7、声-1-

 【グリッド・エンブレム】。

 運命の三女神が築いた都市の1つ。始まりの町。

 そこから一歩踏み出せば、そこからは。本当の世界が広がっていく。

 この仮想世界、〝クロスリンク・ワールド〟で。

 兄貴が描いた世界が、そのまま、広がる。



  ◇



 大地。

 俺達は現実世界で、こんな広い光景を見た事はない。

 ただただ続く草原と、時折咲く花。

 風にそよぐ、光が差し込む。蝶が飛んでる。

 BGMは燐として。

 だけど優しい、鳥の声。

 踏み出す一歩に勇気を持って。

 背中を押す、世界の情景。

 ――兄貴に呟く。描き過ぎだろ。

 どんだけ凝ってるよ、フィールド画面に。

 町の情景も良かったけれども。

 兄貴の真骨頂はどうやら、自然織り成す風景か。

 佐伯さんが自慢の出来だと言っていたグリッドの立派なお城さえも、兄貴の景色の前ではかすんで行く。

「歩くのがもったいないな」

 ましてそこにうろつくモンスターの姿が、ちょいともったいない。その風景を貶めているようで。

 だからって事でもないけれども、俺は剣を振るった。

 【グリッド】の外にいるモンスター、ようやくスライム以外の異形を見た。

『かわいい』

 メグさんはそう言ったけど。

 ……そのヒヨコの攻撃シーンを良く見ててごらんよ。

『どこが』

 〝?〟 を押す直前、丸々としたヒヨコもどきは襲い掛かってきた。

 足速い。そしてその一見愛らしい姿からは想像できないほどの、大口を開けたかと思うと。

 カツン。ヒヨコと思えんほどの金属音めいた攻撃音。

 モンスター名は、こんな攻撃モーションつけておきながら【ピヨッコ】。……ネーミングしたのはどこのどいつだ。

 しかもこいつの攻撃力、レベル8の俺にはきつい。

「一撃で半減かよ……」

 もう一回噛み付かれたらジ・エンドか。

 ……ちなみに死んだら装備品を引っぺがされる件はメグさんにも話してある。実際に修練所でわざと死んで、どうなるかも見せた。

 もしも敵にやられて死んでしまったら、生き残ってる方が道具を拾っておこうって相談はしてあるんだけども。

「マズッ」

 凶悪ヒヨコが、メグさんに向かって突進してる。

『エグさんにげて』

 変換間違ってるけど、構ってらんね。

『回復』

 片言の返信。呪文使おうとしてんのね。

 でも今はヤバイ。そんなんしてたら、あのヒヨコに食われる。

 俺は戦闘中のヒヨコに見切りをつけた。とにかく着た場所まで戻らないと。城下町への入り口には、修練所にいたのと同じ守護の兵士が立っている。

 あの人ならば、俺らを完璧に守ってくれる。

 走ってッ! パソコンの前でそう言っても、向こうには通じないのか。

 それとも必死でまだ回復魔法を使うすべを探してるのか。

「馬鹿」

 俺の目の前で、例えこれがゲームだろうがメグさんが、食われる様なんざ見たくないよ。

 ――体力は残り10を切ってるけど。

 メグさんとモンスターの間に割って入る。ショートソードを一閃させる。

 間一髪、走ってきたヒヨコに攻撃が入って。

 しかもクリティカル掛かった。

 でも、俺が投げ出したもう一匹が残ってる。こっちには対応回らない。

 ヤバッ。っていうか俺が死んだらきっと、メグさんも死ぬ。逃げ切れなくなる。

 その瞬間、ブシュッて音がした。

 赤い閃光。見事な一閃。

 ――えらく光る鎧をつけた、長髪の戦士がそこにいた。

 でかい剣がヒヨコを斬る様は、虐待に近いけれども。

 異形の形相を見たら、その思いも消える。

 長髪の戦士が振るったのは2回。

 でもそれでヒヨコは消滅した。

 そして俺は。

『瞬君ッ』

 ……長髪の戦士が倒す直前にヒヨコから喰らった一撃で。見事に体力0。

 画面が暗転して行く。メグさんが打った俺の名前が薄れて行く様を見ながら、ガックリと肩を落とした。





「……」

 虚しい、情けない。……まさかゲームの世界でこんな思いをするなんて。

 俺は裸同然の装備0。

 死んで、グリッドの広場に戻った俺は。一も二もなくすっ飛ばして平原に戻った。

 入り口からそれほど離れていなかったから、すぐにたどり着けたけれども。

『【Megu】ちゃん、フィールド出たばっかりなんだ? じゃレベル7?』

『はい。【ハム】さんは強いんですね』

『まね。α版からやってるからね』

 ……俺の装備を、全部まとめて、長髪の剣士が踏んづけてやがる……。

 放っておけば誰かに取られる。取られたらまた買い直ししなきゃならない。だから、手っ取り早いのがその荷物の上に乗ってる事。メグさんにもそう教えておいたけれども。

 ……なぜだか、不愉快だ……。

『きたきた』

 別に表情なんか持ち合わせてないはずのキャラクターが、ニヤリと笑ったように見えた。

『ほら、荷物守っておいてあげたよ』

 さっさと退どけ、と思った。

『ありがとう』

 ムカついたけれども礼は言った。

『こっちのフィールドは初心者さんが来るには危険だよ。反対側の東側使った方がいい』

 初心者。間違いないけど、何かカチンときた。

