14、魔都

 ――【天使の鐘】×10を手に入れた。

「……?」

 互いに無言。

 その後に、

『やっぱり足りない気がする』

 そう言って【ハム】は俺に向かったまた何かを放り投げた。

 ――【天使の鐘】×5を手に入れた。

『何なんですか、コレ』

 スイカ食べ終わり〝クロスリンク・ワールド〟に戻ると、【ハム】が待ち構えていた。

 てっきり勝手に落ちた事に対して小言でも言われるかと思いきや。

『【天使の鐘】だ。持っておけ。……まさか、用法がわからないとか言わないよな』

 リアルで俺は苦笑する。

『わかりません』

『……お前、道具屋覗いた事あるか? 回復アイテム買った事ないのか?』

 はっきり言って、ない。

 〝クロスリンク・ワールド〟の世界では、道具を使わなくても時間が経てば勝手に体力は回復して行く。たとえ瀕死の傷を負っても……町の片隅で座り込んで時間を待てば。知らないうちに全快だ。

 命の危険が迫ったら逃げる。そうやって今まで、俺とメグさんはやってきた。

『だって、メグさんが回復呪文使えますし』

 最近ではもっと便利な事に、危険な時はメグさんが回復してくれる。本人は「つまんない」とこぼしているが、俺としては大変ありがたい。

『……今はいいけどな。この先、きちんと回復アイテム持って歩かないと痛い目に遭うぞ』

 【ハム】は言った。その言葉の感情は、イマイチわからなかった。

『【天使の鐘】、戦闘不能からの回復アイテムだ。持っていれば体力0になった時点で勝手に発動して、満タンまでしてくれる』

『おぉ、ナイスアイテム』

 そう言ったら、【ハム】はアクションコマンド【肩をすくめて首を振る】をやった……てかそのアクションって、初期選択に入ってないんですけど。まさか課金して買ったのか?

『でも、15個もいいんですか? お金は?』

『安く仕入れたからいい』

『太っ腹』

『うるさい。禁酒してダイエット中だ』

 俺は苦笑した。

『それに、それくらい持っててもらわないと、安心して【テネシーブルー】なんかに乗り込めない』

 スイカ食べてきて。一瞬緩んでしまった気が、ちょっと引き締まる。

 PK解禁エリア。そして凶暴なモンスターが住まう【魔都】と呼ばれる場所。

『それでは、これから【テネシーブルー】潜入作戦について説明する』

 背中に嫌なもんは走ったけれども、俺は「これはゲームだから」と自分に言い聞かせた。

 ただのゲームだ。どんな危険な場所だって、本当に命が取られるわけではない――。





『まず今からワープ屋へ移動、【テネシーブルー】へ向かう。到着場所は【テネシーブルー】中央広場付近のワープ屋。そこから【テネシーブルー】内のクエスト屋まで移動する。場所を確認し次第ワープ屋へ戻る。そして【グリッド・エンブレム】に帰参。以上だ』

『はい』

 とは言ったものの、内心、それだけ? と思った。

 少し町を散策するとかしないのか? それとも説明上省いただけか?

 俺も内心をゲームの向こう側から悟ったのか、【ハム】は言った。

『町の散策はしない。今日は生きて戻る事だけに集中しろ。状況によっては、途中だろうが引き返す』

 一体、【テネシーブルー】って……。

『いいか、絶対にはぐれず俺について来い。いいな』

 【ハム】は念押し念押しそう言った。

 俺は頷くしかなかった。

『最後にもう一つ。【天使の鐘】が発動した場合、その回数はきちんと確認しておけ。お前、それがなくなったら装備品全部引っぺがされるからな』

 と言っても、【天使の鐘】15個だよ?

