18、新しい技

 メグさんは怒っている。

 理由は色々ある。

『ごめん、て』

 俺は謝った。でもメグさんから返事は戻ってこなかった。

 ……最初に逆鱗を買ったのは、装備品の事だった。

 【テネシーブルー】潜入後……〝クロスリンク〟で会ったメグさんは。開口一番こう言った。

『どちら様ですか?』

 ……装備品を【皮】シリーズに変えた事で、見た目が変わったからだった。

 本当にわからなかっただけなのかもしれない。

 でも、すぐに怒り出した。

『勝手に変えた!!』

『いや、ごめん。色々事情があって』

『装備を変える時は一緒だって言ったじゃない!』

 その場に【ハム】はいなかった。肝心な時にいない。正直ムカついた。

『事情って何よ!!』

『いや、それが……』

 続けざまに、怒られる要因その2を白状する事になった。

『【テネシーブルー】に行った!!?? 私がいない間に!!??』

『あ、えっと……【ハム】が。今日行こう、今すぐ行こうって。聞かなくて』

『信じられない……勝手に行ったの!? 私も見たかったのに!!』

 ……その時点で、【テネシー】の脅威をメグさんは知らない。

 見たかったのにとか、行きたかったのにとか、そういうレベルの町じゃない……いや、俺も見るまではメグさんと同じような印象だったと思うけど。そこに、〝兄貴が描いた美しい世界〟は存在しない。

 どう説明するべきか悩んだけれども、説明しない事には俺はメグさんに嫌われてしまう。

『あのね、実は【テネシーブルー】という場所は……』

 いっそ電話の方が早いか、と思ってスマホを取り出した。

 けどその間に。

『大体、そんなに装備が整えられるお金がどこにあったの!?』

 うわ……もう最悪だ。

 そこまで白状しなきゃならないのか……。

『ごめん……【ハム】が言ったんだ。【ハム】なんだ。文句はあいつに言ってほしい』

『何なの!!?』

『……【イノシシの肉】を売り払いました……』

 沈黙。そして沈黙。

 ……こぇぇ……。

 俺は渋る思いでメグさんに電話をかけた。

 そして。

「牡丹鍋にするって言ってたでしょ!!!!!!!」

 メグさん……ごめん。

「そのために私、【おなべのフタ】を大切に取ってあるのよ!!???」

 メグさん………フタだけじゃ、料理はできないんだ……。

 でもメグさんに俺は生涯敵わない。

 謝るしかない。

 ……いっそゲーム上の方が怒声が聞こえないから良かったかな? とも一瞬思って。俺はとりあえず肩を落とした。





「魔都、ね」

 【テネシーブルー】で起こった事を説明する。するとメグさんは深々と溜め息を吐いた。

「PK……何かムカつく」

「うん」

「10分に13回死ぬって。何それ1分に3回死んでる瞬間があるじゃない」

「……うん」

「やっつけてやりたい」

 俺はギョッとした。

「無理だよ。危険過ぎる」

「ふんだ。私を舐めちゃだめよ」

 どうしたんだろう、と俺は焦った。何やら今日のメグさんは迫力があるぞ。

「私も、瞬君に内緒にしてる事があるの」

「な、何……?」

「ふふん。やっぱ内緒」

 何だそりゃ。

「今度フィールドに出た時にいきなり見せて驚かそうと思ってたんだけど」

「まさか」

「ふふふ……私、新しい魔法を覚えたのよ!!」

 おー! そりゃ凄い。

「もう、回復魔法だけしか使えないメグさんではないわよ」

 凄い自信だ。

 あのメグさんがっ、文字の打ち込みもわからない、装備の仕方もわからなかった、ついこの前まで魔法の打ち方もわからなかったあのメグさんがっ!

