20、冬がくる

 ――冬が迫っていた。

 タンスからマフラーを出した。

「……」

 それを見て、俺は無意識に息を吐いた。

「もうすぐ1年か……」

 むせ返るような花のにおい。

 ……俺はあれ以来、ユリのにおいが、少し苦手だ。



  ◇



「もうすぐ冬だ」

「ああ」

 その日、俺は定時に上がった。

 そのまま、堺と飲みに行く。

「冬と言えば、年末だ」

「……そうだな」

「年末と言えば、クリスマスだ」

「……」

 何を言おうとしているか、推測ができた。

「合コンだ」

 俺はビールを飲んだ。

「あ、すいません、生もう1つで」

「お前は絶対、二度と誘わん」

 ……へいへい。

 合コンの一件以来、こいつは事ある事にそれを繰り返してる。

「あの子な、俺、好みだったんだぞ?」

「何て名前だっけ?」

「…………忘れたけど」

 俺は笑った。

「お前、あれからも何回か行ってるみたいじゃん?」

「うるせー!! 死にたいか」

 まだ死ねないな。せめて、出汁巻き卵がやってくるまでは。

「二度と誘わん。いいな、二度とだ」

「はいはい」

「……くそ、後で泣いても知らないからな」

 ははは。

 つまみを食べて明後日を眺める。その顔が堺にはどう映ったか知らないけれども。

「余裕ぶっこきやがって」

「……そう見えるのかよ」

「見える。余裕な感じ。大人の男ぶりやがって」

「堺、飲みすぎ。ピッチ早いし」

「うっせー。店長、おかわりください」

 店長に直接ビール頼むなよ。どんだけお前は偉いんだ。

「そうだ」

 俺は、酔っ払いに話が通じるか案じたけれども聞いてみる事にした。

「お前、職業穴掘りだったよな?」

「は? 何言ってんだ。お前と同じ営業だろうが」

 へんだ、この前失敗しましたけどねーっと、堺はなぜかゴリラ顔しておどけて見せる。あの日お前、本気で落ち込んでたけども……笑っていいなら笑うぞ、おい。

「趣味の方だ。確か虫取り名人兼穴掘り名人だったよな?」

「……〝伝説の陶芸家〟兼〝最強の穴掘り名人〟だ。しかもそれ、いつの話だ。1年くらい前だろうが?」

「今は何だ? 違うのか?」

「〝宇宙をまたに掛ける引越し職人〟兼〝虫けらどもも振り返るほどのトップダンサー〟だ」

 ……こいつは一体、どんなゲームで何を目指してるんだろうか……。

「と、とにかくだ。穴掘りって面白い?」

「は???」

「あ、いや……俺が今やってるゲームで、穴掘りのスキルがあるんだけども……それを覚えた知り合いが、その……物凄く楽しそうで……」

 誰の事かは、言うまでもない。

「穴掘りか。確かにあれはヤバイ」

 堺は赤く染まった真顔で言った。

「ロマンがある」

「……どんな?」

「例えば、掘って爆弾を埋めるなど、だ」

 爆弾を埋める!?

「爽快だ。踏んだ奴が吹っ飛ぶ所を見るのが好きだった」

「……地雷というやつか……?」

 何と恐ろしい趣味をこいつは……未だ世界には発見されない地雷のせいで、どれだけ人が命を落としているか、お前も学校で習ったはずだろう。同じ学校だったんだから。

「穴掘りの基本技は無論、【落とし穴】だ。まぁ、俺がやってるゲーム内での話だけどな。【落とし穴】を極めた向こうに、【爆弾を埋める】【トラップを仕掛ける】【人を埋める】【卵を埋めて孵化まで見守る】。さらに修行を進めれば、【灯油を掘り当てる】【井戸を作る】【ゴミ処理場を作る】【地下帝国を作る】【核爆弾を埋める】というスキルも身につく」

「……………」

「女子に人気は、カメの飼育だな。海辺で穴掘って、カメが来るのを待つんだ」

「……母ガメがする事じゃないのか? それ」

「ああ。だからうまく行く確立は10分の3ほどだと聞いた事がある。でもうまく行ってカメがそこに卵産んでくれて、孵った時はめちゃくちゃ感動するらしい。海に旅立って行くシーンは、涙で見えないと聞いた事がある」

「……………」

「何? お前来る? うちのゲーム、招待する?」

「……いや、いい」

 とりあえず思った。堺のゲームにメグさんを近づけないようにしなければ。色々危険過ぎる。

「あと……お前のゲームって、PKあるの?」

「PK? ……ああ、パーソン・キラーね」

 それ、プレイヤー・キラーの略じゃねぇの!? 直訳で完全に「人殺し」になるじゃん!!

