トイレノハナコサン

◇2017/12/20(水) 晴れ◇




 外は冬晴れで、その日差しは積もった雪をきらめかせている。日当たりがいいというほどでもないこたつ部の部室も、蛍光灯をつけたのと同じくらいには明るい。つられて気分も明るくなりルンルンと鼻歌を口ずさんでしまうレベル。ああ楽しいなあ。


 後半は嘘だ。


「オ゛……ア゛……」

「あの、先輩」

「なんだい暖隆あたたか君」

「オ゛ォァ……」

「いや、ホントにこの人、先輩の友達なんですか」

「そうだよ。小学校からの付き合いなんだ」


 僕は恐る恐る、正方形のこたつの左辺に座っているその人を見る。

 肌は青白く、黒髪は長くて顔が全部隠れている。白い服には黒ずんだような汚れがあちこちにあり、どことなく湿気を放っているような感じもする。口のあたりからは怨霊みたいな声を漏れ出させていた。


 僕から見て右辺に座る陽奈ひな先輩が「さあ」と促す。「はーちゃん、自己紹介」


「ア゛ノ……トイレノ、ハナコデス……ヨロシク……」

「あ、こちらこそ……古沢暖隆です、よろしくお願いします……」


 お辞儀されたのでお辞儀し返す。トイレの花子さんは「ウフフフフフ……」と笑った。怖い。怖すぎる。そして聞きたいことが多すぎる。


「ええと、確認なんですけど」

「うん」

「この……こたつ部に今回遊びに来た花子さんは、先輩の同級生の友達で。一緒に小学校と中学校を卒業し、同じこの冬高に通っていて。ということは、普通のお方なんですよね?」

「うーん。普通かといわれると、ちょっと違うかな。都市伝説的存在というか、七不思議的存在というか。だって能力的には、トイレの中に人間を引きずり込んだりできるし」


 僕は唇を引き結んだ。マグカップの紅茶に口をつける。喉を濡らす。そして息をついて、先輩を見る。


「まじですか?」

「ああ、誤解しないでね。はーちゃんはまだ誰も連れ去ってないから。ちょっと見た目が怖くて、感情表現と喋ることと太陽の下が苦手だし、トイレを汚く使う人にうっかり呪いをかけちゃうのが玉に瑕だけど、でもいい子なんだよ? はーちゃんがいるトイレは、いつも清潔さが保たれていると好評なんだ。人がいないとき、掃除してるんだよね」


 ねー、と先輩が笑いかけると、花子さんも、ア゛……と恥ずかしそうに応じる。僕はこれからもトイレを綺麗に使おうと思った。呪い怖いし。


「はーちゃんはね」

 先輩が続ける。「ボクが小学校に入ってから最初に新しくできた友達なんだ。あの頃はお互い、小さかったね。出会ったのは、ボクがガキ大将にひどいことを言われてトイレの個室で泣いている時だった。あの時、洋式の便座に肌が触れて、こすってしまったんだろうね。煙とともにトイレの中から六歳のはーちゃんが現れた」


「花子さんが出てくる原理って、ランプをこすって出てくるランプの魔人と同じなんですか?」

「知らないけど。で、泣いてるボクを一生懸命慰めてくれたんだ。それからはずっと仲良しだったよ。ねー。学校を卒業する時も、卒業式は一緒にいられなかったけれど、終わった後にトイレに行ってふたりだけで卒業写真を撮ったんだ。懐かしいなあ……」

「オ゛アァ……」


 先輩と花子さんは遠い目をする。昔の思い出をその瞳に映しているようだった。

 えぇ……。

 先輩は変なところのある人だと思ってたけど、七不思議、いや七十七不思議といわれるヤバイ存在と友達だったのか……。


「そういえば、三月になったらボクらも卒業だねえ……」

「ウ゛ゥ……」


 ふたりの三年生女子がどこか物憂げに呟く。

 卒業しても、ふたりは一緒の大学へ進むんだろうか。

 僕は先輩のいないこたつ部を思い浮かべて少し寂しくなる一方、七十七不思議のひとつと友達になるくらいにたくましい先輩がたくましく大学生活を過ごしていくのを想像し、なんとなく、安心する。

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