第11話
同じく心配そうに隣を見ていた秀平もタローの剣幕に押されて
「じゃあ、やるか」とのんびりとこちらを向いた。
頷いて、長袖シャツの袖口を軽くまくりあげる。当たり前だが俺もタローも制服のブレザーは脱いできていた。足を前後に開き軽く腰を落として、いいよ、と秀平に声を掛けた。両手は下げたままだ。
秀平はそんな俺を見て、ふ、と目を細める。いつも無表情だから分かりにくいんだが、なんか今一瞬笑ったような気がするが気のせいだよな。
「いくぞ」
と秀平が俺に向って両手でボールを高く投げる。俺は腰を低く落とすと同時に両手を上げた。おでこの前で両の手の平を上に向け、両手指で三角形の形を作りそのまま落ちて来るボールを受ける。と同時に曲げていた両腕と両足を伸ばしオーバートスで秀平に返した。彼は俺からのトスをなんなく、同じくオーバートスで返す。げぇ。高けえ。ボールが高いと受けるこっちは重いんだよなと思いながら再び同じように返す。
そうやって何度もパスを繰り返す度に、秀平が上手い事が分かって来た。まず無駄な動きがない。こちらが多少ミスして右や左にボールが曲がっても、反射神経がいいのかボールの軌道をあらかじめ読んでいるのか、最小限の動きで身体の正面でボールを受ける。体幹がしっかりとしているのか足腰と両腕をしっかり曲げ、腕の力だけではなく体全体で球を受け取り飛ばすから、軽くパスする体でとんでもなく高さが出る。それでいて俺がいる位置にきちんと球が返ってくるから、こちらはほとんど動かなくていい。
適当にミスってくれたらいいものを、無駄に上手いからパスが繋がってばかりで全然終わる気がしない。久しぶりだから息が上がってくる。
いい加減やめてくんないかなと言う所で秀平がぽつりと声を上げた。
「アタック。やってみるか」
「え?」
俺からパスしたボールを両手で受け取ると、手招きしながらすたすたとコートまで先に歩いて行ってしまう。隣を見ると、タローは必死でパス練習していたから俺にだけ声をかけたらしい。仕方なく彼の後についていった。
「制服だから動きづらいんだけど・・・」
「大丈夫」
俺たちがコートに寄ると他の部員が楽しそうに場所を空けてくれた。だからゆるいんだって。あー、もうやるしかねぇな。
トスを出してくれるらしく、秀平がネットのそばに立つ。俺はコートの半分くらい後ろの位置に立った。やや背中を丸めて身体を前傾させ、右足を前に出す。
「いくぞ」
秀平がネットの端からネット中央に向けてオーバートスを上げた、と同時に俺はボールの落下点へ向かって左足、右足と大きく踏み出し、次に両足で地面を蹴った同時に両腕を後ろから前へ大きく振り上げ飛び上がる。右腕を引き、落ちて来る球の中心を右の手の平でとらえ、瞬間、思い切り右腕を振り下ろした。ボールはネット向こうの反対側のコートにドンと言う音と共に突き刺さった。
おー、と周りから感嘆の声が響く。タローがいつの間にか野次馬の中に入っていて口をあんぐり開けていた。
「うまいな」と秀平が相変わらず感情の読めない顔で近づいて来る。今日1日見ていて分かったが、彼は無表情でぼそぼそしゃべるというだけで、悪い奴ではなさそうだ。感情が読みづらいのが難点だが。
「ポジションどこだった?」
「・・・センター」
「リョータ、バレーやってたの!?」
興奮した様子で顔を真っ赤にしたタローが慌てて駆け寄り、俺と秀平の間に割って入った。
「うん。中学の時」
「なんで教えてくれなかったの!?」
「なんでって。聞かれた事なかったし」
元の世界でも、高校では自分がバレー経験者だとは誰にも言っていなかった。理由は単純で、バレー部の勧誘が嫌で黙っていた事と、それを抜きにしてもわざわざ言う機会がなかったからだ。バイトして学校以外の世界を知りたかったから、高校では帰宅部になると決めていた。また、男子は体育の授業でバレーがない事もあり誰にもばれなかった。
そんな事情は明かさず黙る俺をよそにタローはプリプリ怒っている。
「もう、言ってよ!一人初心者で恥かいたじゃん」
「言う暇もなかったし」
「僕にも心の準備ってもんがさあ!」
「どんな準備だよ」
「おい、そろそろいいか」
言い合いしている俺とタローに、秀平がのっそりと声をかける。彼の後ろを見れば、部員達がじゃんけんしてチーム分けをしている。これから練習試合のようだ。俺の視線をたどり事態に気付いたタローは、秀平を見上げると「もう時間だね、ありがと」と笑って礼を言い、次に奥に向って大きな声で「ありがとっしたー!!」と言いながら腰をおって深々とおじぎした。俺も慌てて礼をする。
おう、またなーと言う気のいい返事を聞きながら秀平に手を振り、俺とタローは体育館の外へ出た。
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