13、「試しに見てみる?」

 その日俺は1人でログインした。

 メグさんは今日は来れないと連絡があった。

 いつもならそういう日は俺も違う事をするけれども。

 少し、あっちの世界をぶらついてみようと思った。

 欲を言えば、少しレベルを上げようかとも思った。

 【聖域】……兄貴が最後に見たその場所へ向かうとするならば、嫌でも避けては通れない。

 それにやはり、この世界ではレベルが物を言う。

 弱いままでは戦う事も前に進む事も、そして何よりメグさんを守る事もできない。

「ショートソードも限界かな」

 ショートソードの使用回数が限界を迎えようとしている。ショートソードは初心者用も同然なので、それでも、他の武器よりは回数多めになっているらしい。

 鍛冶屋で鍛えなおせば回数は回復するけれども。

 それならば、新しい武器を買いたいと思った。

 使用回数の件は防具も同じ。こちらも考える時期に来ていた。

 とりあえず下見に武器屋へ向かった。様々な武器が売られていたが、剣士の職業で装備できる武器はそれほど多くはない。【ショートソード】の上のランクで【ロングソード】【バスターソード】【細身の長剣】。一番高い【メタルウィリアムの剣】なんてのはとても金額的に手が出ない。

 最近のレベル上げでお金は少し貯まった。【ロングソード】を飛び越えて、【細身の長剣】を買っても、装備品に回せそう。【旅人の服】から【皮の鎧】【皮の盾】【皮の靴】【皮の手袋】【皮の帽子】辺りを揃えられたらやっと本当に冒険者という感じなのかも。

 そうなるとメグさんはどうしたものか……【桃色の杖】から【紫の杖】にして、【皮のローブ】辺りから皮シリーズを揃えられないか。でもメグさんは【おなべのフタ】がお気に入りだから。修理してでも使うと言い出し兼ねない。

「かといって、僧侶はガッツリとした装備はできないんだよなぁ」

 【皮の盾】も僧侶や魔法使いは装備対象外になってる。せいぜい彼らに持てるのは鍋のフタくらいだろうと考える製作者は、ちょっぴり呪文系技術者達をバカにしているとしか思えない。

 肉体派で【黄金の金槌】や【ド・ビックハンマー】をぶん回す魔法使いだっていてもいいだろうに。

 ……とにかく。とりあえず俺は剣を購入した。防具品はメグさんが来た時にしようと思った。防具を変えると外見がかなり変わる。そうなるとメグさんが「勝手に進めた!」と言ってケンカになり兼ねない。

「まいどあり」

 武器屋のマッチョのNPCから剣を受け取る。

 【細身の長剣】……うーん、いよいよマジメに、「俺は剣士だ!」と自慢できる気がする。リアルでも妙に、何かぶん回したい気分になった。

 感慨深くその文字を眺めていると。

『どこにいる?』

 と会話コマンドに文字が躍った。チャットチャンネルからのメッセージだった。

 相手は、【ハム】。

 チ、見つかったか……俺は舌打ちをした。シカトを決め込もうとしたら、またメッセージが来た。

『どこにいる』

『武器屋です』

 面倒臭い。今日はメグさんも来ないから、さっさと落ちようと思った。





『武器を変えたのか。じゃあとりあえず試し斬りに向かおうか』

 広場で落ち合うなり奴はそう言った。

 どういう口実で逃げようかと思案してた時。

 ふと俺は、さっき偶然知った事を聞いてみた。

『そういやワープ機能って、レベル12から使えるんですね』

 町中に立ってたNPCに偶然話しかけたのがきっかけだった。【魔法使い見習い】と名乗るその人物は「他の町へワープしますか?」と尋ねてきた。

 そこに、(レベル12から使用可)と書かれていたんだ。

 ワープ先の選択一覧には、【テネシーブルー・エンブレム】の名もあった。

 【吟遊都市テネシーブルー・エンブレム】……【聖域】の直近の町だ。

 3つくらい町を越えて行かなければ行けない場所だと思っていたから。俺はちょっと肩透かしに合った気分だった。何が「遠い遠い町だ」だ。簡単に行けるじゃないか、と。

『テネシーブルーにも行けますよね?』

 俺が打ったその単語に。

 瞬間、周りにいた奴らが驚いたように反応をした。

『ちょっとこっち来い』

 途端に【ハム】はチャットで指示し、いつもの隠れ家へと誘導する。

『町中で【テネシーブルー】の話をするんじゃないよ』

 入るなり【ハム】はそう言った。『何でですか?』と俺は正直に返した。

『ワープの情報を嗅ぎ付ける鼻があるなら、ついでに【テネシーブルー】の事も勉強して欲しいんだけど』

 意味がわからない。

『お前、【テネシーブルー】がどういう所か知らないだろ』

『綺麗な川が流れてる場所とか?』

『アホ』

 ……またアホ呼ばわりかよ。

『しかもワープで【テネシーブルー】に行こうなんて。町中では絶対に言うな。皆が引くから』

『何なんですか一体』

 苛々とキーボードを叩く。1階から母さんが、「スイカ切ったわよ」と呼んできた。俺は吐く様に「後で」と返した。

『【吟遊都市】なんて名称は、ぶっちゃけ嘘だ。あの町の別名は他にある』

『そうなんですか? 公式サイトにも【吟遊都市】って書いてありましたけど』

『ユーザーの間で【テネシーブルー】は、【魔都】って呼ばれてるよ』

 魔都?