『待った。お前の装備って何だった?』

『今は、【旅人の服】と【細身の長剣】です』

『死ね、アホ』

 最大級のけなし用語が飛んできた。

『装備きちんと揃えろ!! しかもお前、その服……使用回数残り3じゃないか!!』

『あ、でも、勝手に装備変えるとメグさんに叱られるんで。それに勝手に俺のステータス見ないでください』

『バカか!! 防具屋だ、寝ぼけてないでとっとと揃えろ!!』

 この人、嫌だ。面倒臭い。

 ……けど今はこの人に頼るしかない。仕方なく俺は有り金はたいて装備を揃えなおした。

 【皮の鎧】【皮の盾】【皮の手袋】。【皮の帽子】と【皮の靴】をそろえようとした所、外野から横槍が入り、

『帽子はやめて、靴を【脱兎の靴】に変更』

『高いですよ、それ』

『お前、モンスター倒した時に幾らかアイテム手に入れてるだろ? 【イノシシの肉】とか、【コブリンのカツラ】とか。あれを売り払って金にしろ』

『いや、【イノシシの肉】で牡丹鍋を作るんだって、メグさんが言ってたんで……』

『死にたいか、小僧』

 ……怖い。

 ゲームなんだけど、ゲームのはずなんだけど……。

 マジだ。そんな領域に、俺は脚を踏み入れてる。

 そうして装備を整え、俺達はワープ屋の元へと向かった。

 ワープ選択、上から3つ目に、【テネシーブルー】の名が刻まれている。

 いよいよ来た。

『いいか、向こうに着いたら、会話してる余裕はきっとない。とにかく俺について来いよ』

『はいはい』

『……のんきにしてられるのも今のうちだ』

 度肝抜くなよ。

 ……それが、ワープ前【ハム】の最後の言葉だった。

 【魔法使い見習い】に話しかける。俺はその町を選択する。

『移動しますか?』

 俺は『はい』を選んだ。

 画面が一瞬虹色に光り、暗転。

『Loading…Loading……』

 【テネシーブルー】……。

 一体どんな光景なのかと……思い描いていた時。

 画面は開けた。





 中央に、【瞬】。

 だがまだ闇の中か? と一瞬思った。

 いや違う、町並が映って行く。

 暗い。それにしても暗い。

 【グリッド】の町とは違う。音楽すらも流れない。

 代わりに映ったのは稲光と。

『あ』

『お』

『w』

 コメント欄に踊った、赤い文字。

 誰かいる、周りに。ここは町だ、そりゃ誰かいる。

 でも、その頭の上に表示されてるユーザー名は。

「PK」

 血で書かれたような、赤。

 【ハム】が隣に現れた。光る鎧に少しホッとした。

 ……のも、束の間。

 画面に黄色い閃光が走った。

 稲光ではない。もっともっと強烈な光。

 何が起こったか、一瞬わからなかった。

 でもわかった事は、俺のアバターがなぜかいきなり倒れてて。

 その俺の体の上を、フワフワと天使が回っていた事。

「……なッ……」

 まさか、やられた?

 てか、何今の攻撃。魔法? しかも一撃で?

『弱ッw』

『迷子じゃない?』

『んー、カワイソ。でもここのルールだから』

 ワープゾーンの周りにたむろするPKども。

「まさか、ここに来る奴を狙って……?」

 閃光がまた飛んだ。今度は青、そして続けざまに轟音と赤い光。

 誰かが魔法を連発してる。その光の中、赤い名前の剣士が極端に大きい剣を振り上げた。

 ひどい斬撃音がした。風を切るような音も。

 【ハム】だ。【ハム】が襲われてる。

 団長、と俺は画面に向かって言った。

 それに、答える声がした。

 ――走れ。

 【ハム】は走り出した。

 ついていかなければいけない。そう約束したから。

 俺はその後に続いた……そこで初めて気付いた、走る速度が、いつもと違う事に。

 【脱兎の靴】だ。この靴は少し走る速度が上がるらしい。

 でも、それでも遅いと感じる事になるのは間もなく。

 背中から、画面の三分の一ほどを隔すような黄色い閃光が飛んでくる。

 【瞬】はまた倒れた。天使が舞い踊る。

 回復までの数秒、

「早く、早くっ」

 俺は苛々とキーボードを叩いた。

 立ち上がる、だがその刹那を狙われる。

 バサリと斬られる。一撃でまた体力は0に。

 俺を斬った剣士目掛けて、【ハム】が長剣を走らせた。その軌跡は金の光を残す。

 ――斬。

 俺は立ち上がる、走り出す、だがすぐに何者かが放った魔法なり剣なりによって倒れる。

 画面上は、まるで花火だ。

 閃光、戦慄、ぶつかり合う音、何が何を斬ってる音か絶え間なく繰り返される刹那の斬感。

 無茶苦茶になってくる。町の景色どころじゃない。道すら見えない。

 その中でただひたすら確かに築かれていくのは、

『wwwww』

『wwwww』

『wwwww』

 赤字が踊る。

 何を笑ってやがる。

 立ち上がればやられ、立ち上がればやられ。

 ちょっとずつ進んで行く、【脱兎の靴】があるから進めているのか。

 【ハム】はどうしてるのか。もう、それもわからない。

『ギガント発見』

『キャー、逃げろーwww』

 魔法の閃光が一端止む。だがその代わりにモンスターが現れた。

 というか……何だこれ。

 巨人? メカ?

