東海林 西山(とうかいりん せいざん)の場合

◇コメディ◇ホラー

東海林 西山(とうかいりん せいざん)の場合

――オカルト系WEBニュースサイト「アトランティス」の記事より


 以下は動画投稿サイト「ゆずチューブ」に投稿された動画である。

 動画に登場する青年については、我々取材班の捜査によると、東京都の離島部「鹿翅島しかばねじま」在住で解体業に従事する「東海林とうかいりん 西山せいざん」と言う20歳前後の青年であることが分かった。

 この動画は本日未明に起こった同島の事件と、何らかの関係があるものとして調査を続けている。


 それでは、その動画の一部始終をご覧いただこう。


 ※現在該当の動画は削除されており、閲覧することは出来ない。



  ◇  ◇  ◇



 手書きの看板が画面いっぱいに表示される。


『ゾンビの殺し方』


 本屋のポップのような、油性マジックで書かれたカラフルな文字。

 約2秒間表示されると、カメラはとつぜんぐるりと向きを変え、見た人を少し不快にするような、派手な服を着た10代後半から20代ほどの男を映し出した。

 男はニヤリと、不快感を更に上げるような笑顔を見せ、小さく手を振る。


「どうも! おなじみ東海林とうかいりん 西山せいざんっす! 今回はー! 突然島に現れたゾンビを効率よくブッ殺す方法を考えてみた!」


 元気よくそう宣言する男の後方、フラフラとカメラに近づいて来るゾンビが映る。

 男は慌てることなく地面に並べてあった様々なものの中から、包丁を手に取ってカメラに良く見える様にかざした。


「早速来たんで、まずは百均の包丁から?」


 どこか壁にでも固定したのだろうか、カメラの角度を調整する男の顔がどアップになる。

 満足したらしい男は「行くっす」と握り拳をカメラに向けると、包丁を頭上に構えて走り出した。


 予想外にゾンビの場所は遠く、カメラにはゾンビの頭を何度も包丁で突き刺す男が小さくかろうじて映っているような状態がしばらく続く。

 動かなくなったゾンビをつついて確認し、荒く息を吐きながらカメラの前まで戻ってきた男は、包丁を地面に投げ捨てると、汗を拭いた。


「だめっすわ、包丁。めっちゃ近づかなきゃダメだし、頭蓋骨突き通すの大変すぎ」


 呼吸を落ち着けながらカメラの外、地面に並べてあるらしいものをゴソゴソとあさる。

 つぎに男の不快な顔がカメラに移されたときには、その手に直径20センチ以上もあるガラス製の灰皿が握られていた。


「次これー。2時間ドラマで大活躍の『鈍器のようなもの』こと『応接室のガラスの灰皿』でいくっす。コレめっちゃ重い。つよいコレ、絶対つよいコレ」


 男は「おっ!」と何かを見つけて歓声を上げると、フレームの外へ走り出す。

 カメラには少し高台にあるのどかな島の風景のみが映し出され、それはまるで環境映像のように美しかった。


――ゴっ!


「おおっ?!」


――ゴっ! グシャ!


「わははっ! すげー!」


 笑い声との後に、一瞬の間を置いて血まみれの男がフレームに入る。

 同じく血と肉と何かよくわからないものにまみれた灰皿をカメラの前に持ち上げると、包丁と同じように地面に投げ捨てた。


「灰皿スゲー! でも近づかなきゃれないから、やっぱちょっと不便。重いし」


 すっとフレームアウトして、すぐに戻ってきた男が手に持っていたのは、子供用の水鉄砲。

 反対の手には青いキャップの薬品ボトルのようなものを持っていた。


「じゃじゃーん! そこでこれ! ケミカル兵器? なんかゾンビってぐちゃぐちゃのイメージあっから、消毒したら効くんじゃないかって思って、『無水エタノール』たっぷりの水鉄砲ぉぉ! よっしゃきたぁぁ! みずでっぽぉぉぉう!」


 ハイテンションで「ぽぽぽぽぽぽぽぽぉぉぉぉう!」と叫びながら、画面奥から近づいて来るゾンビへ何度もエタノール水鉄砲を打ち込む。

 ゾンビの顔や皮膚にかかった無水エタノールは「しゅわぁぁぁ」と泡に変わったが、ゾンビがそれに何かの反応を示すことは無かった。

 ほんの数十センチの距離になるまでエタノールを撃ち続けていた男は、ぎりぎりで地面からガラスの灰皿を拾い上げ、ゾンビの頭に振り下ろす。

 ゾンビの頭は「グシャ」と簡単につぶれ、フレームアウトした。


「無水エタノール無能すぎ。全然きかねーし。っつーことで、次はその辺に落ちてる石!」


 握り拳大ほどもある石を拾い上げ、次々と遠くのゾンビへ投げつける。

 本人は気付いていないだろうが、こんなにたくさんの大きな石ころが落ちている場所は、日本中探してもなかなか無いと思われた。


 10回以上石を投げたが、そのどれもがゾンビに致命傷を与えることは出来ない。

 最後にはガラス製の灰皿を手に持ってツカツカとゾンビに近づき、「グシャ」と頭を潰して「石もダメだわ」とカメラの前で肩を落とした。


 疲れたのだろう。

 しゃがみ込み、フレームアウトした男の派手なキャップの先だけが画面に映っている。「次なににすっかなぁ」とつぶやく声と、ゴソゴソと次のアイテムを探す音だけが聞こえる映像に、遠くの方からふらふらと近づくゾンビのが映り込んだ。


 男は気付いた様子も無いまま「金属バットじゃありきたりだしな……消火器で一網打尽?」などとブツブツ言っている。

 しばらく男の独り言と後ろをフラフラと歩くゾンビの群れの映像が続き、それは突然エンジン音が鳴り響くまで続いた。


「やっぱコレっしょ! チェーンソー!」


――ヴオォォーン! ドドドドド


 小型の内燃エンジンを轟かせ、チェーンソーが勢い良く回転する。

 その騒音を聞きつけ、男が全く気づかないうちに周囲をうろついていたゾンビが一斉に集まった。


「……ヴぁぁぁあァァああぁアぁぁ……」


「え? うぉ?! おおおおお?!」


 突然ゾンビに声を掛けられた男は、チェーンソーを振り回す。

 周囲何体かのゾンビは、その大木をも切り裂く鋭利な刃で腕や首を切断されて血を吹き出して倒れたが、チェーンソーの爆音で次々と集まるゾンビの人海戦術に男は耐えきることはできなかった。


 何かにぶつかってカメラが90度倒れ、偶然ゾンビに押し倒されている男を映し出す。

 男の顔や体には既にえぐられたようなゾンビによる噛み傷があり、その命は風前のともしびだった。


「さ……さいごー! ガソ……ガソリン!」


 男は叫びながら、赤いスチール製のガソリンタンクのフタを開け、その場にまき散らす。

 数十体のゾンビに押しつぶされる様にして食われながら、男は電子ライターの着火ボタンを押した。


 画面に写ったのは、爆発。

 黒煙をもうもうとあげ、小さな爆発と炎の渦をまき散らして男とゾンビは燃え上がる。


 けたたましいチェーンソーの音に周囲のゾンビがまるで焼身自殺でもするように、炎に次々と飛び込んでゆく様が映し出され、それはカメラの目の前にまで迫った炎がカメラを壊してしまうまでいつまでも続いた。



  ◇  ◇  ◇



 投稿された映像はこれで終わりである。

 この動画を作り物と笑い飛ばすか、本当に有った事だと考えるかは、全てあなた次第だ。


――東海林 西山(とうかいりん せいざん)の場合(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る