伴場 理太郎(はんば りたろう)の場合
◇ヒューマンドラマ◇コメディ◇ホラー
伴場 理太郎(はんば りたろう)の場合(1/2)
今日はひどい一日だった。
……いや、素晴らしい一日だったのかもしれない。
朝起きた時から体が重くて、声の調子もおかしい。
風邪でもひいたかなとベッドから降りて姿見を見ると、僕の首の回りは血だらけになっていた。
目も良く見えないのでメガネをかけたが、それでも上手く見えない。
めちゃめちゃ血も出てるし、今日は会社を休んで病院とメガネ屋さんに行こうと決めて会社に電話を掛けたけど、夜間の留守電が再生されるだけで誰も電話に出なかった。
小さな会社だから、もしかすると事務員さんがお休みで、留守電に気づかないまま皆営業に出てしまったのかもしれない。
とりあえず後で同僚に電話をしてみる事にして、僕は通話を切った。
しかし、次に電話を掛けたかかりつけの病院も同じく留守電になっているのを聞いて僕は頭をひねる。
今日って祝日かなんかだっけ?
仕方ない、目が良く見えないから車にも乗れないし、少し時間はかかるけど救急外来のやっている大学病院へ向かう事にして、僕はとりあえず歯を磨いて顔を洗い、首に包帯を巻いた後に服を着替えた。
いつもは朝食を食べないんだけど、今日は妙にお腹がすいていたので、とりあえずソーセージとパックのごはんをチンして食べる。
この視力で火を使うのが怖かったからだけど、風邪のせいで味覚がおかしくなっているのか、せっかく作ったご飯もあまり美味しくなかった。
あとで定食屋さんにでも行こう。
時計を見るとたぶん10時を少し過ぎたくらいだ。
表に出てみると、平日のこの時間としては珍しいくらい大勢の人が家の周りをうろうろしている。
やっぱり今日は祝日かなんかだったんだろうか?
相手の顔が良く見えないので、知り合いかどうか良くわからなかったから、それっぽい人全員に「こんにちわ」と声をかける。
ただ、やっぱりのどの調子が悪く、僕の挨拶は「ごぉんヴぃぢヴああぁ」みたいな挨拶になってしまった。
何人かは怒ったように「ヴぁあぁぁ!」って威嚇をしてきたり、「ひぃっ!」と悲鳴を上げて逃げたりしたけど、あれはたぶん全然知らない人だったんだろう。
そりゃあ首から血を流した知らない人にあいさつされたらびっくりするよね。
どうか「声掛け事案」とかで通報されませんように。
駅前につく。
良く見えないけど、電車もバスも動いていないようだった。
電光掲示板も読めないし、駅員さんに聞こうにも、そもそも駅員さんとスーツ姿の人の区別がつかない。
仕方がないので、とりあえず僕は駅前のモールにあるメガネ屋さんへと向かった。
とにかく目が見えない事にはどうしようもない。
しかし、運の悪い事にメガネ屋さんにも店員は居ない。
僕は何度か「ずぅヴぃヴぁァぁぜぇぇん」(すみませーん)と声をかけたけど、一向に出てくる様子の無い店員を諦めて、勝手にいくつかのメガネを試してみた。
どれもしっくりこなかったけど、一番度の強いサンプルをしてみると、普段メガネをかけていない時くらいの視力にはなった。
ピントを合わせるのに集中力が居るため目が疲れるし、フレームのデザインもカッコ悪い。それでも無いより全然ましなので、僕はそのメガネをかけ、名刺に電話番号と「急ぐのでお借りします。料金は後でお支払いします」と言うメッセージを入れてレジ前に置いた。
メガネはこれでよし。……とにかくお腹がすいた。何か食べよう。
そう思ってメガネ屋を出た僕は、噴水の前で泣いている女の子に気づいた。
たぶん幼稚園か、もしかするともっと小さい。
3~4歳くらいだろうか。
堪える様に小さく、それでも抑えきれない嗚咽を漏らして泣いている。
周りに人はいなく、たぶん迷子なんだろうと僕は思った。
……今日はどうせ知らない人に挨拶して驚かれたりしてるんだ、今更小さい子に声をかけたって僕の評判は変わらないだろう。
僕はなるべく驚かせないようにゆっくりと女の子に近づき、にこやかな笑顔で声をかけた。
「どヴぉうじだぁヴぉぉ?」(どうしたの?)
赤と白のドット柄みたいなワンピースを着た女の子は、驚いた様子で僕を見上げる。
かがんで目線を女の子に合わせて、僕はもう一度聞いた。
「ヴぉどぉぅぅざんがヴぉがぁざんヴぁぁぁ?」(お父さんかお母さんは?)
女の子はふるふると首を振り、スカートの裾で涙を拭く。
そうか、やっぱり迷子か。
どうもこのモールに警備員は居ないみたいだし、駅前の交番に連れて行った方が良いかな?
そんなことを考えていると、女の子は僕の袖をくいくいと引っ張り、顔を近づけた。
「おにいちゃんはゾンビですか?」
「ヴぇ? ぢぃがヴよぉヴぉぉぉ」(え? ちがうよー)
「ほんと?! あーよかった!
視力が悪くても、ロリコンじゃなくても分かる。これはすごく可愛い子だ。
僕が連れまわしてたら性犯罪者だと思われるやつだ。
とりあえず、警察に行ってみようと言う事にして、僕と
メガネをかけたことである程度見えるようになった駅前バスプールは大変な有り様で、僕は思わず呆然としてしまった。
歯茎を剥き出しにした頬肉の無い顔で街をうろつく恐ろしい姿の人々。
事故があったのだろう、所々で炎上する車。
そして、それから逃げようとしている、僕らのような普通の人たち。
「ヴぁれがぁぁぞんヴぃ?」(あれがゾンビ?)
ためしに
僕の足にぎゅっとしがみ付き、不安げに周りを見回すその姿は庇護欲をそそる。
僕は断じてロリコンではないけれど、こういう女の子を守ってあげたくなる気持ちは良くわかった。
「あのね、
さらっと衝撃の告白が
さらに聞けば、お父さんも一緒にゾンビになったらしい。
兄弟姉妹などはおらず、おじいちゃんやおばあちゃんも早くに亡くなっているっぽい。
親戚は良くわからないけど、どうやらこの子はほぼ天涯孤独の身に間違いなさそうだ。
どうしよう、このまま警察に連れて行ったら施設とかに送られちゃうのかな?
そもそも今この状態で警察って機能してるんだろうか?
僕はちらりと駅前交番へ目をやって、そこをウロウロしている制服姿のゾンビから目をそらした。
「ヴぃゆぢゃぁん、ヴぉながァァずがヴぁい?」(
「うん、
「じゃヴぁぁァ、ごヴぁんだべヴぉォォがぁァ?」(じゃあご飯食べようか?)
「うん!」
元気よく返事をする
人通りの少ない方少ない方と選びながら道を進む僕は、たぶん見る人が見たら、女の子をさらう変質者そのものだろうと思いながら。
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