 体の比率が無茶苦茶だ。俺のアバの3倍近くでかいモンスター。

 はっきり見て取れる、真っ赤な目を光らせて。

 その腕が、地面目掛けて振り下ろされた。

 直接殴られたんじゃない。でも、地面から噴出した衝撃派によって俺の体は吹っ飛ばされ。そこでまた天使が姿を現す。

 ……何だこれは。

 必死に歩いて来た分だけ戻されて。俺は唖然とする。

『引き返そう』

 久しぶりに見た白い文字。誰の物か確認する必要もなかった。

 回復する、立ち上がる、俺はワープ屋の元へ向かう。

『させませんw』

 画面中央で大爆発が起きた。倒れてるアバターすら見えない。

『先行って!』

 天使が回復してくれてる間のタイムラグ使って、俺は慌てて打った。

『追う』

『了解』

 ここにいたら、団長もやられてしまう。

 俺はワープ屋の兄ちゃんに話しかけた。

『どこにワープしますか?』

 そう聞かれてる間に、黒い鎧の剣士が斬り付けてきて倒れて。

 起き上がってワープ屋に手を伸ばしても、その間にまた死ぬ。

 0になり、0になり、倒れて倒れて倒れて倒れて。

 閃光も爆音も、無数の無数。

『移動しますか?』

『はい』

 最後の選択、押した俺とPKが放った魔法のタイミングはほぼ同時。

 でも、俺は異次元に逃げ込んだ。

 ……倒れ伏した場所は、【グリッド・エンブレム】の中央広場でだった。


  ◇


『あれが、【テネシーブルー】だ』

「………」

 時計を見る。行って戻って、隠れ家にたどり着くまでに10分。

 でも俺はこの10分で。

 ……地獄を見てきた……。

『【鐘】何個消費した?』

 俺はノロノロとアイテムを確認した。

『残りは2つです』

『ひぇー、やっぱり追加で渡してよかった。13回死亡か』

 13回って……この10分足らずの間に?

『これが【テネシーブルー】だ』

 もう一度【ハム】は言った。

『俺も久しぶりに行くから、どうかと思っていたが。やはり、ワープで流れ込んでくる奴を狙い撃ちしてる。元々あの場所に行くのはあそこで活動してるような奴しかいない。移動してきた所を挨拶代わりにドカン。そこからPK同士のバトルが始まるってわけだ』

『でも、間違っ行く人だって、』

『いるわな。それは見た通りだ。迷い人は身ぐるみはがすまで狩る。趣味が悪い連中だ』

「……」

『ワープで【テネシー】に行くの自殺行為だ。町の中央では逃げ場がない』

『それじゃ……』

『もしそれでも行くのなら、地道に森と山と平原を越えて行くしかない。町の外れから入って、周りを隠れるようにしてクエスト屋へ向かう。それでも見つかる可能性は高いが……ワープを使うよりは万倍安全だ。ただし、【テネシー】に陸路で行くとなると相当腕を上げなければ通用しない。【テネシーブルー】に近い【ゴッド・エンブレム】にもワープで行けるが、周辺には火竜も出る。今のお前らが行っても今【テネシーブルー】で起こったのと似たような事が起きるだろうよ』

 もう一度問う、と【ハム】は言った。

『それでも【聖域】を目指すか?』

 ……にわかには答えられなかった。





 その夜は目を閉じても【テネシーブルー】で見た映像がチラついた。

 光と音、そして闇と赤。

 声なんか聞こえてないのに、ずっと耳元で誰かが笑っているような感覚がした。

 ……嫌なものを思い出した。

 メグさんがいなくて良かったと心から思った。

 PK。平然と他のプレイヤーを殺さんとする者達。それを喜び、楽しんでいる者。

「……」

 ゲームだろうが何だろうが、あれは暴力だ。

 ムナクソ悪かった。

 ……嫌悪で眠れない、そんな事は初めてだった。

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