6、旅立ちの時

『力求める者よ。我に剣を立てよ』

 棒切れしか持ってねぇよ。

『我に向かってその力を振るえ。真に資格持つ者かどうか、我が見極めてくれるわ』

 偉そうにぶっこくんじゃねぇよ。

 資格なんてクソくらえだ。

 パソコンの前で叫んで、俺は棒を振り上げる。

 何度か打ち込む。でも、相手のNPCはダメージ受けない。

 しかも、こいつは攻撃もしてこない。

 キャラクター名は【バルト騎士隊長】。

 どういう設定の人かは知らないが、俺がキャラ作成の時に夢を描いたようなスキンヘッドの、いかつい顔をしてる。

 猛者だ。

 そしてこいつは、ハッキリ言って性格が悪かった。





『ごめん、遅くなって……』

 城の入り口に戻ると、そこにメグさんの姿見つけて。俺はひとまずホッとした。

『どうだった? 大丈夫だった』

『……あんまり』

 俺のステータス見てみ? とメグさんに言った。

 体力、1。

 最大値32だった。それを【バルト騎士隊長】は0にした。

 たった一撃で。

 こっちにマゴマゴと棒を100回くらい振らせた挙句にだ。一撃で0にして。

『見事。お前の根性気に入ったわ』

 ピカンと光って、回復させてくれたかと思ったら。

 ポイント、たった1つだけ。

『お前が剣士として生きる事を認めよう』

 ……あんまり嬉しくないと思った。

『メグさんは大丈夫だった?』

『うん。優しそうな人だったよ』

 僧侶の職業選定NPC……青いローブなんか着た、金髪だろうなと勝手に推察。

『ほら、僧侶の証にこんな物もらったよ』

 と言われても、俺には何だかわからない。

『えと……何?』

『祈りの指輪だって』

『えー? うちは何ももらえなかったけど。殺人剣でブチのめされただけだよ?』

『あはは。瞬君も僧侶にしとけばよかったね』

 ……いや、2人で僧侶やってもねぇ?

