中柱 樹(なかばしら いつき)の場合(4/5)
レヴナントがゾンビに襲われることは無い。ゾンビから見れば、僕たちは
人間がレヴナントを襲うことは多々ある。人間から見れば、僕たちは
そんな理由があって、僕たちは街で人間に襲われそうになったとき身を隠すための隠れ家を、コミュニティごとに何か所か確保してあった。
「ここには……ゾンビは入って来れないから」
人間は……と言いかけて、僕は言葉を選ぶ。
個人経営の大きなコンビニのバックヤード。
ここは普通のコンビニと構造が違っていて、店内とバックヤードの間に鍵のかかる頑丈なドアがあるので重宝していた。
彼女をパイプ椅子に座らせた僕は、コンビニの店内へ向かう。
棚から大丈夫そうな飲み物と食べ物をいくつか見つくろうと、ちょっと迷った末に、男性用のコロンを顔と体に振りかけた。
バックヤードに戻り、内側の頑丈なドアに鍵をかける。そのままテーブルにペットボトルとスナック菓子を並べると、僕はそのまま急ぎ足で彼女の横を通り抜けた。
カチャンと響いた施錠の音に、彼女はハッとしたように僕の姿を目で追う。
見せびらかすようにすらりと伸びる生足をミニスカートの裾を引っ張って一生懸命隠そうとする彼女の行動に、僕は思わず苦笑した。
「襲ったりしないから安心して。ここで少し休んで、食料を補給したら僕の家に行こう。明日の朝には迎えが来るんでしょ? そこまで送って行ってあげる」
電気も使えない薄暗いバックヤードで、僕は彼女から一番遠い椅子に腰かける。
ここなら僕の死斑の見える顔の皮膚も見えないだろうし、かすかに匂う腐臭も届かない。
そして何より、僕自身が彼女に感じる食欲を、一番抑え込むことが出来る距離でもあった。
「……あの、ありがと……あたし
「僕は
風でカラカラと回る換気扇から漏れ出る光が、彼女の姿を映画のフィルムのように浮き立たせる。
心底安心したように微笑む彼女は、やっぱりとても可愛らしかった。
「ねぇ……樹は
「うん、そうだろうね。……でも何事にも例外ってものはあるんだよ」
僕はレヴナントの事は隠して、島に未だに住んでいる人間のことを話して聞かせた。そのほとんどは社会不適合者か犯罪者だけど、その他にもごく少数、普通の精神を持ちながらも、この地獄のような島での生活を続けている人もいる。
僕の説明を聞いて、杏子は不思議そうに首を傾げた。
「――お墓を守る?」
「そう、先祖代々のお墓を守らなきゃいけないって残ってるおじいちゃんやおばあちゃんがいる。家族や恋人がゾンビになったり亡くなったりして、同じ場所で死ぬためにってここに残ってる人もいるよ」
「……樹もそうなの? あの……恋人が?」
「残念ながらキミと違って恋人は元々いないんだ。……ただ僕は……僕の両親もゾンビになっちゃってね。でも両親は今でも自宅で夫婦仲良く暮らしてる。なんかあれを見てると、今にも人間に戻りそうでね。僕はそれを待ってる」
嘘ではない。僕は両親が人間に……僕と同じようなレヴナントになることを待っているのだ。
もちろん、一番の理由は僕がレヴナントであることで、そうでなければ両親の事は放っておいて本島へと逃げていただろう。
それでも、それは紛うことなく僕の本当の望みで、今のこの生活を続けている理由でもあるのだった。
「……そっかぁ。樹は優しいね。あたしのことも助けてくれたし」
ペットボトルのお茶を飲みながら、彼女は涙ぐむ。
「きっと樹のパパとママも人間に戻れるよ!」
無責任に言い放ちながら、杏子は立ち上がり、僕の方へと手を伸ばした。
近寄ってほしくない僕は、椅子の上で体を引く。
その時、コンビニの店内から棚の崩れるけたたましい音が聞こえた。
「え? 何?」
「シッ!」
杏子に動かないように身振りで示し、僕は飲料棚の裏へと移動する。電気が流れていないため防犯カメラなどは使えないが、ここならば商品の隙間から店内を見ることが出来る。
僕は音をたてないようにゆっくりと動き、店内を確かめた。
昼でも薄暗い店内を何か棒のようなものを持った男たちがうろついている。
彼らは音をたてて周囲のゾンビがよってくるのも構わず、棚の商品を投げ飛ばし、棚ごと蹴り倒し、レジの中身を物色していた。
「ちっ。何もねぇな」
「しょうがねぇな、倉庫も調べるぞ」
「あれ? 開かねぇ」
ガチャガチャとバックヤードのドアノブがひねられる音と、男たちの声が響く。
僕は慌てて杏子のところに戻り、状況を説明した。
「武器を持った男が2人、店内を物色してる。人間だ。杏子は彼らと合流したらいい」
ドンドンとドアが何度も蹴られる。
あいつらは人間だし、杏子も人間だ、どうも店の男たちは粗野な性格ではあるようだけど、さすがに命は助けてもらえるだろう。でも僕は明るいところで見られたら確実に殺される。いや、簡単に殺されてやるつもりは微塵もないが、それでも僕か彼らか、どちらかが死ぬことになるだろう。
「金庫でもありゃあ良いけどな」
「へへっ、ゾンビどもに現金はいらねぇだろうからな。俺たちが役立ててやろうぜ」
だんだんと大きくなる蹴りの音と、彼らのそんな言葉を聞きながら、僕は外へ向かうドアの前に立ち、そっとカギを開けた。
ペットボトルのお茶とお菓子をバッグに突っ込み、杏子が僕に駆け寄る。
「まってよ樹、いやよぉ。なんか怖いわ。置いてかないで」
言い争っている時間は無い。僕は裏のドアを開け、明るい外へと歩を進めた。
杏子が出るのを待ち、ドアを閉める。
振り返った僕は、いつの間にかすぐそばまで近づいていた1体のゾンビが、背後から杏子に噛みつこうとする瞬間を目にした。
何も考える間もなく、ぬっと手を伸ばしてゾンビの顔を押さえ、振り払う。
僕のリミッターの外れた腕力でゾンビの首はメキメキと音をたて、引きちぎれるように吹き飛んだ。
「……っきゃあああ!」
杏子の絶叫と、バックヤードのドアが破壊される音が同時に響く。
見開かれた彼女の目は、ゾンビそのものでしかない僕の顔を真正面から見ている。
そこに浮かんだ恐怖の表情は、自分とは違う種族の、化け物を見る目だった。
そして、バックヤードを通り抜けて、僕たちの前に現れた武装した男たち。
彼らは扇情的な杏子の姿をマジマジと見て、次に僕と首の千切れたゾンビに視線を移し、最後に武器を構えた。
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