16、映画-2-

「ごめん、喜多川。予定大丈夫?」

「うっせー、さっさと探すぞっ!!」

 高校に着くなり、俺は苛々MAXで叫んだ。

「お前は部室見て来い! 俺は弓道場探すから」

「ごめん、本当にごめん」

「何でもいいからさっさとしろ!!」

 こっちは時間がないんだっ!!

 相川のペンダント、ペンダント……。

「てか、どんなやつだよ」

 まぁいいか。それっぽい鎖は全部拾い上げる。

 しかし、それっぽい物どころか何一つ見つからない。

 部室から相川が走ってきた。

「あったか?」

「ない」

「くそ」

 じゃあどこだよ。こっちもねぇよ。

「昨日、外周走った時かも……」

 ぐ。それ、考えたくなかった。

「……あーもう! 外周だ、走った所見るぞ!!」

 走る時は外しとけー!!

「ごめん、喜多川」

 聞き飽きたわ、バカ女! いつもならそう怒鳴ってやる所だけども。

 目、真っ赤。あー、もう、泣くなっての。

 うざい。こういう時、どうしたらいいかわからないから。

「いいから。きっと落ちてるから」

 ――俺はガキで。

 泣いてる女の対処なんか、できない。

「うん」

 しかもこいつがこんな顔するなんて。

 らしくないから。気持ち悪いから。

 ……やめてくれと、そう思った。

「急ぐぞっ!!」





 外周を腰屈めて一周するのは、結構ハードだった。

 いっそ、走るよりきついかも。全然前に進まないし。

「腰が痛い」

 首も痛い。

 でも言ってられない。さっさと見つけなきゃ。

 メグさんが待ってる。

 小学生も通る歩道から、道の脇にある溝、電柱の影、裏門の脇にあるパン屋と接骨院の辺りも見て。

 車の抜け道、崖を見上げればバックネット裏になってる道もくまなく散策。

 どっかでチャイムが鳴った。俺は慌てて時計を見ようとして、完全に忘れてきてた事に気付いた。

 今何時かな。

 きっと大丈夫だろ。

 見つけてすぐ行くから。

 メグさん、怒るかな。

 でも待っててくれるかな。

 ……帰っちゃうかな。

「殺される」

 もし万が一、行けないとかなったら。間違いなく。

 あの綺麗な顔が鬼のようになる様を思い浮かべ、俺は大きく溜め息を吐いた。

 もうすぐ一周してしまう。

 ここじゃないとしたら? ……愕然とそう思いかけた時。

「あ!!」

 相川が叫んだ。俺もピョコンと顔を上げた。

「あったか!!?」

「あった!!!! あった、喜多川っ、喜多川っ」

「わかったわかった」

 あー……。

 ドッカリ疲れた。やれやれ。一件落着だ。

「良かったな」

 俺はとりあえず笑った。

「ありがと、ありがと」

 相川が泣いた。

「ばあちゃん、悪いの?」

 入院したって言ってたな。

「うん……検査が必要だって」

「大丈夫。それ、あったし。大丈夫だろ」

「そうかな」

「治るだろ。……何の病気か知らないけど」

「無責任ー」

「うっせ。あー、マジ良かった」

 てか、今何時? と聞いた。

 相川が教えてくれた時間は……破滅的な時間だった。

「ぐはっ」

 俺は吐血した。

「ごめん、約束だったんだよね?」

「うん。じゃ、俺行く」

「喜多川、ありがとうね。本当に本当に」

「貸しだからな」

「わかった。いつか返す」

「絶対だかんな!」

 全力で走った。





 ……最悪だった。

 理由はともあれ、最悪な遅刻だった。

 約束の映画館の前には、もう、メグさんはいなかった。

「……」

 ヤバイと思った。

 あんな、楽しみにしてたのに……。

 ショックだった。

 俺、何してんだろ……。

 愕然として。呆然と映画館に背中を向けようとした時。

 ――本当の絶望は、そこからだったんだ。

「あ」

 中から人が出てきた。

 あれ? 兄貴?

「兄、」

 何で?

 そう思って声掛けようとしたら。

「面白かったね」

「うん」

 ――兄貴の後ろから、その人が。

 メグさんが。

 ……俺は咄嗟に隠れた。

 何で兄貴とメグさんが。

 2人で。

 ……2人で、映画。

「ご飯行く?」

「あ、じゃ、駅前の新しくできた所がいいな」

「何かできたの?」

「いつも大行列なんだって。部活の先輩が行ったら、もう、めっちゃくちゃに美味しかったって」

「へぇー。じゃそれにしよう。楽しみだな」

 ……笑ってて。

 楽しそうで。

 メグさんは俺に気付かずに。

 ……町に、消えて行く。

 俺はただ呆然と。

 その後姿を見てるしか、できなかった。





「ただいま」

「お帰り。ご飯は?」

「食べる」

 兄貴が帰って来たのは、夜になってからだった。

 顔を合わせたくなかった。借りてた帽子は部屋に置いておいた。戻ってきたのに気付いても、俺は部屋から出なかった。

「いや、今日たまたま帰りにメグちゃんを見かけてさ」

 何か、聞こえてくる会話。

「友達と約束してたんだけど、友達が来ないって困ってたんだ。だから一緒に映画見てきた」

「……」

 聞きたくない。

 イヤホンをした。音量上げた。自分の世界に逃げる。

「おーい、瞬介、何だよお前、今日の約束ってメグちゃんとだったの? 今母さんが、」

 音量、もっと上げる。

 くそったれ。

 でも、誰に怒りを向けたらいい?

 ペンダントなくした相川か? 俺に助けてなんて電話寄越してきた事か? それとも、ノコノコ探しに行った俺自身か?

 メグさんと約束あったのに。何より大事な日だったのに。

「……」

 バカは、俺。

 布団にもぐり込む。

「……」

 怒り、怒り、怒り……そして悲しみ。

 去ってくメグさんの背中が目に焼きついて。

 その日は、それで眠れなかった。




  ◇



『地球崩壊は必ず食い止める』

『一体どうするっていうの!?』

『俺がここに残って、奴らを食い止める。その間にお前は逃げろ』

『嫌よ!! そんなの絶対に嫌!!』

 ……映画。

 洋画。

 目の前を流れて行く。

 地球崩壊がテーマの壮大な物語。爆発シーンと戦闘シーン、臨場感溢れる様々な特撮映像。地球は青く美しい。

 でも、入ってこない。

 誰かが食ってるポップコーンの匂いがしても、食べたいとは思わない。

 ……あの時、見損ねたあの映画、何だったかな……。

 メグさん、兄貴とはよく映画に行ったって言ってた。あれから……だったのかもしれない。

 兄貴は映画好きだったのかな。俺は知らない、だけど兄貴は新作をチェックするほどだったとか。

 わからない。

 何がどう転ぶのか。

「……」

 映画の向こうでヒーローとヒロインが別れの口付けをした。

 俺は目を背けた。

 こんなラブシーンも。あの2人はここで見てきたのかと思うと。

 胸が、痛かった。





 映画館を出る。けれどもそこに待ってる人はもちろんいない。

 ごめん、メグさん。あの日の彼女にもう一度謝る。

 ごめんな、ごめんな……。

 そして、ごめんな、俺。

「……」

 夕焼けが、目に染みるようだった。

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