9、なべのフタ
「性悪なゲームだな……」
俺は思わず呟いた。
画面の中でメグさんが叫んでる。
『瞬君!! 怪物だらけよ!!』
怪物か……コブリンだろう。モサモサずんぐりむっくりの巨体が歩いてる。
しかも大量に。
何だこの、コブリン大量発生状態は。
――あの極悪ヒヨコとは反対側のフィールドを出た途端だった。俺達はその状態に直面した。
「……見えない」
背景が見えないほどに。
『パグかもしれない』
それとも何かのイベントか? 〝コブリン祭り〟みたいな。
……だけど、他のプレーヤーさん方は元気だ。
コブリン大量発生中のこの平原……か草原か、はたまた林道か山道か、何だかわからない所を走っていく。
バシンバシンと所かしこで呪文も炸裂。技も繰り出される。
……チ、画面が重い。あんまり派手に動くなよ。こっちのPCはそこまで対応良くないんだから。
『とりあえず、俺達も行ってみる?』
んでも注意しなきゃなんない。これだけの数だ。囲まれたらひとたまりもない。
とは言っても勇猛果敢な冒険者の方々のおかげで、随分画面は綺麗になってきたけどね。
……草原が見えてきた。こっちの画面はヒヨコの所より花が多い。畑らしき人工物まで描かれてる。
『うちのお母さん、今年もプランターでミニトマトやるから。たくさん採れたらあげるって言ってたよ』
メグさん……こんな所でそんな伝達はいいんだ……。
とりあえず俺は、ツワモノ達が取りこぼしたはぐれコブリンの1匹に迫ってみる事にした。
ショートソードじゃ頼りない気がするけどね。棒よりはいいか。
ザクっと一振り。うん。ヒヨコよりダメージが入る。
モンスターの体力メーターは、一撃で半分くらいまで減った。……作成者の悪意を感じる……どう考えてもこのコブリンが、あのヒヨコより弱いなんて思えない……。
けれども現実に。コブリンはレベル8のショートソードひよっ子剣士にあっという間にしとめられた。
『メグさん、いけるよ』
メグさんも『よし』と一声気合を入れて、杖を振りかぶった。
……うん。本当はその道具、魔法をバンバン打つための物だと思うけどね。
でもメグさんはまだ、魔法の使い方がわからないみたいで。
……【初心者の棒】と同じ要領で【桃色の杖】をバットのように振りまくっていた……。
杖がかわいそうだと、少し思った。
やがて、メグさんの連打に打ちのめされたコブリンが煙となって消え失せ。
『あれ? 何か落ちてる』
その後に、別の物が姿を現した。
『アイテムだよ。拾いな』
メグさんはわざわざ一度アイテムを踏んづけてから、拾った。
そして。
『瞬君』
『ん? 何だった?』
『お鍋のフタだって』
【おなべのフタ】。
盾として使用できる装備品。ゲームの世界では耳になじみのあるアイテムだけど。
……昔から思ってた。想像すると、間抜けすぎる……。
『それ、装備できるよ』
『鍋のフタだよ?』
『……盾になるんだ。それで敵の攻撃が少し防げるようになるよ』
『鍋のフタで!?』
……その疑問はわかってるよ。普通の疑問だよ。
だけど悲しいかな、俺はその装備品、もう免疫ができてるんだ……。
『カッコ悪くないの?』
……頼むからそこ、スルーしてくれ……。
「よく考えたらさ、今まであたし達に盾って発想はなかったわよね」
――リアルで。
メグさんはパスタをクルクル巻きながら言った。
「弓道に専用の盾なんてないもの」
俺は苦笑した。
「打ち合いするわけじゃないからね」
「そうよね、果し合いするわけでもないしね」
クスクスとメグさんは笑う。
「でもお鍋のフタを盾にするなんて。あは、変なゲーム」
……と言いながら。実はメグさんは【おなべのフタ】を気に入ってるみたいだ。だって、拾ってから結構話題に出るから。
「ね、この前瞬君が来る前に町をうろついてたらさ、どっかに装備品の色を変えてくれる店があるんだって」
「へぇ」
「鍋のフタ、色変えてもらおうか? ピンクとか。花柄とかできるのかな?」
俺は唖然とした。
「メグさん、そういうの結構金が掛かると思う。それなら別の、もっといい盾を買おう」
「ん? かわいいなら私、鍋のフタでもいいよ。だって何か……笑えるし」
クスクス。
……やっぱりメグさん、気に入ったんだ……【おなべのフタ】。
その影響があると思う。朝から妙に調理器具コーナー見たいって、最終的にハンズで鍋コーナーをガン見してたのは……。
「でも今日は映画、付き合ってくれてありがとね」
結局メグさんは鍋は買わなかったが、かわいい鍋敷きを買っていた。
「あの映画どうしても見たかったんだけど、一人で映画館ってちょっと行けないから」
「いいよ。俺も予告見て気になってたから」
「瞬君は1人で映画行ける派?」
「んー……まぁ、大丈夫かな。そんなに回数行った事はないけども」
「そっか。私はダメ。何か1人だと、チケット買うのも緊張しちゃいそう」
兄貴とは、よく言ってたの?