 えらくイメージが変わるけど……?

『前に言ったよな、PKの話。この世界は一部地域でPKが解禁されてるって』

 【ハム】のその言葉に、俺はハッとした。……まさか。

『その解禁フィールドの1つがそこ。【テネシーブルー】だ』

 ……町中で、か。

 それはちょっと嫌だな、と思っていると。【ハム】はさらに言った。

『しかもそれだけじゃない。【テネシーブルー】はモンスターに制圧されてる町なんだ』

『え』

『町中を凶悪なモンスターがうろついている。そしてPK解禁エリア。……想像できるか? その場所』

 母さんがまた呼んできた。でも返事はできなかった。

『【テネシーブルー】は設定上では、この世界を築いた三女神の1人が守護する美しい町だとされているが。実際には違う。架空のモンスターとプレイヤーの姿をしたモンスターどもが徘徊する【魔獣の都市】と成り果てている』

「………」

 そんな場所かよ、【テネシーブルー】……。

 PKって、あんまり関わりたくないんだけども。

 前にやってたゲームで、PKが集団になって戦闘フィールドで呪文を炸裂させてる所を見た。

 あのゲームもPKはプレイヤー名から会話まで残部が赤字表示だった。

『wwww』

『wwww』

 その赤で、全員がひたすらwを連呼しまくっていた。呪いのような光景だった。俺は面倒ごとに関わりたくなくてその場を直ちに立ち去った。

 でも今回はそうは行かないのか……【聖域】に行くには、【魔都】を抜けなければならない。

『あれから考えたけど。【聖域】はやめときな? 危険過ぎるよ。マジで行く気?』

 俺は困ったけれども。

『できれば』

 と言った。

『麒麟討伐クエストは【テネシーブルー】のクエスト屋でしか扱ってない限定クエストだ。クエスト屋は【テネシー】の中央にあるけど』

 そう言えば、【ハム】はこの前何か言いかけてた。麒麟との戦いで攻略した人々が、何かに遭った……みたいな。

 あの話の続きは何だったんだろう? 【ハム】は突然落ちて、結局聞けず終いだったけれども。

 それを聞いてみようかと思った時、それより先に【ハム】が一つの提案を持ち出した。

 それは、

『試しに見てみる?』

「――」

 何を? と聞くのは愚問。

『ついてきてくれるんですか?』

 俺は急いで文字を打ち込んだ。

 リアル【ハム】プレイヤーの表情は、見なくてもわかりそうだった。

『嫌だけど』

『行きたくないんだけど』

『あそこ、面倒なんだけど』

 早打ち、三連発。

『でも、団長は初心者支援ギルド【よい子の騎士団】の団長でしょ?w』

『PK地獄に行きたいなんて言う初心者いないっての』

 まぁ、確かに。

『俺は強い。が、PKにはなりたくない。いいな、俺は殺しはやらんぞ』

『わかってます』

『少し覗いて、すぐに帰る。いいな。すぐに帰るんだ。……だったら付き合ってやらなくもない』

『わかりました』

『あーあ、ヤダヤダ』

 【ハム】はアクションコマンド、【肩をすくめて首を振る】を繰り返し繰り返し繰り返した。……そこまで嫌ならば、別にいいのにと思った。

『行くなら準備がいる。まずは道具屋へ向かう』

『あ……待ってください、その前に、俺もちょっと』

『?』

『【魔都】に行く前に、スイカ食べてきていいですか?』

 俺がそう返事をしたら、【ハム】アバターは黙りこくった。

 1分ほどの沈黙の末、【ハム】は再び、【肩をすくめて首を振】った。

 何度も、何度も。

 ……俺は面倒だったので、そのまま『一端落ちます』と言って画面から逃げた。





「美味い」

 今年初スイカは、凄く甘かった。

 父さんと母さんもシャクシャクやってた。

「本当、甘い」

「甘いな」

「ヤバイ、これはいける」

「また買ってくるわ」

 ……父さんと母さんと3人でこんなふうに顔合わせてスイカ食べたなんて。最近あったかな。

 父さんはいつも遅かったし……俺も、部屋に持って行って食べてた気がする。

 スイカってこんな味してたんだな、なんて。おかしな事を思った。

 ふと仏壇を見る。まだ真新しい仏壇には、スイカがお供えしてあった。

 兄貴はスイカが好きだっただろうか? そんな事も俺は知らない。

 ……家族だったのに。

 もう数年、まともに兄貴とは……口を利いてなかったような気がする。

 ――メグさんを幸せにしろよ。

 俺がそう言った時、兄貴はどう思っただろうか?

 会話をしない弟が言った、その言葉……。

「来月の第一日曜日にしたからね」

 母さんが言った。見れば母さんも仏壇を見ていた。

「お寺さんにはお願いしたから」

 ――納骨。

 兄貴の墓……。

「ん」

 俺は短く返事をした。

 そしてスイカにかぶりついた。

 美味かった。

 もう一つ、続けざまに平らげた。

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