とだけ記した。
ペンを置き、視線を上げると、対面のこたつ机には
黄昏るなんてらしくもない。
けれど、それも仕方のないことなんだろう。
午後四時。僕と陽奈先輩は、いつものようにこたつ部の部室でだらだらとしていた。初めのうちはいろいろ駄弁っていたものの、徐々にお互い口数が減り、遂には喋らなくなってしまった。それが悪いと言いたいわけじゃない。無理に話題を探すよりも、のんびりと沈黙を受け入れる。それがこたつ部という場所だ。
だからきっとこの時間も、むしろ大切なものだと思う。
でも、どうしても、どこかで焦っている自分がいる。
「先輩」
「なんだい
「ころなちゃん、来ませんね」
「そろそろ来るんじゃないかな?」
「だといいんですけど」
「うん」
「……」
「……」
「あの、先輩」
「ん?」
「今までありがとうございました」
「ああ、うん。ボクは部長として当然のことをしたまでさ」
「はい」
「うん」
「……」
「……」
「その、先輩。僕は先輩といられて、楽しかったです」
「ボクもさ。暖隆君と一緒の放課後が、愛しかったよ」
「……」
「……」
あれ?
なんか今の陽奈先輩、どっしり構えすぎでは?
普段だったらこう……僕がちょっとシリアスめな空気で感謝を述べたりすると「ふぇ!?」とか「そ、そうかな~、でっへへへ……」みたいな感じの反応をするのに。今の先輩には、若手でありながら大物の気迫を醸し出す新鋭女優、みたいな雰囲気を感じる。
違和感に首をひねっていると、部室のドアが開いた。
「こんにちは……」
「やあ、ころなちゃん」
入ってきたのは、短めのツインテールと大きなリボンが特徴的な新入部員・ころなちゃんだ。
「こんにちはころなちゃん。よし、じゃあ」
僕は自分のカバンの中を漁る。
「早速あれをやりますか」
「うん……やる……」
「え? 何? 何をやるの?」
「卒業式です」
「えっ?」
カバンから一枚の紙を取り出す。
それは、ころなちゃんとふたりで密かに作っておいた、陽奈先輩への卒業証書だった。
「卒業証書、授与」
「えっ、それ、えっえっ」
「第五十代目こたつ部部長・南陽奈先輩。あなたは高等学校の課程を修了したばかりでなく、こたつ部も立派に卒業したのでこれを証します。部長として最後までこたつでだらだらし続けたあなたは、私たちの癒しでした。これからもずっと面白くて可愛らしい先輩でいてください。平成三十年三月八日。古沢暖隆、日下部ころな」
僕は先輩に証書を渡す。
震える手で受け取った先輩は、ふぐうぅと泣き出してしまった。
「えぇ、先輩さっきまでどっしり構えてたのに!」
「だっでぇぇぇ………………これでさいごだとおもったら………………なきそうになっだからぁぁ………………ひっしでポーカーフェイスしてたんだよぉ………………」
「抑えてたのが決壊したんですね……」
「ごろなぢゃあああん…………ありがどねええ…………」
先輩はころなちゃんに抱き着いて、おいおいと泣きじゃくっている。ころなちゃんは微笑むと、先輩の頭を優しく撫でた。え、意外な母性……。
「ひぃちゃん先輩……すき……」
「ありがぼおお…………」
「日本語が崩壊してますよ先輩。あ、そういえば愛弥火先輩やらこたつ部四天王やらのメッセージも載ってる寄せ書きもあるんでした。これ」
「ふぇぇぇぇ………………ボクはしあわせものだぁぁぁ………………ぐすん………………」
涙で顔をくしゃくしゃにする陽奈先輩。
僕ところなちゃんはそんな彼女を見て笑顔になった。
そして思う。
僕はこの日常がずっと続いてほしいと願っている。
それが叶わないことも知っている。
知っていても、胸を突き刺すような寂しさは拭い去れない。
その寂しさは、程度の違いこそあれ、去年の2017年から既に感じていた。
だから、そうだ、僕は、ずっとこう思っていたんだ。
こう思っていることに、気づいていないだけだったんだ。
ここから先は、日誌に書けない感情になる。
僕はシャーペンをノックして、冬北高校こたつ部日誌に今日の出来事を書き入れた。
ページは残り少ないけれど、使いきることはなさそうだ。
明日は本当の、卒業式。
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