4、初めての修練所
「まず何をすればいいの?」
新しく始まった、俺の習慣。
「まずはそだね……レベル上げかな」
レベル上げ。電話口の向こうでメグさんが甲高い声を上げる。
「昔よく男の子が言ってるの聞いた」
「……俺は今でも聞くけどね」
昼間、堺が新しく買ったゲームでレベルがどうのと話していた。あいつの最近の趣味は、〝狩り〟だ。
「とりあえずレベル7まで上げなきゃなんない。そうしないと町から出られないみたいだよ」
「何で?」
「……初心者が世界で路頭に迷わないように、無理にでも練習させるためでしょ」
町の中央に修練所があるから、そこでレベルは上げられるらしい。
「それと、レベル3になったら職業決められるから」
――会社から帰宅して、メグさんより先にログインして、色々情報集めた。2人で揃って何したらいいかわからないなんて言ってられないからね。
少なくともこの世界では俺がメグさんの事を守らなきゃなんない。
「職業って?」
メグさんの声のトーンが落ちた。
「……ゲームでも就活するの?」
何か面倒な過去でも思い出したらしい……。
「うんにゃ。希望の職業のNPC……お城に行くと職業ごとに担当の先生みたいなのがいるから。その人に話しかければなれるらしいよ」
「へぇ……」
メグさんは返事をした。だけど正直、色々と不安だった。
「職業って、パイロットとか公務員とか?」
「……うん、ちょっと違うかな」
ボリボリと頬を掻く。
「んとね、最初に選べれるのは 確か10種類。剣士、魔法使い、僧侶、盗賊、召還士、吟遊詩人、弓使い……あと商人。武道家もあったかな」
「9種類だよ?」
「あと1つ……忘れちゃった。あんまり使えなさそうな職業だったから」
苦笑苦笑。……実は覚えてたけどさ。
10種類目、執事・メイドって。一体どんな技を覚えられるっていうんだよ。
「それぞれ職業ごとに違う技が覚えられるんだ。装備できる物も違うし、成長して行く数値も変わってくる」
「……」
電話口の向こう、沈黙が落ちた。
これはメグさんには未知の領域か、と困った時。
「盗賊の技って……万引きとか、スリとか?」
随分安っぽい盗賊が出てきたな。
「盗賊はさ、ダンジョンで活躍するんじゃね? 宝箱を開ける時にトラップが掛かってないか調べたり、ダンジョンの仕掛けを外したりとか、鍵開けしたりとか。ほら、盗賊の七つ道具みたいな。ああいうのが装備できると思うよ」
「泥棒とどう違うの?」
「……いや、そりゃもう、盗賊は冒険者……義賊だから。正義の味方なんだよ」
「そう言えばこの前、うちの近所で空き巣が入ってね……」
職業選択で盗賊だけは選ばないようにしようと思った。こんな所で不用意に、メグさんに軽蔑はされたくなかった。
……いや、普段なら俺、盗賊って結構使うんだけどね。小回り効くイメージあるから。剣士とかより好きなんだけど。
「とりあえず考えといて」
職業の話は締める事にした。
そしてメグさんが、各職業に関して何をどう考えるのかも。今は棚上げにする事にした。
20時ジャスト。ログインする。
出る場所は【グリッド・エンドレム】の中央広場。人で溢れてる。
ここが玄関口だから、待ち合わせにはいいし。ましてここには各掲示板もある。
イベント開催の案内とか告知とか、ギルドがどうのとかそういうのだ。
……まぁとりあえず俺とメグさんには今は必要ないかな。
ちょっと脇にそれて、メグさんが探しやすそうな場所に立ってる。
すると、トコトコと1人女性が近づいてきた。
女性は俺の傍までやってくると、一瞬沈黙。
そして、
『omagase』
……キャラクター名、【Megu】。メグさんだ……。
「……おまがせになってるよ、メグさん……」
画面のこっちで、俺は苦笑をした。
『今来たところだよ』
メグさん個人に届くようにコマンド変えて、俺は打った。
『kyou,zangyo-ninatte』
『……メグさんごめん、できれば日本語入力にしてほしい……』
――メグさんが操る【Megu】はブロンドの女性キャラだ。
メグさんと同じ長い髪。低い位置で1本に結い上げてる。
顔は一番ノーマルなタイプ。
……ちなみにメグさんはチュートリアルを抜けるまでに1週間掛かってる……。操作説明のNPCに話しかけていけばクリアできるんだけども、その仕組みも何もわからなかったらしい……。一昨日の夜、会社帰りに喫茶店で2人でノートパソコンを広げて、どうにかこうにか抜け出したんだ。
