あたたたたたたたたたたたたたた

◇2018/3/1(木) 曇り◇




 今日のこたつ部は静かだった。


 というか最近はこたつ部四天王を名乗るOBが来たり冬高秘密探偵団の人が来たりしていて、うるさすぎたんだと思う。この静けさこそが本来のこたつ部の姿といえるのではないか。


 でも陽奈ひな先輩がいないのは少し寂しいな……。

 大学関係の用事で今日は来られない、と先輩からLINEが来ていたので、今日は訪問者がいない限り部室にふたりきりとなる。


「ころなちゃん」

「?」

「暇じゃない?」


 僕・古沢暖隆あたたかは、さっきからこたつに入ったままにこにこしているだけの新入部員・ころなちゃんに声をかけた。


「……? ひまじゃ、ないよ……?」

「ならいいんだけど……」


 にこにこしてるだけなのに暇じゃないって、何か考え事でもしてたんだろうか……。


 再び沈黙が下りる。

 外から運動部のランニング中の掛け声が聞こえる。

 もうああいう普通の部活は三年生が引退して、僕と同じ二年生が部長を務めてるんだろうな。


 もう三月だ。

 冬北高校の卒業式は三月九日。


 いつの間にこんなに時間が経っていたんだなあ、と思う。去年の十二月から平日はだいたい部活に来ていた。陽奈先輩との時間は残り少ないのだと一応自覚はしていたから、その時間を大切にしようと思っていた。

 できてただろうか。

 そして何より、陽奈先輩の残り少ない時間を、多少なりとも彩ることができていたんだろうか。


「あーくん先輩……」


 ぼんやりと考えていると、ころなちゃんが心配そうにこちらを見てくる。


「眉間に、しわ、寄ってる……」

「ああ、ちょっと考え事してた」

「どんな……?」


「……ちょっとね」

 僕は言葉を濁してから、そうだ、と思い出してカバンからあるものを取り出す。

「せっかくだから、今日、書こう。これ」


「これ……色紙……?」

「寄せ書きのね。陽奈先輩に贈ろうと思って」


「わぁ……」

 ころなちゃんが目を輝かす。

「いいと思う……」


 書く? と訊くと、ころなちゃんはこくんと頷くので、まっさらな色紙を渡した。


 さて僕は何を書こうか……と思っていると、スマホが振動する。

 画面を見ると、メッセージが通知されていた。

 LINEを開いて反応を返す。



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陽奈先輩

<あたたたかくーん。


           あたたかです>


陽奈先輩

<あたたたたかくん今部活中?


           あたたかです>

           そうですけど>


陽奈先輩

<ころなちゃんと二人きり?


          まあそうですね>


陽奈先輩

<ピピーッ!

<不純異性交遊をやめなさい!


             えぇ……>

       先輩今暇なんですか?>


陽奈先輩

<今から帰るとこだよー。

<そんなことより

<もしもころなちゃんと二人で

<怪しいこととかやってたら


           やってたら?>


陽奈先輩

<いつもの6倍お尻ぺんぺんです。


      されたことないですけど>

           人生で一度も>


陽奈先輩

<ということは

<あたたたくんのお尻は

<ボクが初めてぺんぺんするのか!


           あたたかです>

  というか怪しいことしてないんで>


陽奈先輩

<(ホントぶぅ?と言う可愛い豚のスタンプ)


     (豚の丸焼きのスタンプ)>


陽奈先輩

<食べないで!!!!!!

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 思わず笑みをこぼしていると、ころなちゃんが「書けた……」と言って色紙を僕の方へ差し出した。


「うん。可愛い字」

「変なこと……書いてない……?」

「んー、大丈夫だと思う。ころなちゃんの言葉なら、何でも届くだろうし。……さて、僕も書くか」


 こたつ部は、卒業式の前日、三月八日で活動を休止する。そういう決まりだ。そしてまた2018年の冬に活動を再開するけれど、そのメンバーに陽奈先輩はいない。


 僕は今では、中学生時代の友達のうち何人かと疎遠になってしまっている。

 陽奈先輩もあいつらみたいに、いずれ離れていってしまうかもしれない……そう思っていた時期もあった。


 今は違う。


「よし」


 僕はペンをとり、色紙にサラサラと書き込んでいく。

 先輩への感謝と、記憶と、冗談と、あと未来へ背中を押す言葉とか、そういうのを。

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