「やっつけてやる」

 自信に満ち溢れてる。敵をやっつけると宣言している。

「どんな魔法を覚えたの?」

 今までは回復魔法【キズ・ナオル】しか使えなかったけれども。

「攻撃魔法よ」

 胸を張ってるメグさんの姿が目に浮かぶ。

「僧侶が唯一使える攻撃魔法なんだって。私も実はこっそりと、瞬君が着てない時に【ハム】さんに教えてもらってたのよ」

「あの不良戦士か……何系の魔法なの?」

「何系?」

 問い返されて、むしろ焦った。

「炎の魔法とか、稲妻とか、風とか……属性?」

 しばしの沈黙。そして。

「……地面?」

「大地系? 地震とか地割れとかそういう感じの呪文?」

「違うと思う」

 ……段々と、嫌な予感がしてきた。

「名前は?」

「うん。あのね」

 【リホナー】。

「……」

 リホナー? リホナー……りほなぁ…………。

「何かね、この呪文を使うと敵が地面に穴が出きるらしいの。敵をそこに叩き落して衝撃を与え、さらに上から攻撃もできるっていう優れものの術らしくて」

 瞬間、気付いた。

「【リホナー】……逆から呼んだら【穴掘り】じゃないかッ!!!」

 あ、とメグさんが言った。

「穴掘り! ああ、それで【リホナー】かっ」

 あのバカ戦士、メグさんに変な術覚えさせやがって……!

「穴掘りかぁ……なんだかパッとしないね」

 声が萎んだ。ううむ。

「せっかく大金はたいたのに」

 え?

「魔法覚えるのにお金かかるの?」

「あれー? 待って。私だけじゃないはずだよ? 瞬君だって剣士の技があるはずじゃん。【グリッド・エンブレム】のお城にいる職業の先生、あの人に話しかけて、好きな技を買うらしいよ」

「……」

「そうだ。そういや瞬君から技の事聞いた事なかったや。知らなかったとか?」

「……」

「ふふん。勝った」

「……ごめ、ちょっと城行ってもいい?」

 電話の向こうでクスクスとメグさんが笑ってる。

「ね、いい?」

「勝った」

「……わかったから。もう、行っちゃうよ」

「あ、待って待って。私もついていく。見てみたい、剣士の先生」

 そうか……あの性悪NPC……二度と会わないと思ってたけど、実は結構会わなきゃならない人だったのか……。

 知らなかった。というか、【ハム】め。俺にも技の事教えてくれればいいのに。

 ……まぁいいか。メグさんが嬉しそうにしてるから。ちぇっ。仕方がないか。





『何を求める、若き剣士よ』

 剣士専用NPC【バルト騎士隊長】。

 初めて会ったあの時、俺はまだレベル4だった。「見違えたぞ、小僧」とくらい言ってほしかったけれども。それはそれで面倒だからいいやと思った。

「剣士の技か……」

 選択コマンドが出た。

 【回転斬り】

 【隼はやぶさ斬り】

 【燕返し】

 【炎の舞】

 【天剣乱舞】

 【竜の一太刀】

「カッコいい……」

 剣の技。【細身の長剣】を手に入れて、技まで手に入れたら。もう俺、完璧に剣士だって自慢できると思う。

 しかし問題は、技の隣に金額表示が。

 この世界では、Zゼニーという貨幣単位がある。

 皮の防具にお金を使ってしまったので、大きな技は買えないが。

「とりあえず無難に初歩の【回転斬り】からかなぁ」

 それでもドキドキした。

 【回転斬り】を選択し、「OK」を押したら。

『ふははは』

 なぜか【バルト騎士隊長】は笑い出した。

『良かろう。お前にその資質があるか、見極めてくれる』

「え」

『さぁ、掛かって来い!!!』

 えー。

 また? またなの?