「やった。クリアできたわ」
メグさんはチュートリアルを抜けた瞬間満面に微笑んだ。お礼にとケーキセットをおごってくれた。……最初は苦笑したけれども、「良かったね」と言った時には俺も嬉しくなった。
『とりあえずじゃ、修練所に行ってみよう』
俺はチャット・チャンネル、通称チャチャを使ってメグさんだけに言葉を伝える。
メグさんから返事は返ってこない……動きもしない……。
最終的に鳴ったのは、携帯の方だった。
「ごめん瞬君。日本語入力ってどうすればいいの?」
「普通にひらがな・カタカナの所押してならない?」
「ならないの。だってほら、」
『mojigaumakuikanaiよ』
「……よ、だけなってるよ」
「あれ??? 本当だ」
「落ち着いてもう一回やってみ?」
……メグさんは機械が苦手だ。
『あああああ』
「あ、直ってるじゃん」
「あ、本当だ。ありがと」
携帯はブチっと切れた。
代わりに画面のブロンド美女が、なぜか小躍りした。
……会話ボタンの横にある、アクションボタンを押したんだろうな……。
気に入ったのか、メグさんはそれからしばらく踊り続けていた。
『結構人がいるね』
修練所は広場のすぐ傍にあった。
でももう時計は21時を指している……。なぜこんなに時間が掛かったのか、俺にもわからない……。
『怖い』
表情のないキャラクターから、2つだけ文字が飛び出した。
『大丈夫』
すぐに返事を返す。
確かに、ダンジョン慣れしてないメグさんにはここは怖いかな。
外とはまったく正反対の暗い空間。壁に燃えてる松明だけが明かりの頼り。
入ってすぐの所に、弓を構えた兵士のNPCが仁王立ちしている。彼らが狙うのは、異形の存在。
モンスターだ。
町中に、初心者のためとは言えどモンスターがいる空間があるなんて。実際の町だったら、住民の反対運動が起きそうなものだ。やるならせめて、城の地下でやれと。
でも移動の便のためか、修練所は城から離れた町のど真ん中にあるんだから。ゲームとはいえ、矛盾してる。
『ここのモンスターはレベル低いから』
とか言いながら、俺もレベル1だけどね。
……メグさんがチュートリアルに潰してる1週間の間にレベル上げしようかとも思った。そうすれば、メグさんが来た時にレベル上げを手伝いやすいかなって思って。
でも、そう言った俺にメグさんは断固として言った。
「先に行かないで!!」
……いや、レベル上げるだけだから。先に進まないからと言ったんだけど。メグさんは泣き出しそうなくらい猛烈にそう言った……。
だから待って、今日に至る。
『どうすればいいの?』
どうしようかと思ったけれども、俺は電話をかけた。
「メグさん? とりあえず敵にアタックかけようか」
「どうやって!?」
電話口の向こうでは、すでにもう戦闘中のように、逼迫した様子だった。
「あの……えっと、とりあえずカーソルを敵に当ててみて。そしたら勝手に行くんじゃない?」
「どうやって!!??」
「……。待って。見てて」
俺はサクサク【瞬】アバターを動かした。
初心者の修練所にふさわしい、緑色のプニプニした物体。スライムだ。
モンスター名は【ゼリービーンズ】になってるが、スライムだろどう見ても。
初めての戦闘。武器はチュートリアルの時にもらった【初心者の棒切れ】、装備は同じ出所の【初心者の服】。
【棒切れ】を振り上げる。ブニっと一発。ああ何だか、手ごたえ悪い。
ザックリと剣で一閃とか行きたい……んでも今は棒でブニブニするしかない。
3回、4回とブニブニしたら。
モワっとスライムが煙になった。
……うん。記念すべき獲物1号。
「こんな感じだよ」
俺はチャットではなく電話でそう言った。
「倒したの?」
「うん。メグさんもやってみ。大丈夫だから」
棒で突付くだけだから……と思っていたら。
俺は愕然とした。
「メグさんっ、【初心者の棒切れ】どうした? 装備してないの?」
そして電話の向こうからは、恐ろしい一言が聞こえてきた。
「装備って、何?」
「………………」
………メグさんは。マウスをクリックし続けた。
最終的に、スライムは消滅した。
「倒したの!? 瞬君、私倒したの!?」
「……うん」
素手で。
……さすがメグ先輩……。ごめん、スライムを素手でぶん殴ってる姿、ちょっぴり関取みたいにも見えたよ……。
こうして俺とメグさんの、レベル1からのかわいらしい冒険が始まった。
修練所にやってくるお客さんは、俺たちと同じレベルの低い初心者さん。
