きっと君は口内炎 ひとりきりのクリスマスイブ

◇2017/12/22(金) 雪◇




 2017年最後の登校日。

 僕は大掃除を終えて、冬になってからずっとそうしてきたように、こたつ部に向かっていた。

 途中、親しげな男子と女子がふたりで歩いているのを見て、そういえば二十四日と二十五日はアレがあるなあと思い出す。

 僕には関係のないことだ。

 部室棟に入り、最奥、こたつ部部室の扉を開ける。


「こんちは」

「やぁ、暖隆あたたか君」


 部長の陽奈ひな先輩が僕に対し鷹揚に手を振りつつ、スマホに人指し指を滑らせている。


「何してるんです?」

「ライン。友達とね」

「へえ」


 僕はそれ以上踏み込まず、荷物を降ろして先輩の対面のこたつに入った。冷えた足先があたたまり、じわりと震えがくる。


 そのままぼんやりと窓の外の雪を見ていると、先輩が「ふふっ」と笑いを漏らした。

 スマホの画面に何か面白いものでも映ったらしい。


「どうしたんですか」

「いや。これ」


 先輩が画面を見せてくるので見た。




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よよちゃん

<クリスマスも近いけど

<みんなは予定はおありで?


        ボクは特にないよ~。>


はーちゃん

<わたしもない(-_-;)


よよちゃん

<そうだ、はーちゃんさ

<カップルに呪いかけてよ呪い


はーちゃん

<ええっ!?Σ(・ω・ノ)ノ!


よよちゃん

<口内炎が地味に治らない呪いとかさ


          きっと君は口内炎>

     ひとりきりのクリスマスイブ>


よよちゃん

<山下陽奈達郎もこう言ってる


はーちゃん

<だ、だめだよぉ~(◎_◎;)

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 本当はスタンプとか使われていたけど、日誌に書くのは面倒なので割愛する。

