第7話

「はい、ではこれで終わります」

終了の鐘の音と共に発せられた教師の言葉で、教室中に今日一日の授業が終了した倦怠感と喜びの入り混じった空気が充満する。用事があるのか速攻教室を飛び出す者、おそらく部活なのだろう、だるそうにスポーツバッグを持って仲間数人と連れ立って行く者、のんびりと帰り支度をしている者、しばらく友人達と話が弾みそうな机に陣取る女子グループ達の中、俺は足に根っこが生えたかのように机からしばらく動けなかった。


疲れた。

こんなに緊張して授業を受けたのはいつぶりだろうってくらい疲れた。

パソコンの指示画面にあった通り、授業の進め方は今までと同じだから特に問題はないと言う事と、よく考えればわかる事だが、授業中は別に教師や生徒の名前を知らなくて支障なく進む事がわかったが、俺だけが知らない世界に一人放り出された重圧は予想以上だったらしい。

「ねぇリョータ、リョータってば!終わったよ、なにぼーっとしてんの?」

前の席に座っていたタローが身体ごとこちらに向き直り、首をかしげて俺の顔を覗き込んでいる。ちなみに今日一日彼と一緒に行動した(タローがべったり俺にくっついていた、と言うのが正しい)事で、タローは「鈴木」と呼べば問題無し、下の名前で呼べば地雷を踏む、という事がわかった。それさえ気をつければ、彼は屈託がなく、誰にでも愛想が良く、時々俺が恐る恐る聞く「あの先生、なんて名前だっけ」と言う彼にはすごくトンチキなはずの質問にも「ボケにはまだ早いでしょー」と笑いつつ、「杉田先生だよ」と優しく教えてくれる、つまり「すごくいい奴」である事もわかった。

「あ、終わったよな。はは、ぼけてた。え・・・とじゃあ・・・」

俺はいつも通りだよと言う体を装いながらものすごくゆっくり立ち上がった。今日一日何度と出たかもしれない汗が背中から再びだらだらと流れている。これからどうすればいいんだ。俺はこの世界でも帰宅部って事でいいんだろうか。まさかどこかに所属したりしてないだろうな。

「あ!じゃあさ、しゅーへいのとこ付き合ってよ。今日なら来ていいって言うから」

良い事を思いついたと言うように、タローは嬉しそうにぴょんとその場で勢いよく立ち上がり、俺の右腕を取った。

「秀平?」

先程の長身黒髪雰囲気イケメンはタローと仲がいいのかしょっちゅうノートを借りに来るので会話のやり取りから名前をすぐに覚えてしまった。黒田秀平だ。ちなみに彼は俺が呆けている間に教室を出たようで、もう姿は見えなかった。

「えー、いいじゃん、リョータ時間あるでしょ?」

呆けた顔をしていただけなのだが不満と取られたのか、タローは俺の右腕を取ったままぐいと距離を縮め俺を見上げる。

だからなんでこんなに引っ付いてくるんだ。近すぎるって。

思わず後ずさり引き気味になった俺は、構わず腕に抱き着いてくるタローと綱引き状態になったが、次のタローの言葉でぴたりと止まった。

「部活もバイトもしてないんだからさあー」

へ。そうなの?

思わずタローの顔を凝視すると、何を誤解されたのか次の瞬間大笑いされ、

「図星だよね。じゃ、しゅーへんとこ。決まり。ほら、鞄持って」とタローは俺の右腕をつかんだまま、反対の手で俺の鞄を押し付け自分の鞄を持ち、俺を教室の外へ引っ張り出す。何が何やら分からず廊下を引っ張られながら俺は尋ねた。

「秀平のとこって?」

「今日は顧問いないし見学させてくれるんだって」

頭にはてなマークが飛んでいる俺が見えるわけもなく、タローは茶色がかったふわふわの頭をさらにふわふわなびかせて俺に構わず、俺の腕をしっかりとつかんだままずんずんと前を歩いて行く。


だから何のだよ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る