「できるんじゃね? 俺もよく、人、埋めたし。出来損なった陶芸を投げつけた時もある。最近は、俺のダンスで〝死亡〟する奴も、」

 ……。

 堺。こいつとは中学以来の付き合いだが。旭丘に受かった時は、奇跡でもいいからこいつがいてくれて助かったと思ったが。

 ……今日もまた思う事になった……俺よりバカがいて、よかったと。

「あんだよ」

「何でもない。あ、俺の出汁巻き卵取って」

「もーらい」

「は!? わ!!」

「うまうま」

「……殺す」

「ぐわっ、ぐるじぐるじ、助けっ」





 今日は行けないと、メグさんに連絡はしていた。

 メグさんも友達に会うと言っていた。

 終電ギリギリまで、俺と堺は飲んだくれた。

「瞬介、車持って来いよー、家まで乗せてけ」

「捕まったら、同乗者も同罪だからな」

「俺は、よい子だから、警察からは見えんのだ」

 ……完全に俺達は(特に堺は)、酔っ払ってた。

「んーじゃーなー」

 方面同じはずなのに、なぜかあいつは反対方向の電車に1人乗ってった。でも俺は違和感なく、「じゃーなー」と手を振って見送った。

 俺はちゃんといつもの電車に乗って、帰宅の道を進み。

 駅までは、やってきた。

 ……そこで問題が起きた。

 何気に見た携帯。着信に気付いたのはその時だった。

 メールだった。

「あ……」

 上司からだった。

 仕事のメールだった。

 緊急事態だった。

 今晩中に連絡を寄越せと書いてあった。

 ……酔いも眠気も一気に覚めた。

 時間は日付が変わる頃。

 無論……着信も何度か鳴ってる。

「やばい」

 ――道は、駅前を過ぎて少し暗い所に差し掛かっていた。

 慌てた拍子に電話を落とした。

 気が動転していた。

 世界がぐらつくような感じさえして、目を閉じた。

 ――だから、一瞬気付くのに遅れたのか。

「あ」

 気付いた時、曲がり角から車が来ていた。

 その瞬間、俺は中腰で携帯に手を伸ばしてた。

 やばい。そう思ったけれども。

 目が眩むほどの光と。

 威勢のいいクラクションが耳を貫いて。





「……あれ?」

 気がついたら俺は、病院にいた。





  ◇



「瞬介ッ!!」

 落ち着け、母。

「馬鹿者ッ!!」

 落ち着け、父。

 俺は大丈夫だ。

 そう言いたいのに。それよか先に勝手に両親が叫びだして。

「あんた、馬鹿ッ」

「どこを見て歩いてるんだ」

 ……結局第一声は、

「未来」

 などというとんでもない第一声になってしまった。

 母さんが泣きながら俺の顔をぶん殴ろうとして、看護婦さんが止める。

「お母さん、落ち着いてください」

「う、ううう……」

 泣くなって。みっともないから。

 困るなぁ、本当に……。

 大体、色々オーバーなんだ。ちょっと道路にひっくり返っただけなのに。こんな、病院に担ぎ込まれて寝かされるなんて。

 ――車に引っ掛けられた。ギリギリでかわした。その時電柱に頭打った。

 たまたま歩いていた人がいて、驚いて駆けつけてくれた。運転手も血相変えて飛び出した。

「大丈夫れす」

 舌が回ってないのは、飲酒のせいだから。

 でも、救急車が現れ、無理矢理タンカに乗せられて。

 拉致された。

 ……その間に良く分からないけれども意識失ったみたいで。

 気付いたら病院のベットの上だった……という流れになる。

「参った参った」

 俺は苦笑して見せた。

 母さんはまだ泣いてる。取り付く島がないから、父さんに言った。

「大丈夫だから。……何か、今日は泊まりらしいけど」

「そうか……」

「明日、一応頭の検査するって」

「……」

「悪い」

 苦笑しながら、横になりながら、頭下げる。

 悪い。

 不注意だった。

「母さん、大丈夫だから」

「……」

「心配させて、ごめんな」

 兄貴亡くした両親に、嫌な物を見せた。

 ……ごめんなと。俺はひたすら謝った。

 母さんは泣いてたけれども、「ちゃんとしっかり前見て歩きなさい!!」と最後には無理矢理笑いを作った。

「どうせ携帯見てて車に気付かなかったんでしょ!!」

「――ッ!! うわ、あ、俺の携帯どこッ」

「は?」

「仕事の、メールきててッ……!!!!」





「はい……です。そうです。すいません、連絡が遅くなって……」

 通常モードだろうが、ゲームの中だろうが、事故に遭った後だろうが。

 俺はやっぱり、頭を下げる。

 ……連絡遅くなった件、本来ならば課長は力いっぱい怒鳴ってくるだろうけど。「事故に遭った、入院してる」という言葉でお怒りは間逃れた。

 ラッキーだ。……いや、そうでもないか。

 俺の代わりに堺に引き継ぎを頼む事にすると言ってたけど。……あいつ、果たして無事に帰れただろうか……。

「やれやれ」

 公衆電話を使うのは久しぶりだった。にしても、足が痛い。捻挫しているみたいだった。

「いたた」

 足捻挫するなんて、子供の時以来だなと1人で笑ってたら。

「瞬君……ッ!!」

 え? と俺は振り返った。

「あ」

 メグさんだった。

「あれ? 誰か連絡したの?」

 俺は笑おうとした。あはは、このザマだよ。見て見てと。

 でも。笑いの衝動は溶けて行った。

 メグさんの涙で。

「瞬君……」

「メグさん」

 ごめん……ごめん。俺の脳裏でひたすらその言葉が渦巻く。

 ごめん、思い出させるような事してごめん、不注意してごめん。ごめん、ごめん……。

 ――この一年、俺は必死になってきたのだと初めて気付いた。

 誰かを傷つけないようにと。メグさんと、親を、これ以上傷つけないようにと。

 思ってきたけれども。

「ごめん」

 浅はかだった。

 ……廊下に、泣き崩れた彼女に。俺は慌てて駆け寄った。

 捻挫の痛みなんかどうでもいい。

 もっと痛い思いをさせたから。

「……大丈夫。無事。何ともない」

 その言葉を片言のように繰り返し。俺は彼女の肩を抱いた。

 ……頭を、掻き抱いた。





 ――冬が来る。

 兄貴が死んだ冬が、またくる……。

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