中柱 樹(なかばしら いつき)の場合
◇ホラー◇ヒューマンドラマ
中柱 樹(なかばしら いつき)の場合(1/5)
僕がゾンビになってから、もう半月ほどにもなる。
だから今、島に残っているのは一部の物好きな人間と、ゾンビだけ。
でも、人間にもゾンビにも、それぞれ違う2種類が存在するようだった。
人間のうちの1種類目は、ゾンビハザードが起こったこの島での生活を楽しんでいる、元々の人間の世界では生きにくい人間たち。
彼らの多くは犯罪者や多重債務者で、島の所々に要塞のような住居を構えて暮らしている。
まだあの日から半月しかたっておらず、なおかつ人間の絶対数が少ないため、缶詰や災害時の備蓄にまだ余裕のある生活は、案外優雅であるようだった。
人間の2種類目、封鎖されているこの島へと物見遊山で不法に侵入する人間たち。
どうやらすでにコーディネーターが存在するらしく、肝試し程度の学生から、メディア関係の胡散臭いライターまで、この島は本当に封鎖されているのかと疑いたくなるほどの数の人間がウロウロしていた。
もちろん、決して少なくない割合でゾンビに襲われることもあるのだけど、それでも人間の好奇心は自らを死地へと赴かせることをやめないようだった。
その他に、時々巡回をする自衛隊のヘリコプターを見かけることもあるけど、彼らは決して島に着陸しようとはしない。
ヘリが島の上空を飛ぶたびに、その音につられてゾンビたちが大移動をするのが週末ごとの恒例行事だった。
ゾンビは普段、生前に自分の行っていた行動をトレースするようにして暮らして居る。
あるものは学校へ通い、あるものは電車に乗ろうとする。
でも、知性と言うものがほとんど消失し、大きな段差すらも越えられなくなった彼らは、自分の知っていた場所を昼夜問わずウロウロと徘徊しているだけだ。
視力はほとんど無く、その分特定のにおいには敏感で、特に人間のにおいは夕方のカレーのにおい以上に鼻孔と食欲と、そしてなぜだか幸せだった記憶を刺激する。
あの匂いを嗅いだゾンビは、もうほかの事を何も考えることが出来なくなるほど、人間の瑞々しい肌を、温かい血液を求め、殺到するのだ。
この辺までの情報はよく知られていることと思う。
ただ、さっきも言ったように、ゾンビにも2種類居るのだ。
ゾンビの2種類目は、僕のように人間だった時の記憶と知性を忘れていないゾンビ。
心臓はほとんど止まり、人肉への憧憬にも似た本能的な摂取欲を持ち、皮膚は少しずつ腐臭を放ち、体を欠損してもそこが頭部じゃない限り動きを止めることもないのだけど、視力もあり、自分の頬肉も――だいたいは――食べたりしていない。
肉体的には死んでいる状態に近いためか、動きの速さについては人間よりも少々……いや、結構劣るのだけど、その分リミッターが外れたように力が強い。それに僕たちはお互いに日本語によるコミュニケーションも出来るし、文字も書けるし、音や食欲に対する本能的な欲求にも、理性で対抗することが出来た。
僕ら「知性あるゾンビ」は、お互いの事を普通のゾンビと区別するために「レヴナント」と呼び、少人数のコミュニティを作って生活している。
僕たちがなぜゾンビにならずにレヴナントになったのかはよく分かっていないけど、このコミュニティのまとめ役をしている、元大学教授の田中先生の見解によれば、何らかの抗ウィルス作用があるDNAを持っている人なのではないかと言う事だった。
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