第18話

 なんだかんだで初めての学校生活一週間が終わった。疲れた。こればかり言っているような気がするが本当に疲れた。学校と授業形態は同じなのに関わる人が全員知らないなんて転校生と変わりがないから、緊張するのも当たり前と言えば当たり前か。


 土曜日の今日は変な疲れがあったのか10時近くまで爆睡していた。置時計をふと見て慌てて飛び起き、そうだこの世界ではバイトしていないんだった、と改めて気づく。ぼけ症状には早すぎるだろうと思ったが、そういやまだこの世界に来て一週間しか経っていないのだ。新しい事だらけで日々濃厚な時間だったからとても長かったような気がする。

 時間を持て余すのも何なので起きたついでに出かける事にした。太郎達から遊びのお誘いもないし、何となく電車で繁華街まで繰り出し街をぶらつく。どうせ誰も知らない世界なら知り合いが最初からいないであろう場所に出かけた方が気が楽だ。街に出て一歩歩き出すとボロを出さないよう常に緊張していた学校とは違い、自分が好きなように好きなペースで誰にも気を使う事がなく何をしてもいい、のびのびとした開放的な気分になる。本屋を見てCDショップを眺めスポーツショップをひやかしウィンドウ越しに新作のスニーカーをチェックしてカフェでドリンクを買う。小腹も空いてきたしハンバーガーでも食べようかと人で混み合う大通りをドリンク片手にそぞろ歩いていた、その時だった。


とも! 」

 男の声と共に急に後ろから右肩を乱暴に捕まれる。はずみで持っていたカップが揺れ少しジュースが零れた。驚き、あわてて左後ろを振り向けば、スーツ姿の若い男性が驚いた顔でこちらを見ていた。


「あ__、す、すまない、その、人違いで」

 整髪剤できちんと整えられた短い黒髪、四角い黒縁のメガネ、すらりと高い上背に似合った皺のないスーツ。真面目そうな勤め人と言った風体の男性は焦りながらもまだじろじろと人の顔を見ている。その視線がふと俺の右手に移った。

「零してしまったか。すまない、俺のせいだ」

 ポケットからきれいに折りたたまれたハンカチを差し出された俺は慌てて首を横に振った。

「いやあの、手についただけだし、大したことないんで」

「それでは悪いから。・・・これからお昼かな? 良かったらなにかご馳走させてくれないか、こちらの気が済まないから」

 少しためらったが、人通りの多い往来でこれ以上立ちっぱなしなのも通行人の邪魔になるので

「じゃあ、そこでいいですか」

と俺は当初から入る予定だったファーストフード店に逃げるように入った。男と共にカウンターに立ち、一番安いセットメニューを頼んでそそくさと席に座る。何となく気になって男を見ているとこういう所に慣れていないようで少々オーダーに戸惑っていたが、やがて注文した物を持ってこちらにやって来た。男は座り際に自分のトレイに乗っていた大量のチキンナゲットを俺のトレイに置いた。

「それだけじゃ足りないと思うから。遠慮なく食べて欲しい」

 Sサイズのポテトとジュースに小さなハンバーガーを前にしていた俺は、さすがに遠慮しているとばれたかとバツの悪い思いをしつつ、あざっすとつぶやいてぎこちなく会釈した。冷めないうちに早く食べてと相手が言うので遠慮なくハンバーガーにかぶりつく。ちらりと見た男の手元はコーヒーと男の分のナゲットだけで、彼はコーヒーを飲みつつ、時々ゆっくりとナゲットをつまんでいる。先程は慌てていて気が付かなかったが向かい合った席だと正面から相手の顔がよく見える。切れ長の瞳が特徴的な端正な顔立ちだなと思った。年の頃は30代前半と言った所だろうか。

 ふと視線が合い、慌てて目を逸らす。苦し紛れに再びハンバーガーにかぶりつけば、ふ、と正面で笑った気配がした。

「やはり育ち盛りだな。・・・高校生? 」

 一瞬考えたが、正直に答えてもこれくらい大丈夫だろうと思い、

「・・・はい」と答える。

「ここらへんはよく来るの」

「・・・まあ」

 再び沈黙。うつむいたまま食べる事に集中するが、目の前から熱視線と言うかすごく見られているような気がする。何かいたたまれない。

「ここらへんに住んでいるのかな」

「あの! 」

 なんでこんなにじろじろ見られたり詰問されなきゃいけないんだ。腹が立って思わず言った。

「そんなに似てますか」

 虚を突かれたように相手が一瞬固まった。

「・・・気を悪くさせてしまったらすまない。いや・・・、うん、似ている、とても。古い知り合いに」

 彼が先を続けようとした所で彼の胸ポケットに入っていた携帯がけたたましく鳴った。それを取り上げ、すぐに切り携帯画面を見ている。

「すまない。仕事で呼び出しが入ったみたいだ、ここで失礼する」

 男は立ち上がり、携帯をしまうと同時に革製品らしい洒落た名刺入れを出し、一枚引き抜いてテーブルに置いた。いつの間にか万年筆も出し名刺に何か書きつけている。

「俺は新藤と言うんだ。この近所に住んでいるから休日にまたここらへんに来たら連絡くれないか。今度はもっとちゃんとした所でご馳走したいし。それに__」

 差し出された名刺には手書きで携帯番号が記されていた。

「きみと、」

と一歩近づいた彼に言われ、顔を上げるとすがるような真剣な瞳とかちあった。

「君と、もっと話したいんだ」


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