『今日からこれで、脱フリーターだね』

『うん。しっかり稼ぐよ』

『頑張ってね、剣士サマ』

 剣士様か……。

 うん……そうだな、俺も剣士なんだな……。

 しがない営業職の俺が、ついに剣士……。

『ちょっと、装備品でも見に行ってみようか』

 剣士が棒切れ振ってても様にならんし。

 ましてメグさんにいつまでもボロを着せて置くわけにもいかない。

 マップを確認する。城から遠くないな。

『行こう』

 手を取りたい。

 でも歩いているのは二次元の世界。メグさんの手は掴めない。

 けれども心は傍にいる。

『あ、試しに回復魔法使ってみようか?』

『え? できるの?』

『うん。1つだけ教えてくれた……でもどうやって使うんだろ?』

『……』

『待って。どっかきっとそういうの使うボタンがあるんだよね? 探してみるから』

『いいよ。放っておけばそのうち治るから。知力温存しといて』

 歩いてないけど、歩いてる。一緒に肩を並べてる。

 ……今まで生きてきた中で、きっと、一番長い時間を。

 俺はメグさんと過ごしている。



  ◇



「世の中やっぱり、金か……」

 剣士になった。

 でも俺はまだ、棒でスライムを叩いてる。

 せっかくだから剣でバサっとやりたいのだけど。

 金がなかった。

「高すぎる」

 新米剣士には、一番安い剣でも手が届かない。

 よくよく考えれば、職業に就いたって俺達には給料も出ない。だったらなぜ〝職業〟と言うのか。逆に腹が立つ。

『とりあえずレベル上げでしょ?』

 RPGをロクに知らなかったメグさんが、レベル上げという単語を打ち込んできた。これは実は物凄い事かもしれない。

『レベル7になると、外に出れるんだっけ?』

『うん』

『だったら、そこまで頑張ろう』

 画面の中、五頭身のキャラが微笑んでいるように見えた。

『……そだね』

 俺は棒でスライムを殴る。

 メグさんもスライムをツンツンしている。

 剣士と僧侶、肩書きだけは偉くなった気分でいたけれども。何にも変わってない。

 ――ある意味で俺達は、中学の頃から何も変わってないんじゃないだろうか? とも思った。

 大人になったけれども。世界は少し変わったように見えるけれども。

『瞬君、LEVEL UPしてるよ!』

『あ、本当だ』

『おめでとう』

『おめでとう』

『オメデト』

『ome』

『ww』

 また、メグさんを筆頭に踊りが始まる。

 俺は頭を下げる。

 すぐに、向こうでスライム相手に格闘していた人にレベルアップの光が点灯した。

 メグさんが踊った。

 俺も、踊ってみた。

 ……初心者の修練所は、初めて来た時より温かい場所になっていた。

 支え合う。そんな連帯感が生まれていた。

 でも。抜け出さなきゃいけないんだと思った。

 ずっとここにはいられない。

 この暗い空間が、窮屈に思えるようになったのは。

 ……俺が、剣士なんかになったからだろうか。

 やがて俺はレベル7になった。

 そしてメグさんも、その時を迎えた。



  ◇



 何もわからない所から始めた。

 メグさんはチュートリアルで1週間詰まったほどだった。

 歩き方、話し方もままならないままに。

 この世界にやってきて。この修練所に通って。

 初めてモンスターを倒して。

 小さなスライムにキャーキャー言いながら逃げ惑ってたけれども。

 でも、楽しかった。

 ……この場所は通過点だ。

 早い人は1日もいらない。僅か数時間でレベル7を超えて行く。

 誰も、こんな狭い暗い場所でスライムと戦うためにこの世界にきたわけじゃない。

 もっと広い場所へ。

 大きな世界へ、様々な物を見るために。

 この世界に言わば……生まれてきた。

 俺とメグさんは、兄貴の描いた世界を見るためにここに足を踏み入れて。

 ……だから。

 ここで立ち止まっていてはいけない。

 旅立たなければならない時がきた。そういう事だった。

『……メグさん』

 俺は個人用チャット・通称チャチャでメグさんに語りかける。

『今日はもう、落ちる?』

 レベル7になったし。

 ……次にログインした時は、もう、この場所に来る必要はない。

 二度と入らないかもしれない。

 その現実を前に。

 メグさんは立ち止まった。

 何を躊躇っているのか、何に怯えているのか。

 ……俺は、ただ待った。

 皆も止まってる。レベル上げをするためだけにこの場所にきている皆が。

 モンスターに目を向けずに、俺達を見てる。

 メグさんは沈黙した後に。

 最後に、深く頭を下げた。

 ……いや、それはただの、アクションコマンドの中の1つの動作だけれども。

 深く、深く。

 見えた、俺には。

 メグさんの、にじむ思い。

 ありがとう、先に行くから。

 ここは楽しかった、と。

 誰もそんな事しないよ。友達として語った事もない。

 ただ少し、この数日で見知った名前もあるけれども。

 ――踊った。プレーヤーの中の1人が。

 隣にいた者も、その傍にいた者も。

 次から次へと。アクションコマンドの1つの行為。それはボタンを押すだけの動作だけれども。

 ――進め。

 後から追うから。

 続くから。

 ……また会おうと。

 無言の中に、語ってる。

 これがオンラインゲームかと、そう思った。

 やった事がないわけではなかったけれども。俺は初めて思った。

 これが、人の心が通ったキャラクターが作る、世界なのかと……。

 メグさんは踊った。

 そうして俺達は修練所を出た。

 ゲームの世界の外は、変わらぬ晴天の町並みだったけれども。

 リアルの世界では、夕焼けが落ちていた。

 真っ赤に染まるその空は。

 ……綺麗だった。



  ◇



 外の世界に行くならば。揃えたい物がある。

 ようやく少し、お金もまとまった。

『剣を買うでしょ?』

『それからメグさんの服』

『私じゃなくて、【Megu】のね。まるで私が何も着てないみたいじゃないの』

『せめて【初心者の服】からは卒業したいなぁ……』

『靴とか手袋とか細かい装備品を手に入れられるまでに、どれくらいかかるのかしらね』

 まぁ、所詮はゲームの中だけれども。

 踏み出すために必要な事、後は覚悟と勇気。

 ――剣、一番安い【ショートソード】を手に入れた。

 それと【旅人の服】。ポピュラーだけど、でもやっと囚人服から解放されて、一般人になった気分だ。

 メグさんも【旅人の服】と【桃色の杖】を購入した。

『私も剣がいいな』

『装備できないでしょ、メグさん、僧侶なんだから』

『そういうもんなの?』

『そう。それに、杖持ってなきゃメグさん、魔法使えないよ?』

 そもそもメグさんは魔法の使い方、わかってるのかな?

 俺は使えないから……でも技の出し方は同じなのかな。俺はまだ何一つ技を覚えてないけれども。

『ねぇ、メグさん』

 俺は問いかけた。

『ん? 何?』

『……なんでもない』

『何?』

『行こうか』

 ――外の世界、もし何が待ち受けても。俺が守るから、なんて。

 こんな、ゲームの中で言う言葉じゃないね。

 リアルで……もっと大事な場面で言う言葉だ。

 でも俺にそんな事言う資格あるのかな。

 外の世界に広がるのは、仮想か、それとも現実か。

 どちらにしたって。

 ……俺は目を背けたくない……。


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