格好も囚人服。だから、町中にいるよりは気兼ねがない。
……こんな暗い空間でこんな事言うのもなんだけどね。段々とこっちの方が落ち着く気分になってきた。ここにいる時だけは平等だもん。
スライム相手にモゴモゴと棒を振って。
まだレベル1だから、体力もあっという間に減ってしまう。
『メグさん、兵士の横に避難してっ』
手早く文字打って、メグさんに襲い掛かってたスライムをボコる。
チクショ、もっと早く動けないのかこのキャラはっ。
入り口に控えてる兵士の隣は一番安全。敵が近寄ったら自動的に弓で射てくれるから。
……ああ、俺もあの兵士並に無敵にメグさんを守りたい。
そう思ったら、改心の一撃。
ズバっと一発深めに入った棒切れで、スライムは霧散。
と同時に、【瞬】がキラリと光った。
小さく表示された「LEVEL UP!」の文字。
「よし」
俺はガッツポーズ作った。
メグさんの所に戻ると、メグさんは、
『今、頭に変な物出たよ』
『レベルアップだよ』
『え!? やったね!!』
レベル2、だけどね。
メグさんは会話ボタンの隣のアクションキーで踊り出した。
メグさん……ちょっと俺、恥ずかしいわ……。
んでも驚いた事に、メグさんを真似して他の初心者プレーヤーも踊りだしたから。
『おめでと』
『おめでとう!』
『ome』
……。
嬉しいけど……ちょっとやっぱり、レベル2でこんな大量におめおめ言われるのも……。
んでも俺の顔は笑ってて。
『ありがと』
アクションキー【お辞儀する】で、頭下げまくった。
……昼間、営業先で頭下げまくったのに、まさか夜にゲームの中でも頭下げる事になるとは……。
んでも昼間と違って今は、ちょっと照れくさいけどね。
『私も頑張らなきゃ!』
そう言ってスライムに突っ込んで行くメグさん。うん。ちょっと慣れたね。
んでもまだ、体力回復できてないから。
「あ」
メグさんは倒れた。
スライムにビンタされた一撃で体力0に。
『どうしたのこれ、動かないよ』
レベル2で無職、そして回復アイテムもない俺には、メグさんを回復させられるような技術も道具もなくって。
『迎えに行くから』
『????』
【Megu】の姿はふっと消えた。
……このゲーム、体力が0になるとこうなるのか……。
メグさんが次に出るとしたら多分最初の場所……広場かな。
そう思いながら、俺はメグさんが消えた所に落ちてた道具を拾った。
体力が0になって〝死亡〟すると、最初の場所に戻されて、装備している物も落としてしまうようだ。
「そういうシステムか……」
【初心者の棒切れ】と【初心者の服】でも、今の俺達にとっては貴重なアイテムだから。
それに、服を落としたメグさん……いや、あくまで落としたのは【Megu】だから。それにゲームでアバターが素っ裸になるわけじゃない、【初心者の服】と装備なしでは外観は変わらないけど。
んでも、とにかく、早くメグさんの所に行かなきゃ。
……一刻も早く何か着せなきゃと……俺は、無駄に焦った。素っ裸じゃないけれども、その姿、誰にも見せないたくないと思って。
この日は、俺はレベル4まで上がった。
『そろそろ上がろうか?』
と言う俺に、メグさんは『ダメ!』と繰り返した。
『レベル3になるまで待って!!』
わかったわかった。俺は苦笑する。
修練所にいた人も、出たり入ったりを繰り返し、数は減って行ってる。
そうそう。数時間ここにいたら、妙な風習ができた。周りで誰かがレベル上がったら、皆で踊るっていう風習。
もちろん広めたのは……もちろんこの人だ。
「瞬君、ちょっと助けてッ!!」
チャットやら電話やら、メグさんは忙しい。
「へいへい」
どっちでも俺は対応しますけどね。
「ちょっと!! 何で瞬君がスライム叩いちゃうの?」
「あ、ゴメ。つい」
「もうっ! 瞬君はレベル4なんだから、叩いちゃだめっ」
……電話口で笑いをこらえる。
やがて、【Megu】の頭がピコンと光った。
レベル3に昇進だ。
『おめでとう』
『おめでとう』
『おめ』
『omedeto』
周りに人のキャラから一斉にその言葉が浮かび上がる。
そしてすぐに、アクションボタンが乱用される。
メグさんは喜びの舞を舞った。
俺は感謝を込めて頭を下げた。
……時間は夜中の1時になってた。
草木も眠る丑三つ時に、こっちの世界では冒険者の卵が昼間のように大騒ぎをしていた。
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