第29話

一瞬パニックになりかけた亮太だったが、いや、待てよと思い直した。この設定って使えるんじゃないか?


何故なら、恋人です、と告白されたら相手が男でも先生は教育者として「冗談だろう」とも言えない。

恋人ならばどこでどうやって出会ったのかなど無粋な事も聞けない。

つまり先生は沈黙する他ないのだ。


これだ、と思った亮太は新堂の奇策に乗っかる事にした。


「おれの、彼氏です」


そう答え、恋人らしく見せようと新堂のそばにぴたりとくっつく。一瞬新堂が緊張した様子が伝わったが、彼は返事がわりに亮太の肩にまわす手に力をこめた。


当の篠崎先生と言えば、目を大きく見開きその場に固まっていた。わかりやすく先生の顔と身体が硬直している。いつも不敵そうに笑い何事にも動じないイメージの先生がこれほど動揺した姿を見るのは亮太は初めての事だった。

彼の視線はせわしなく亮太と新堂を行き来しつつもしばらく何も言えないようだった。内部で個人の感情と教師としての立場が攻めぎあい、どう言葉を紡いでよいか葛藤しているようにも見えた。


その後、しばらくして

「__そうか。・・・遅くならないうちに帰るんだぞ」と先生は言葉を吐き出すとそれ以上何も言わずくるりと背を向けた。


万一誰かに話されたら困る。去り際の背中に向かって亮太はダメ押しをした。

「先生、あの、みんなには内緒で」

去ろうとする先生の足が一瞬止まった。

「・・・わかってる」

と低く答えると、こちらを見ないまま篠崎先生は出口に向かって歩いて行った。


「よ、かった~。焦った・・・」

先生の姿が見えなくなると亮太は息を一つ吐き脱力した。そのまま新堂のそばを離れようとしたが左腕をつかまれる。思いのほか強い力に驚いて隣を見上げると「すまない」と新堂は力を弱めた。でも腕は離さない。

「よかったら、」

と新堂は真剣な眼差しで亮太を見つめた。


「よかったら、本当に俺と付き合ってくれないか。__一目ぼれなんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る