聞こうかと、そう思って。
……俺は結局言葉を飲み込んだ。兄貴の話には触れないようにしてる。
――まるでいなかったかのように。
でも、兄貴はいた。
そして何かを察したメグさんは、少し目を伏せ言った。
「……映画、崇之とよく行ってた」
「へぇ……」
「あの人結構詳しくて。新作とか話題作とか……公開日、チェックして。……並ぶようにして」
「そうなんだ……兄貴、映画好きだったんだ」
「うん……」
「……男兄弟なんてさ、同じ家に暮らしててもさ、意外と趣味とか知らないの。兄貴の部屋だって最近滅多に覗いてなかったし。テレビだってそれぞれの部屋にあるから、何が好きだとか、何見てるかだとか」
「……」
「そうか。兄貴映画好きだったんだな」
言い訳がましく聞こえる、自分の声。
よくわかんねぇ。自分でも何でそう感じるのか。
でも、何か、きつい。
……。
「映画、か」
「……昔、行ったよね」
「ん?」
「瞬君と、映画」
「……え?」
「覚えてない? ディズニーのやつ」
突拍子もなく、俺は固まる。
「あれが、私が劇場で見た最初の映画」
「……」
「覚えてないならいいよ。うん」
「……待って待って。題名何だった?」
「普通の」
「それ、答えになってないから。どこで?」
「だからもういいって」
「良かないよ」
あ……と俺は言いあぐね。
「……俺にとっても、人生初映画じゃない? それってきっと」
「知らない」
「いや、ちょっとメグさん」
いつどこで、何の映画を。
俺達は――? と改めて問おうとした時に。
「喜多川?」
………ん?
誰かが呼んだ。そして呼ばれるまで気付かなかった、俺達のテーブルの脇に誰か立ってた事に。
「やっぱり喜多川じゃん」
びっくりして振り返る。
「あ、」
その人物見て、俺のびっくりは尚増した。
「相川?」
化粧して、ちょっと印象変わってたけど。
笑い方は変わらない。ニィっと口横に広げるその笑顔。
「久しぶりじゃん。あんた、元気にしてた?」
同級生の女。
「……って、メグ先輩!?」
弓道部の、元仲間。
「あやめちゃん……」
「メグ先輩! お久しぶりですっ!」
……こいつのテンションは……。周りの客が、何事かと思って振り返ってるじゃねぇか。
「相川っ、声小さくしろ」
「なーにアンタ、デート中?」
「……うるさいぞ馬鹿」
ホホホと笑う相川は、キツネみたいに見えた。
「メグ先輩、今度弓道部女子会やるんで来て下さいよ。連絡しますから。タノとかフミも先輩に会いたがるし」
メグ先輩は緩く微笑んだ。
「うん。私も会いたいな。タノちゃん元気?」
「あいつ、何気にもう二児の子持ち」
「えー? タノちゃんが!?」
「そうそう。去年結婚して、この前双子が。男の子と女の子」
「見たい。呼んで呼んで」
「言っておきます。喜多川は来るなよ。女子会なんだから」
「……」
「メグ先輩連絡先変わってないですか? 今度メールしますから」
「うん。待ってるよ」
「んじゃー。私あっちに友達いるんで……喜多川ー」
「さっさと失せろ」
「相変わらずの、バカ面ー」
「……消えろ」
「言われなくてもー」
ウケケと笑うその顔は、キツネを越えて悪魔のようだった。
「チ……」
俺は思わず舌打ちした。
「……さっさと食べて出よう」
ここは呪われてると思った。
俺がパスタをがっつく向かいで、だけどメグさんはずっと、相川が行った方を見ていた。
「……あやめちゃん、綺麗になったね」
「そう?」
「うん」
……あんな奴よりか。
「メグさんの方が綺麗だと思う」
「え?」
「……何でもない。メグさん、パスタ冷める」
あー、何か。
頭の中、あいつのせいでゴチャゴチャになってきた。
「今夜、行く?」
映画見て、ショッピングして、ご飯食べて、ブラっとして。
夕方になったら別れる。
会う事ができるのは、次は……電子の世界。
「メグさん?」
「……ごめん、何て?」
「あ、んと。〝クロスリンク・ワールド〟。今夜、入る?」
尋ねたけれども。メグさんは少し目を伏せて笑った。
「今日はやめとく。夜、見たいドラマとかあるし」
「そか」
「ごめんね。また明日」
「明日は……俺遅いかも。ちょっと夕方から会議が入ってて」
「じゃ、明後日かな」
最寄り駅は、俺とメグさんは1つ違う。
電車の中は平日の夕方とは乗車率が違う。ガラガラだし、親子連れも多い。
ガタンゴトンと繰り返し揺れる、ゆりかごのような空間の中で。
俺は駅までの時間を、少し、愛しく感じた。
それと同時に、メグさんの横顔に浮かぶ……何とも言えない影を感じて。
「映画、面白かった」
と言った。
「また、俺でよかったら誘って」
「……」
メグさんは返事しなかった。
ちょっと元気ない。……ご飯の後から。
何か気に障る事したかな、言ったかな。鼻の頭を掻いてみる。
「あやめちゃんて、いい子よね」
不意にメグさんは言った。
「相川?」
「昔から、いい子」
「そう?」
「明るくて、気さくで」
「……無神経、の間違いじゃない?」
どこにでもズカズカ入って行くような奴だ。
「瞬君、小学校からの幼馴染だよね?」
「……大学でようやく離れられた、腐るほどの縁。同窓会以来かな」
別に、俺にとって相川との縁なんてどっちでもいいんだけれども。
んでもなぜかメグさんはそこに食いついて。
「でも、付き合ってたんだよね?」
「……は?」
「高校の頃とか」
「……ええ???」
俺はガックリと項垂れた。
「だから、何でそうなるの」
「だって、仲良しだったじゃん」
「……昔っから何か、誤解してるよね? メグさん」
破滅的としか思えない。何で俺と相川が。
……ダメだ。まったくそんな想像できないし、どういうふうに考えたら俺と相川が付き合うとかいう結論になるのかもわからない……。
「違うって、前にも言わなかった?」
メグさんは答えなかった。
ちょっとイラっとした。
……駅までの貴重な時間だったのに。
俺達は黙って過ごした。
かと言って、夕に染まる車窓なんか目にも入らず。
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