冬北高校こたつ部日誌
かぎろ
2017年度こたつ部活動記録
2017年
全人類救済篇
◇2017/12/18(月) 曇りのち雪◇
今時は学校の七不思議なんてもの、小学校でだって話題にはならないと思うのだが、この高校にはそれに類するものがまことしやかに噂されていた。それも七つの不思議なんてものじゃない。新聞部の作った〝冬高ディクショナリー〟にはこんな項目がある。
冬北高校七十七不思議
ふゆきたこうこうななじゅうななふしぎ
【意味】冬高に関わる七十七つの不思議な事柄。不老の留年生、特別棟の無限1UP階段、冬だけ活動するこたつ部など。七十七つもない説や、百八つある説がある。
窓の外を見ると雪が降っている。この季節、雪は飽きるほど降るけれど、綺麗だとは思う。面倒だとも思う。帰りたくないなあ。このままこたつでぬくぬくしてたいなあ。そんな堕落した考えのまま、僕はこたつの中に冷えた手を差し込んだ。
あたたかい。
正直、今この瞬間だけは、学校に住んでいたいなあとか思う。
ここは冬北高校こたつ部の部室だ。
こたつ部は冬季限定部活動とかいう妙な部活で、部員も規定の人数に満たないふたりだけ。活動内容も一般には謎。そんな部活がなぜ存在できているのかが不明なのも、七十七不思議に選ばれた理由のひとつだ。ついでに言うと部室棟に掘りごたつがあるのも謎だし、それを使っていても誰も咎めないというのも、謎。
と、このように七十七不思議のひとつを抜き出してみてもわからないことばかりだし、実際こたつ部の部員である僕ですらも知らないことが多すぎる。
だから、今日こそ聞き出そう。
おそらく全てを知っている、こたつ部の五十代目の現部長に。
「
「くかー」
「先輩?」
「くぴゅー」
寝てる……。
「起きてくださいよ、陽奈先輩」
僕は身を乗り出して、こたつの反対側で眠る先輩の肩を揺すった。先輩のストレートでなめらかな黒髪がこたつの上に広がっている。風邪引きますよー、と声をかけながら頬を指でつつくと、ぷにぷにと柔らかい。
「んぁ……?」
「おはようございます先輩」
「寝てたかぁ……何分くらい寝てた……?」
目をこすりこすり、陽奈先輩はううんと伸びをした。幼児体型と揶揄される小さな体が腕を伸ばす様子は、植物の子葉が芽吹くような健気さがある。ニーソックスの細い脚がこたつの下で僕の脚を蹴飛ばした。
「そんなに寝てなかったと思いますよ。ところで」
「んー?」
「そろそろこたつ部の謎について教えてください」
先輩は目をしばたたかせた。「謎?」
「ほら、どうしてこんなだらだらするだけの部活が存続できているのかとか、あるじゃないですか」
「ああー。それ、実はボクもわかってないんだぁー」
「えぇ……」
「
「僕ですか? 僕にはなんとも……」
そもそも僕がなぜこたつ部なんかに入っているのかというと、前の四十九代目の部長に『名前があたたかそうだから』という訳の分からない理由で指名されたからだ。事情なんて全然知らない。
答えに窮していると、先輩は、んっふっふーと笑った。
「ボクが思うにね」
「はい」
「こたつ部は全人類の〝だらだらしたい〟という気持ちの集合体だと思うのさ」
先輩はこのようによく妙なことを言い出す。
「はあ。集合体」
「だって考えてもみなよ。ボクら人間は、いつだって自分の中に感情を生み出し続けている。喜んだり、怒ったり、悲しんだり……でもその感情は、全部がエネルギーになるとは限らない。状況次第じゃ、押し殺さないといけないこともあるだろう?」
話が見えない。「よくわからないです」
「押し殺した感情はどこへ消えちゃったんだと思う? わからないけど、不思議だよね。〝だらだらしたいという気持ち〟だって、必死で自分の中で押し込めて授業に集中したり趣味に打ち込んだりしてたら、いつの間にか弱まってたりするじゃん。その弱まった分はどこにいったんだろう? きっと、ここだと思うんだ」
「ここって、こたつ部ですか?」
「つまりこたつ部は、全人類のだらだら欲の吹き溜まり。こたつ部がなかったら、だらだら欲は押し殺そうとしても消えず、全人類がだらだら人間になっちゃうんだ」
先輩は自分の言っていることが世界の真実であるとでもいうように、えっへんと腰に手を当てた。
論理的に飛躍とかがあるけど、こういうのには慣れているので、僕は「そうですか」と素っ気なく呟く。「ということは、僕らこたつ部という存在は全人類の役に立っているというわけですね」
「そのとーり! 人類を救っているんだから、もっとご褒美が欲しいよねー」
「だらだらしてるだけですけどね」
「ボクたちがだらけるのは義務なんだ。世界を救える力を持つ者にとってのノブレス・オブリージュなんだ」
「そういうことにしておきます」
「暖隆君」
そこで先輩がどことなく心配そうな上目遣いをする。
「……こたつ部は、退屈かい?」
僕の対応が素っ気なさ過ぎて不安にさせてしまったのかもしれない。
しかし僕はこたつ部でのだらだらとした放課後の時間が嫌いではなかった。
ぼーっと窓の外の雪を見たり、スマホでアニメを見たり、ソシャゲやったり、小説を読んだり、みかん食べたり、先生(部室に居着いている猫の名前)を撫でたり、適当に宿題をやったり、宿題をやるうえでわからない部分を先輩に質問してみたり、そういう時間はむしろ好きだった。もちろん先輩の変な話をぼんやりと聞くのも楽しい。大したものは生み出さないゆったりとした時間。なんか、いい。そういう意味では、こたつ部に入れてくれた先代部長には感謝しているし、陽奈先輩にもありがとうを言いたい気持ちがある。
「退屈なんかじゃないですよ。だらけた時間も悪くないし、先輩の話は面白いです」
「そうかい?」
「はい。いつもおもしれーなって思いながら聞いてます。ノーベルわけわからん話賞を取れると思います。心の癒しです」
「そ、そう? 照れるな~。あ、みかん食べる? 剥いてあげるよ~、かわいい後輩のためにさ~」
先輩はんふふふーと笑いながらこたつのみかんを剥き始める。この人は褒められて伸びるタイプだなと思った。でもそこまで褒めてないのにちょっとおかしいよなこの人。せっせとみかんを剥いてくれる先輩は少しだけ忙しそうで、嬉しそうだ。
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