 ……そして。

 思い出される悪夢……剣士になった時と同じく。

 【バルト騎士隊長】は100回くらい俺に打ち込みをさせて。最終的に一撃で俺をぶっ倒した。

『お見事』

 と、メグさんは【バルト騎士隊長】に賞賛の声を上げた。

『見事なり』

 【バルト騎士隊長】に言われても、嘘にしか聞こえない。

『そなたにこの技はふさわしい。今から伝授を』

 ――以下略。

 結局、【回転斬り】を覚えるために俺は、金と、体力を全部奪われた。

 体力は回復してくれたけれども。やっぱりたった1だけだった。





『武器の消費回数は関係ないみたいだね。【バルト隊長】と戦ったけど』

『そりゃ、あんだけ打ち込ませておいてさらに武器までぶっ壊された日には。あの親父、訴えられるでしょ』

 というかこの世界の職業制度は間違っている。給料も出ないのに資格だけ与えて、新しい技を覚えるためにまた金を出させるんだ。

 冒険者をカモだと思っている。そうとしか考えられなかった。

『王様ってどんな人だろ?』

 きっと天然パーマの近眼なんだろう。

 ――技を覚えた俺たちは、フィールドに出る事にした。

 そうそう。その前にメグさんの装備も整えた。俺だけ変えてるわけにはいかないからね。

 杖は新しく【紫の杖】。【皮のローブ】と俺に揃えて【脱兎の靴】を手に入れた。

 その際、

『【うさぎさんの耳】って何!?』

 メグさんは叫んだ。

 頭部装備品。女性限定装備・【うさぎさんの耳】。

 どうやってこれで頭を守るのか理解できなかったけれども、安いし、それなりに防御力もある様子。

『これつけると、アバターの頭も変わるのよね?』

『そうなるね』

『うさぎの耳つけて町中歩くのよね?』

『そうなるね』

『恥ずかしいから、やだ』

 ……残念。ちょっと見てみたかった。

 結局【カチューシャ】と【皮の手袋】を手に入れた。

 ちなみに盾。【おなべのフタ】は装備してない。なぜなら。

『使用回数が残り1回なの』

 消えたら寂しいからと、装備品から外したらしい。

『いつか、鍛冶屋さんに持っていくわ』

 ……鍛冶屋も困るだろ、鍋のフタ持ってこられても……。

 ゲームの世界には色々な矛盾が存在している。

 でも皆、郷に入らば郷に従う。こうやって、適応能力を磨いていくんだなと思った。





『さぁ行くわよ! 新しい呪文よ!!』

 フィールドに出た。思い切って俺たちは、最初に苦戦した西側の草原に行ってみる事にした。

 あの時とはレベルも違うんだ。凶暴なヒヨコも、前よりきっと大人しく見えるだろう。

『瞬君、手出しは無用よ』

『うん』

 メグさん、冒険者っぽくなってきたね。

『【リホナー】!!!』

 杖を振りかぶる。一瞬杖先がキラっと光った。

 そして。

 ズドン!!

「おおっ!!」

 今っ、結構派手な砂埃が起きたけどっ!!

 確かに、ヒヨコがいた場所に穴場ができた。縦横1マス増の円周。ヒヨコは頭だけ出してもがいている。その頭には『!』というマークがついてる。

 体力ゲージも今ので半分くらい減った。結構やるなぁ、【リホナー】。

 じゃあ次は俺が技を……と思ったら。

 ツカツカっと走っていって、メグさんはさらに杖を振り上げた。

 そのまま、上からヒヨコを殴りつけた。

 ボコボコと。

 何度も何度も。

 ヒヨコがそのたびに、『ギャッ』と鳴く。

 ……最終的に、ヒヨコは穴の中で煙になって消えた。

『やったわ』

 メグさんは誇らしげに俺に振り返った。

 俺は。

『……良かったね』

『うん。この呪文、使える』

 ……なぜだろう。凶悪に見えてたはずのヒヨコが。

 ……今日は、気の毒に見えた……。

 それから先、メグさんは自分で【リホナー】を使って敵を落とし、そして動けない状態になってる所を上からボコボコ袋叩きにするという行為をひたすら繰り返した。

 レベルも上がった。

 ……そうそう。いつの間に広がったものか。レベルが上がると、通りがかりの冒険者が踊って祝ってくれる事があった。

 間違いなく……地下の修練所が発祥だ。

 あの時何気に始まった事が、新米冒険者から〝クロスリンク・ワールド〟全域に広がろうとしている。

 それは画期的だったけど。

『メグさん、杖がもったいないよ』

『いいの。この方がやっつけてるって感じがする』

 ……それがしたかったんだね……。

 俺は、メグさんから目の届く所で勝手に【回転斬り】を試した。

 曲芸だった。

 でも、受けたヒヨコは『ふぎゃっ』と鳴いて煙になった。

 ……剣士だ。間違いなく俺は剣士だ。

 しみじみと噛み締めるその横で、メグさんは、穴に落としたヒヨコをいたぶり続けていた。

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