 僕は画面から先輩へ視線を戻した。


「あの」

「ん?」

「この、はーちゃんというのは」

「暖隆君も一昨日に会っただろう? 冬高七十七不思議、トイレの花子さんさ」

「『オ゛』とか『ウ゛ア゛ァ』とかばっか言ってましたよねあの人。というかスマホ持ってるんですかあの人」

「ソフトバンクらしいよ」


 応対するソフトバンクの窓口の人も大変だなと思った。まあそれはいい。花子さんがデジタル上だとすごく人当たりがいいというギャップにも言及したいけどそれも置いといて。


「先輩、クリスマスはぼっちなんですか?」

「失敬な! 家族と一緒に過ごすに決まっているじゃないか」

「彼氏いてもおかしくないと思ったんですけど……」

「いないよ。え、ボク、彼氏いるように見えるの? そんな可愛い? 性格いい? おっぱい大きい?」

「いえ、おっぱいはさほど……」


 先輩はこたつに突っ伏して「うえーん」と泣いた。胸が薄いので突っ伏しやすそうだった。

 それにしても、先輩、彼氏いないのか……。

 美人だからとっくにとられてるかと思ったけどな……。


 というようなことを思っていると、先輩は顔を上げてにやりとする。


「暖隆君、ひょっとして……ボクのこと、好き?」

「なぜ……いや別に……」

「そんなこと言ってー、今からでもぼっちクリスマスを回避しようとボクを狙ってるんでしょー」

「いえ、別に……」

「でも残念だったね。ボクが好きなのはジャスティン・ビーバーみたいなイケメンのお金持ちだから」

「高望みしすぎでしょ」

「だけど、ボクのどこが好きか言ってくれたら、ちょっとは心が動くかもよ? 言ってみな? お姉さんに言ってみな?」

「えぇ……」


 僕は困る。別に恋慕の感情みたいなのは持ってないんだけど。しかし先輩は目をらんらんと輝かせて期待の表情をしている。

 まあLIKE的な意味では先輩のことは好きだしな。

 仕方なく答えた。


「顔ですかね」

「おっ! そ、そんなにいいかなあボクの顔……えへへ……ほ、他には?」

「フェイス……」

「顔じゃん!」

「冗談です。顔の他には、まあ、性格も面白いので好きですね」

「そう? でへへ……正直になってきたじゃないの~。みかん食べる? 剥いてあげるよ~、ふたりで食べよ~」


 先輩はにこにこ笑いながらみかんに細指を入れた。素直な人だ。というかちょろい人だ。ちょろい先輩……


「ちょろセン……」

「ん? 何か言ったかい?」

「いえ何も」

「さて、ボクの中にある理想の彼氏像ランキング上位に暖隆君が食い込んできたわけだけど」

「食い込むの早すぎじゃないですか?」

「もう少しでトップのジャスティン・ビーバーを追い抜けるかもなー。ちなみに今の暖隆君は嵐の大野君を追い越し、ジョジョ第七部のジャイロ・ツェペリと同じくらいの順位です」

「僕の場違い感が半端じゃない」

「ほらほら、求愛行動してみな~? 先輩はいつでも待っているよ?」

「うーん……」


 別に先輩の理想の彼氏になりたいわけじゃないけど、仲が良ければ居心地がよくなることは確かだ。僕はみかんをもらって食べつつ、先輩のいいところをいくつか挙げていくことにした。


「先輩は、意外としっかりしてるんですよね。こたつ部なんていうだらけた部にいるけど、勉強とか、将来のこともちゃんと考えてるし」

「んふふふー」

「それに笑顔が素敵で、きっと並の男ならそれだけで落ちると思います。僕も先輩の笑顔は好きです。ノーベル笑顔賞です。笑顔・オブ・ザ・イヤーです。おめでとうございます」

「えへへー」

「あと先輩といえば、話してて楽しいってところですね。まだ僕らが完全には打ち解けてなかった頃、七十七不思議のひとつ〝夜の音楽室に近づくとピアノが鳴り、情熱大陸のテーマが流れ始める〟について臨場感あふれる話を聞かせてくれた時は『あ、この先輩といられるならこたつ部も悪くないかな』と思えました。好きです」

「で、でっへへへ……」


 先輩が頭の後ろをかいてにやにやしながら顔を赤らめている。あ、これは調子に乗るぞ。調子に乗って『じゃあボクのことが大好きな暖隆君には帰るとき荷物持ちになってもらおうかな、ボクのこと大好きなんだからやってくれるだろう? ボクのこと大好きなんだから』とか言い始めるぞ。


 身構えていた僕だったが、しかし、先輩の口から出た言葉は予想とは違ったものだった。


「……本気に……してもいいのかい?」

「え?」

「だから……暖隆君は、ボクのことが……本当に、す、好き……なのかな……?」


 先輩は上目遣いになり、口元をこたつの布団で隠して、頬を朱に染めている。

 やばい……。

 そこまで純粋すぎるとは思わなかった……。


「あの、先輩」

「は、はい」

「僕は先輩のことが好きですけど、恋愛的な意味での好きというよりも、敬愛の気持ちの方が比重は大きいので、その」

「そ、そっか、そうだよね……あはは……びっくりした……ジャスティン・ビーバー超えてくるものだから……」

「超えたんですか……」

「うん……ジャスティン・ビーバーを超えてBランクのランキングのトップになったから、Aランクのランキングに昇格を果たしたよ」

「最下位からスタートするやつ!」


 ヒカルの碁で院生になったヒカルがやっとの思いで2組から昇格したと思ったら1組の高すぎるレベルに打ちのめされているシーンを思い出していると、チャイムが鳴った。生徒はさっさと帰れという意味のやつだ。


「さあ、帰ろうか暖隆君」

「はい。じゃ、こたつ消しますね」


 そうして僕らはこたつ部の部室を後にする。

 次に来るのは来年の冬休み明けだ。


 ふたりして部室棟を出て、校門での別れ際、先輩が「んじゃー、またね」と言ってくれる。


「また来年、ですね。よいお年を」

「よいお年を。年賀状送るね」

「ラインとかでいいのに」

「ボクが送りたいの。さて、今年はどんなイラスト描こっかな~」


 あたたかそうなマフラーを翻し、先輩は去っていく。なんとなく名残惜しさを感じる。けど、先輩の家はここから近いようだし、送っていきますと申し出るのも不自然だ。

 先輩の後ろ姿をしばらく眺めてから、僕は最寄り駅への道を歩き始める。

 粉雪がちらちらと降っている。

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