第三の地平

◇2017/12/21(木) 晴れ◇




 今日は僕の方が先に部室に到着した。こたつの電源をつけてぬくぬくする。家から持ってきた小説を取り出し、しばらく読むことにした。

『know』というタイトルのSF小説だ。

 2081年の未来という、超情報化社会となった日本が舞台のこの小説は、なにかの賞にもノミネートされたらしい。著者名のところには野﨑まどと書かれている。確かSFアニメの脚本もやってたなこの人。よく知らないけど、人気なんだろうか。


 家で読んできた分も合わせて100ページくらい読んだところで、部室の扉が開く。


「やぁ」


 入ってきた陽奈ひな先輩の挨拶に、「こんちはー」と返して本に視線を戻す。


「なにを読んでるんだい?」

「野﨑まどっていう作家の、『know』です」

「ほう?」


 先輩がフクロウみたいな声を出す。なぜか嬉しそうな響きがある。僕は顔を上げた。

 先輩は僕の方を見ながらスマホを取り出して、「ほう、ほう、ほう」と言っている。


「どうしたんですか……」

「ほうほう、ほーう?」


 そして先輩が見せてきたスマホの画面には、電子書籍のアプリが表示されていて。

 よく見ると、その画面内の本棚には、〝野﨑まど〟と名前が付けられていた。


「……ほう」


 僕もついフクロウになる。本棚を見ていくと、先輩が電子書籍として購入したのだろう野﨑まどの本がズラリと並べられていた。


暖隆あたたか君。きみも野﨑まど先生の作品のファンだったとは。さあ、今日は語り明かそう」

「今日アニポケあるしもう帰りますね」

「アニポケは七時ごろからだし部活が終わってからでも間に合うじゃないか。さて、暖隆君はまど作品は全作読んだのかい? そのknowを読み返すのは何回目? 一番好きな作品は? ボクはやっぱり『2』かなあ、ギャグも最高だし仕掛けも最高。あ、ちなみに〝ツー〟と読む派? それとも〝に〟と読む派? ボクはなんとなく〝に〟だったけど言いにくいんだよね~」

「先輩」

「うん?」

「まず、僕は野﨑まどのファンではないし、この小説が初めての野﨑まどです」

「あ……そうなの……。そっか……」


 早口で語っていた先輩は少し肩を落とした。

 しかしすぐに復活する。


「我々〝まどらー〟は新規読者を歓迎するよ! そのknowが気に入ったなら、ぜひ他の作品も読んでほしい。そしてボクに報告してほしい! まど作品の一部には、読む順番を間違えると最大限に楽しむことができなくなる作品群があるからね。そのへんを教えてあげなくちゃならない」

「はあ。読む順番」

「『野﨑まど 順番』で検索とかすれば出ると思うけどね。あ、そういえば暖隆君は冬コミには行くんだっけ?」

「東京、遠いからなあ」

「実は野﨑まど先生のファンが作った二次創作を集めた合同誌が、冬コミで頒布されるらしいんだ」


「へえ……」

 ここで僕は先輩の趣味が絵を描くことだということを思い出す。

「もしかして先輩もなんか描いたんですか? 二次創作」


「いや、ボクはちょっと次元の壁に阻まれてというか……〝根〟のせいであちら側には行けないというか……自分自身と按達の誓いをしなきゃだめというか……」

「はあ……?」

「寄稿したかったなあ……。まあいいか。ごめんね、読書の邪魔をして。ボクは音を立てないようにFGOでもやってるから、きみは存分に読むといい」

「はい」


 その後、僕は第一章のラストシーンで「えっ」と声を漏らし、そこからの怒涛の展開にどんどんページをめくってしまい、すぐに読み終わってしまったのだけど、そんな僕の様子を先輩は『ほら面白いだろう?』とでも言いたげにニヤニヤしながら見ていた。なんか悔しいのでFGOでガチャを引く。エレシュキガルが出たので小躍りして見せびらかして先輩に蹴られた。

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