『どうも』

 行こうメグさん、そういう意味込めて俺は長髪の剣士に背中を向けた。

 慌てた様子でメグさんはついてきた。彼女は去り際に『ありがとう』と言った。

『気をつけて』

 長髪の剣士から返って来た言葉、俺には別の言葉に聞こえた。

 ――守りたいなら強くなれよ。

『東側から出てみる?』

『……ごめ、ちょっと今日は落ちるわ』

 何となく。

 気持ち悪くて、今日はそのままメグさんの返事待たずに落ちた。

 そのままベットに突っ伏して。

 ……何か無性に悔しくて。俺は目を閉じた。



  ◇



「瞬介、今日暇?」

 昼休み。

 外回りに一区切りついて、少し遅い昼食を取ってる時、堺から電話があった。

「んだよ」

 天丼つつきながら、少し苛立ちが声に出る。

「夜さ、ちょっと飲み会あんだけど」

「……合コンかよ」

「まぁ、そうかな」

 ニヒヒと笑う。こいつの笑い方は昔から全然変わらない。

「俺も知り合いの知り合いに呼ばれた口なんだけど、1人足りなくなったってさ。誰かいないか調整してくれって連絡きて」

「……」

「来ね?」

 ………。

「お前最近忙しそうだからさ、どうしよかと思ったけど」

「……別に」

「んじゃ来いや」

「でも今日、外回りだから。今から高木工務店と丸宮さんの所の……」

「早く切り上げろ。いいな」

 通話終了。

「……勝手言いやがって……」

 丸宮工業の案件は、本当は別の人の担当だった。二階堂さんというベテラン中のベテラン。

 だけど二階堂さんが体調崩してるから。今日は急遽で俺が行くのに。

 さっさと切り上げられる程度の事なら、二階堂さんの回復待てばいいって。

「……」

 天丼。美味いはずだけど。

 何か、感じない。

 理由はわかってる。

 俺はあの日から一度も……〝クロスリンク・ワールド〟にログインしてないから。

 何だかわからんけど、怖くなった。

 ちょっと……行く気になれなかった。

 メグさんとも連絡取ってない。連絡ないし、メグさんも行ってないのかもしれない。

「……」

 高木工務店と丸宮工業をこなしてたら、定時では上がれないと思う。

 今日も、残業を理由にログインするのをやめようと思っていたけれども。

「合コン、か…………」





「遅ぇーよ」

 言われた場所に着くと、俺を見つけた堺がここぞとばかりに叫んだ。

 うるさい。遅れるつっただろうが。

「丸宮さん元気してた?」

「……ん」

 言って内心動揺する。ガチで合コンか。

 5の5。とりあえず全員の視線が集まる。女も男も。

 俺はそれを全部無視して、一番手前の空いてた所に座った。

「何飲むの?」

「とりあえず生中で」

 ……いつも行く居酒屋とは感じが違うけど、いいか……? と周りの連中が飲んでる物をチラと確認する。まぁいいか。

「自己紹介しろ、瞬介」

「……あー、喜多川 瞬介です。ども」

「初めまして」

 女子の黄色い声。

 俺は視線をそらして小さく笑って、会釈した。

 さっさと来てくれ、生。……願ってる間に、店員さんが持ってきてくれた。

 とりあえず飲もう。疲れた。

「瞬介は俺の中学からの同級生。腐れ縁で、同じ会社の営業やってるの。瞬介、こちらは俺の大学の先輩とその友達の……」

 ども、ども。

 ……どこへ行っても頭下げてばっかりだな、俺。

 ――あの世界でも。この世界でも。

「……」

 堺の大学の先輩だっていう他の男3人は、ビシっとスーツを決め込んだ見るからに〝出来るオーラ〟満々の連中だった。

 どこぞの会計事務所だとか、市役所だとか、大手出版社だとか。

 集まってる女達も、キラキラ目を輝かせてた。

 化粧も服装も完璧に、隙もなく飾り立てて。唇も異様にプルプル光ってる。

 こいつら全員、本当に仕事の帰りかよ?

 俺はもう、一日走り回ってクタクタだよ。ネクタイ、緩めたい。

「俺最近フットサルにはまってるんだ」

 男の1人が、そんな事言い出した。女がへぇーとかわーとか、間延びした返事をする。

 どうでもいいや……とか思って、また飲む。

「喜多川君はスポーツとかするの?」

 不意に問われた。俺は困った。

「俺は別に……」

「こいつね、高校まで弓道やってたんだよ」

 向こうの席から堺が代わりに答えてくれた。

「弓道?」

「な? 瞬介」

「ああ……」

「ああ、うちの中学にも部活あったよ。袴履くんだよね?」

 カッコいいね、素敵ねと、女達が口々に言って。

 男達も負けじと自分らのスポーツ歴と自慢話を始める。

 ……俺は何でここにいるんだろ、と思った。

 こんな所……。

 グイとビール飲む。

 女達を眺める。俺の視線に、目の前の髪の長い女が目をパタつかせて微笑んだ。

 ――弓道は、誰かと競う物じゃない。

 不意にその視線に声が重なった。

 ――戦い続ける事になるのは、己自身よ。

「……」

 凛とした、その声は。

 ……メグ先輩の、声だった。

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